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第二章 囚われの王子
1 出立
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出立の手筈は、ごく粛々と執り行われた。
ユーリを運ぶために用意された宇宙船は、戦艦ではなくただの中古の輸送船だった。たった一門の砲塔でもあれば、敵は即座にこれを攻撃すると豪語したという。
もちろん、ユーリ自身も寸鉄も身に帯びることは許されない。そんなことをすれば、即座にユーリのみならず玻璃の命も喪われるということだ。滄海側にもアルネリオ側にも、否やを言う権利など一抹もないのだった。
出発の朝、アルネリオ式の正装である白い軍装装になったユーリは、最後にまた海皇・群青に丁寧な挨拶をし、ロマンや黒鳶、ほか滄海の臣下らに付き添われて輸送船に移動した。次兄イラリオンはずっとユーリのいちばん側で、優しく弟の手をとって随行してくれている。
ユーリが「それはもうやめてください」とお願いしてから、兄はもうひと言も「すまぬ」を口にしなかった。ただ、いつもはなら明るいその瞳がひどく悲しみに沈んで赤くなり、つやつやと整っているはずの髪もやや乱れているのが、ユーリも見ていてつらかった。
不思議なことに、いつもは大きく見える兄の体が、今日ばかりはひと回りもふた回りも縮んで見えた。
ロマンはもうずっと目を泣き腫らしたままだ。あれから一睡もしていないのだろう。顔色もひどく悪い。恐らく食事も喉を通らないのに違いなかった。
「黒鳶どの。ロマンのこと、どうかお願いするね。きちんと眠らせて、食事も摂らせてやってくださいね。……無理にでもいいから」
「は」
男は相変わらずの寡黙な様子で、深く頭を下げたのみだった。隣でロマンが、またくしゃくしゃの顔になって俯いてしまう。
「殿下……。私のことなど、どうだっていいのです」
ユーリはにこっと笑い返した。
「そんなわけにはいかないよ。それでは故郷のご両親に申し訳がたたないもの。私が困ると言うんだよ」
「殿下あっ……」
ロマンが必死でこらえようとしながら叶わず、袖で目元をぬぐっている。さっきからずっと、嗚咽をかみ殺すのに苦労しているのだ。ユーリは兄の手から離れて両腕を広げ、少年の震える体を抱きしめた。
「さあ、泣かないで。死ぬと決まったものでもないさ。私だって、むざむざ殺されに行くのではないよ。できることなら玻璃どのをお救いして、自分だってちゃっかりと戻ってくるつもりなのだから。ね? そうだろう、ロマン」
わざと明るい声を出して言ったら、ロマンはもう何も言えなくなったようだった。余計に顔を真っ赤にして、俯いているばかりである。
そうこうするうち宇宙船の発着場に着く。すぐに輸送船の搭乗口まで来てしまった。
ここからは、ごく身近な側近と輸送船の射出を管理する技術者や兵士たちだけになる。ユーリを含め、総勢十名ほどだった。
と、皆がタラップを上がりきったところで、船内の通路からとある人影がするりと現れた。
(えっ……?)
愕然として立ち止まる。
まさかここで、この人の顔を見ようとは思わなかった。
流れる豊かな紺の髪。透き通るような白い肌に、瑠璃色の深い瞳。いまはその瞳が、ひどく暗く湿っているように見えた。
「る、瑠璃殿下……? いったいどうして」
「父上に頼んだ。そうしたら、頼まれたのだ。そなたの望みのものを運んでやれと」
「……そうなのですか」
彼が手にしている透明な楕円形をしたカプセルを見て、合点がいった。群青陛下は、瑠璃とユーリの仲のことを気遣ってくださったのだろう。この期に及んで瑠璃が無体なまねはすまいとお考えのことなのだろうか。
「わざわざご足労をお掛けしました。どこまでも覚悟の足らないことで、大変申し訳ありません」
静かに言って深く頭を垂れたら、瑠璃はちょっと傷ついたように顔を歪めた。
「違う。そうじゃない──」
イラリオンやロマン、黒鳶が、やや不審げな目をしているのに気づいて、ユーリは「大丈夫」と笑って見せた。
「本当に、私が頼んでいたものなのです。どうかご心配なく」
「そうなのか? しかし、ユーリ──」
「大丈夫ですから。兄上」
「む。……そうか」
イラリオンはまだ何か言いたそうだったが、落ち着いた弟の瞳を見て口を閉じた。ロマンと黒鳶も無言でうなずき合っている。
一同は、船内中央部に位置する特別な部屋へ案内された。そこには鳥の卵を少し細長くしたような形状のカプセルが横たわった状態で設置されている。ちょうど、人が一人寝られるほどの大きさだ。上半分が透明なつくりになっている。ちょっと覗くと、中はやはりベッドのような白くて柔らかそうな敷布で設えられていた。
部屋の隅で技術者がパネルを操作すると、カプセルの上半分がぽかりと開いた。勧められるまま、ユーリはそこに座る。ほかの者たちが周囲をとりまいてユーリを見つめた。
「では、私はゆっくり眠っていくから。……みんな、元気で。兄上、瑠璃どの。ここまでありがとうございました」
「ユーリさまっ……!」
思わず取りすがろうとしたらしいロマンの肩を、隣から黒鳶が抱きしめるようにして引き留めた。
ひとりひとり、ユーリを抱きしめたり、手を取ったり、ふかく一礼をしたりして最後の挨拶をし、その場から離れていく。
「ユーリ。俺は諦めぬぞ。必ず戻ってこい。……待っているから」
ユーリを抱きしめ、やや男泣きしている兄、イラリオン。
「ユーリ様。ぼくもです。絶対に諦めません。待っていますから。絶対にお戻りになって下さい。絶対に……!」
ユーリの手に取りすがって、やっぱり咽び泣くのを我慢できないロマン。
「殿下。ロマン殿のことはどうか、ご心配なさらずに。この命に替えましても、必ずお守りいたしますゆえ」
床に片膝をついて一礼する黒鳶は、やっぱり落ち着いていて控えめだった。
そして。
全員が部屋から退出して、最後に残ったのはこの人だった。
「では……これを。父上からお預かりした約束の品だ」
「はい。ありがとう存じます」
「……苦しまず、きっとよい夢が見られるぞ」
「はい。大いに期待しております」
差し出されたカプセルを微笑んで受け取る。
中には、特別な薬が入っていた。
玻璃が囚われているあの宇宙船まで、意識を保ったままたった一人で行くなんて。脆弱な自分はきっと耐えられない。きっと到着するまでに、先に精神が変になってしまう。
「帰らせて」と泣きわめいたり、暴れたりしない自信なんてまるでなかった。頑是ない子供みたいに「地球に帰る」と叫びださない自信がなかった。
そんなみっともないことになったら、それこそアルネリオの面汚しだ。大好きなあの父の顔に泥を塗るわけにはいかない。どんなにダメなやつだったとしても、こんな最後の最後、土壇場で父をがっかりさせたくない。王族の端くれとして、最後のこの矜持だけは守らねばならない。守り通さなくてはならなかった。
だから、ユーリは群青にお願いしたのだ。
その時、その瞬間に至るまで。
『私を何も思い出さないほどに、深く眠らせておいてください』と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※玻璃とユーリのイラストを描きました。「うらお絵かきの部屋」に掲載しております。
ご自身のイメージが崩れるのがお嫌でないかたは、よろしかったらご覧ください。
ユーリを運ぶために用意された宇宙船は、戦艦ではなくただの中古の輸送船だった。たった一門の砲塔でもあれば、敵は即座にこれを攻撃すると豪語したという。
もちろん、ユーリ自身も寸鉄も身に帯びることは許されない。そんなことをすれば、即座にユーリのみならず玻璃の命も喪われるということだ。滄海側にもアルネリオ側にも、否やを言う権利など一抹もないのだった。
出発の朝、アルネリオ式の正装である白い軍装装になったユーリは、最後にまた海皇・群青に丁寧な挨拶をし、ロマンや黒鳶、ほか滄海の臣下らに付き添われて輸送船に移動した。次兄イラリオンはずっとユーリのいちばん側で、優しく弟の手をとって随行してくれている。
ユーリが「それはもうやめてください」とお願いしてから、兄はもうひと言も「すまぬ」を口にしなかった。ただ、いつもはなら明るいその瞳がひどく悲しみに沈んで赤くなり、つやつやと整っているはずの髪もやや乱れているのが、ユーリも見ていてつらかった。
不思議なことに、いつもは大きく見える兄の体が、今日ばかりはひと回りもふた回りも縮んで見えた。
ロマンはもうずっと目を泣き腫らしたままだ。あれから一睡もしていないのだろう。顔色もひどく悪い。恐らく食事も喉を通らないのに違いなかった。
「黒鳶どの。ロマンのこと、どうかお願いするね。きちんと眠らせて、食事も摂らせてやってくださいね。……無理にでもいいから」
「は」
男は相変わらずの寡黙な様子で、深く頭を下げたのみだった。隣でロマンが、またくしゃくしゃの顔になって俯いてしまう。
「殿下……。私のことなど、どうだっていいのです」
ユーリはにこっと笑い返した。
「そんなわけにはいかないよ。それでは故郷のご両親に申し訳がたたないもの。私が困ると言うんだよ」
「殿下あっ……」
ロマンが必死でこらえようとしながら叶わず、袖で目元をぬぐっている。さっきからずっと、嗚咽をかみ殺すのに苦労しているのだ。ユーリは兄の手から離れて両腕を広げ、少年の震える体を抱きしめた。
「さあ、泣かないで。死ぬと決まったものでもないさ。私だって、むざむざ殺されに行くのではないよ。できることなら玻璃どのをお救いして、自分だってちゃっかりと戻ってくるつもりなのだから。ね? そうだろう、ロマン」
わざと明るい声を出して言ったら、ロマンはもう何も言えなくなったようだった。余計に顔を真っ赤にして、俯いているばかりである。
そうこうするうち宇宙船の発着場に着く。すぐに輸送船の搭乗口まで来てしまった。
ここからは、ごく身近な側近と輸送船の射出を管理する技術者や兵士たちだけになる。ユーリを含め、総勢十名ほどだった。
と、皆がタラップを上がりきったところで、船内の通路からとある人影がするりと現れた。
(えっ……?)
愕然として立ち止まる。
まさかここで、この人の顔を見ようとは思わなかった。
流れる豊かな紺の髪。透き通るような白い肌に、瑠璃色の深い瞳。いまはその瞳が、ひどく暗く湿っているように見えた。
「る、瑠璃殿下……? いったいどうして」
「父上に頼んだ。そうしたら、頼まれたのだ。そなたの望みのものを運んでやれと」
「……そうなのですか」
彼が手にしている透明な楕円形をしたカプセルを見て、合点がいった。群青陛下は、瑠璃とユーリの仲のことを気遣ってくださったのだろう。この期に及んで瑠璃が無体なまねはすまいとお考えのことなのだろうか。
「わざわざご足労をお掛けしました。どこまでも覚悟の足らないことで、大変申し訳ありません」
静かに言って深く頭を垂れたら、瑠璃はちょっと傷ついたように顔を歪めた。
「違う。そうじゃない──」
イラリオンやロマン、黒鳶が、やや不審げな目をしているのに気づいて、ユーリは「大丈夫」と笑って見せた。
「本当に、私が頼んでいたものなのです。どうかご心配なく」
「そうなのか? しかし、ユーリ──」
「大丈夫ですから。兄上」
「む。……そうか」
イラリオンはまだ何か言いたそうだったが、落ち着いた弟の瞳を見て口を閉じた。ロマンと黒鳶も無言でうなずき合っている。
一同は、船内中央部に位置する特別な部屋へ案内された。そこには鳥の卵を少し細長くしたような形状のカプセルが横たわった状態で設置されている。ちょうど、人が一人寝られるほどの大きさだ。上半分が透明なつくりになっている。ちょっと覗くと、中はやはりベッドのような白くて柔らかそうな敷布で設えられていた。
部屋の隅で技術者がパネルを操作すると、カプセルの上半分がぽかりと開いた。勧められるまま、ユーリはそこに座る。ほかの者たちが周囲をとりまいてユーリを見つめた。
「では、私はゆっくり眠っていくから。……みんな、元気で。兄上、瑠璃どの。ここまでありがとうございました」
「ユーリさまっ……!」
思わず取りすがろうとしたらしいロマンの肩を、隣から黒鳶が抱きしめるようにして引き留めた。
ひとりひとり、ユーリを抱きしめたり、手を取ったり、ふかく一礼をしたりして最後の挨拶をし、その場から離れていく。
「ユーリ。俺は諦めぬぞ。必ず戻ってこい。……待っているから」
ユーリを抱きしめ、やや男泣きしている兄、イラリオン。
「ユーリ様。ぼくもです。絶対に諦めません。待っていますから。絶対にお戻りになって下さい。絶対に……!」
ユーリの手に取りすがって、やっぱり咽び泣くのを我慢できないロマン。
「殿下。ロマン殿のことはどうか、ご心配なさらずに。この命に替えましても、必ずお守りいたしますゆえ」
床に片膝をついて一礼する黒鳶は、やっぱり落ち着いていて控えめだった。
そして。
全員が部屋から退出して、最後に残ったのはこの人だった。
「では……これを。父上からお預かりした約束の品だ」
「はい。ありがとう存じます」
「……苦しまず、きっとよい夢が見られるぞ」
「はい。大いに期待しております」
差し出されたカプセルを微笑んで受け取る。
中には、特別な薬が入っていた。
玻璃が囚われているあの宇宙船まで、意識を保ったままたった一人で行くなんて。脆弱な自分はきっと耐えられない。きっと到着するまでに、先に精神が変になってしまう。
「帰らせて」と泣きわめいたり、暴れたりしない自信なんてまるでなかった。頑是ない子供みたいに「地球に帰る」と叫びださない自信がなかった。
そんなみっともないことになったら、それこそアルネリオの面汚しだ。大好きなあの父の顔に泥を塗るわけにはいかない。どんなにダメなやつだったとしても、こんな最後の最後、土壇場で父をがっかりさせたくない。王族の端くれとして、最後のこの矜持だけは守らねばならない。守り通さなくてはならなかった。
だから、ユーリは群青にお願いしたのだ。
その時、その瞬間に至るまで。
『私を何も思い出さないほどに、深く眠らせておいてください』と。
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