ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
97 / 195
第十章 予兆

2 子の形質

しおりを挟む

 玻璃に促され、柏木はすぐに他の者に目配せをして建物のほうへと一同をいざなった。柏木を先頭に四人が続き、他の者たちは後ろからついてくる。

 内部はいかにもこの国の科学技術を窺い知らされるような設えだった。曇りのない透明な仕切りに囲まれた広い部屋で、柏木たちと同じ格好をした大勢の人々が働いている。ユーリにはよく分からないなにかの機械をいじったり、ひどく真剣なまなざしで四角い画面を見つめていたり。
 廊下は温かな薄桃色の壁がずっと続いており、時折り目に優しい緑をそなえた観葉植物が据えられていた。やはり全体に居住性を重視した、とても落ち着いた雰囲気だ。
 と、とある場所で柏木が立ち止まった。
 すぐ先にある壁と同じ色をした入り口を指し示す。

「あちらのお部屋です。どうぞ、配殿下お一人でご入室を」
「いや。俺も共に入る」
 遮ったのは玻璃だ。
「は? ……いえ、しかし」
 柏木が戸惑ったように目を瞬いたが、玻璃はごく鷹揚に笑って片手を上げただけだった。
「別に構うまい? 俺がいた方が、何かと手間が省けよう」
「は……。で、では、そのように。ほかの方々は、どうぞこちらでお待ちください」

 黒鳶は目だけで玻璃の意向を受け取ったらしく、すぐに一礼してロマンを促すと、言われた場所へ移動していく。
 ユーリは玻璃に軽く手を引かれて部屋に入った。
 部屋の中は、やっぱり温かな色目の設えになっていた。淡い橙色や桃色の壁に、やわらかそうなソファと小ぶりのテーブル。壁にはそのテーブルほどの大きさの窓のような枠があるが、向こう側は見えなかった。そのほかにもいくつか、今まで見て来たような小さなパネルや扉があるのがわかる。
 玻璃はユーリをソファに導き、自分もその隣に腰をおろした。

「あの、玻璃どの……?」
「心配するな。何も怖くはないし、痛くもないゆえ」
 宥めるように優しく背中を撫でられる。
「いえ、あのう……」
「あまり緊張していては、思ったようにが運ばぬぞ」
「いえ、ですから。ここでいったい、何をしようというのです?」
「ん? だから子作りのための下準備だろう」
「え? ……こ、こづ……なんですって?」

 いきなり言われた単語がすぐには理解できない。
 泡を食って目を白黒させているユーリを軽く抱きよせながら、玻璃はまた屈託なく笑っている。

「俺の配殿下となったからには、こればかりは避けて通れぬ道だからな。これからそなたの大切な《遺伝物質》を採取させて頂く。それをこの管理局でしっかりと管理、保存しておかねばならぬ。我らの子供が生まれてくるまで、な」
「な……なんと」

 ユーリは絶句し、あらためて部屋の中をきょろきょろと見回した。

「無論、ここはなにも皇族のためだけの施設ではない。ここには今まで長年にわたって、滄海の多くの民の遺伝物質が保管されている。過去何百年かにわたる膨大な遺伝情報が記録・管理もされている、というわけだ」
「は、はあ……」
「以前、『こちらの国では同性でも結婚できる、子供も作れる』と申しただろう? それが可能なのは、ひとえにこの施設のお陰だと言える。結婚した二人の遺伝物質を用いて二人の子供を生まれさせる」
「…………」
 ユーリは再び絶句した。
「ちなみに、与える形質については基本的に『選別』などはおこなわない。それは倫理上重大な人権侵害になるからだ。そのためかなり昔に法制化もなされて、厳しく制限されている。実の親であれここの職員であれ、これに反すれば厳重に処罰されることになる」
「えーと……」

 聞き慣れない単語がいきなり次々にとび出てきて混乱する。
 つまり、まとめるとこういうことだ。
 生まれてくる赤ん坊の様々な形質を親が勝手に選別することは許されない。背が高いか低いか。髪や目の色はどうか。そういった容姿に関することはもちろんのこと、持って生まれてくる才能なども。
 ただ、生まれてきても長くは生きられないことが確実であるような病気や障害に関してだけは、この限りではないそうだ。その子がのちのち自分が生まれて来たことを恨むようになるのでは本末転倒。それは罪作りであるばかりでなく、新たな命を生まれさせる意味がないとの判断らしい。
 ただひとつ救いがあるとすれば、この滄海ではそうした多くの病気や障害についても、進んだ医療技術によって治療や回復やサポートが望めるということだろう。従って、生まれるはずだった子供が実際にこの施設内で命を絶たれる例というのはほとんどないという話だった。

 それとはまた別の話だが、子供に関する情報として、両親には生まれて来たあとで「この子はこちらの方面に才能が花開く可能性のある形質を持っている」といった情報開示は行われるのだという。
 平たく言ってしまえば、何かの芸術的才能や武術などにすぐれた才を発揮する可能性があるとか、ないとか。そういうことだ。遺伝的な形質を精査すれば、生まれた時点でそういったことがある程度わかってしまうらしい。

 とは言え生き方の選択は本人の自由だ。またその情報が子供のあらゆる可能性を網羅したものとも言えないらしい。この情報によって「この子はそちら方面に才は花開かないかもしれぬ」と出たとしても、実際にそちらの分野で成功する人というのが必ずいるものだからだそうだ。
 というのも、すべての形質と才能の有無について、この科学の進んだ滄海にあってもまだすべてが紐づけられているわけではないからだという。ひとの能力は恐ろしく無限にあり、可能性はだれにとってもどこまでも開かれている。
 まさに「下手の横好き」が成功する可能性は無ではないのだ。だからこの「告知」は、飽くまでも人が生きていく上でのちょっとした指針ぐらいの扱いなのだった。
 大体以上のようなことを、玻璃はかなり言葉をかみ砕きながらゆっくりと教えてくれた。

(そうなのか……。よかった)

 ユーリは胸をなでおろした。
 もしも生まれて間もないうちから「この子にはなんの才能もない」「育ったところで、なにをやっても無駄である」なんて言われた日には。その子はもう、最初から生きる希望を失ってしまうことになるだろうから。
 アルネリオの王宮で散々に兄たちとひき比べられてつらい思いをしてきたユーリにとっては、とても他人事とは思えない。
 「希望がある」というのは素敵だ。
 アルネリオの片田舎で出会ったあの小さな兄妹のことを思い出すまでもない。
 生きるためには、人には必ず未来への希望が必要なものだから。

「はあ。ちょっと安心しました……」
「そうか? それは良かった。ということで、早速始めるとしよう」

 玻璃がそう言って、壁の枠のほうへ目配せをすると、枠の内側にさっと光が入って先ほどの柏木の顔が映し出された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...