ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
123 / 195
第二章 囚われの王子

2 約束

しおりを挟む
 受け取った薬の中身や使い方などをあれこれと確認していたら、瑠璃がふっと息をついた。
「え……」
 困惑して見上げたら、青年はなんと表現すればいいのか分からない目をしてこちらを見下ろしていた。もごもごと何やら口を動かしている。が、声らしいものは聞こえなかった。
「え、なんでしょうか」
 耳をそばだて、困った顔で訊いてみるが、瑠璃は視線をだれもいない方へついと外して、むっつりと黙り込んだだけだった。なんとなく膨れっ面になっている。
 なんともちくちくする沈黙が流れた。ユーリは困り果てて肩を縮めた。

「あ、あのう……?」

 まさかこのに及んで、つまらぬ意地悪でもしようというのだろうか。ついそんな疑念が湧きおこる。
 が、瑠璃は長い紺の髪をくしゃっとかきあげて、あっさりとため息をついた。そんなさりげない仕草でさえ、この青年がやると妙になまめかしい。ちょっと目のやり場に困ってしまう。

「……かった」
「え?」

 やっぱりよく聞き取れない。かなり不審な顔をして首を傾げたからだろう、瑠璃はさらに頬を膨らませたようだった。
 そしてとうとう、叫ぶように言い放った。

「悪かった、と言ったのだ! 皆の前で、酷いことを言った。わざわざあのようなおおやけの場で、恥をかかせることはなかった。すまぬ」
「あ。……いえ」
 どうすればいいのかわからず、困って俯いたら、瑠璃は少しこちらに近づいてきた。
「だが、皆の前では謝罪などせぬからな」
「はい」
 素直にうなずく。
 それはそうだろう。誇り高いこの人が、大勢の臣下の前で自分の非を認めるなど、ありえない話だろうから。

 今ではユーリも理解している。滄海には、この人の味方ばかりがいるわけではないのだ。むしろ常にあの素晴らしい兄と比べられ、「どう見ても玻璃殿下には劣る」だの「あれでは皇太子には推せぬ」だの、果ては「あれは顔だけの皇子よ」などとさえ陰口をきかれているのではないか。
 藍鼠あいねず青鈍あおにびには悪いけれども、ご本人の前で堂々と述べられない言説は、やはり陰口だろうとユーリは思う。
 臣下たちからそんな風に言われていることなど、この皇子だってとうの昔に承知だろう。ちょうど、ユーリ自身がアルネリオ宮でそうであったと同じように。そういう立場がひどくつらいものであることを、自分は身に染みて知っているのだ。
 だからだろうか。
 どんなに酷いことを言われても冷たくされても、自分がこの皇子を憎もうという気持ちにならないのは。

(でも……。なぜ、わざわざここでそんなことを?)

 不思議に思いながら見上げたら、瑠璃はますます不機嫌な顔になっていた。

「だから! お前はどうしてそうなんだッ!」
「え、……ええ?」
「少しは怒れというのだ! なんでそう、変に素直で従順なんだっ! ああもう、本当にイライラするっ!」
「いや、あの……」
「お前だって、一応は王族だろう。兄上の配偶者だろう! 少しは矜持きょうじというものがないのか、矜持というものがっ!」
「え……えええ?」

 要するに、何が言いたいのだろうか。
 怒って欲しいのか、そうでないのか。

「あ、あのう……。瑠璃殿下のお気持ちも、少しは分かる……と、思いますし。謝罪などしていただかなくて結構です。あなた様に言われるまでもない。もともと私など、玻璃殿に釣り合うとは思っていなかったのですし」
「だからっ……! そういうことではなく!」
 瑠璃はほとんど地団太を踏まんばかりのていで、自分の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
「まったく! 兄上がお前を選んだのだから、それはそれでいいのだろうが。少しは自信を持て。もっと堂々としておらぬか! これではなんだか、私がバカみたいではないかっ!」
「ええ……?」
「兄上の人を見る目を馬鹿にする気か。それはそれで無礼であろうが。そこが余計にイライラするわ!」
「は、……はあ」

 ユーリはもう、全身を凍り付かせて目だけをぱちぱちさせるばかりだ。
 その胸に、瑠璃は人差し指を突き立てた。

「だから。絶対に戻ってこい」
「……は?」
「兄上を一緒に連れて。貴様もちゃんと、戻ってこい。……さすればきちんと、皆の前で謝罪してやる。いまここでそう誓う。よいな」
「え、えっと──」
「よいな!?」
「はっ……はい……」

 鬼気迫る瑠璃の権幕に完全に気圧けおされて、ほとんど無理やりに頷かされた。
 そこでようやく、瑠璃が納得したような顔になった。

「よし。約束したぞ」

 くいと顎を上げて腕組みをし、鼻を鳴らしている。どこか得意げに見えるのは、ユーリの気のせいなのだろうか。
 と、瑠璃は無造作に直衣のうしの懐に手をいれると、何かを取り出し、再びユーリに押し付けてきた。

「餞別だ。持ってゆけ」
「は、……はい?」

 目を白黒させているユーリに、瑠璃はぶっきらぼうに二言ふたこと三言みことそれについて囁いた。
 ユーリは目を見開いた。信じられぬ言葉を聞いたからである。

「瑠璃どの……」

 が、瑠璃は返事をしなかった。そのまま踵を返すと、風のように出て行ってしまう。こちらを一瞥しさえしなかった。

 ユーリは呆然とそれを見送り、手の中に残ったふたつのものを見下ろして、ふうっと吐息を洩らした。
 じんわりと胸の奥から湧きあがったものが心を満たしているのを覚えながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...