ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第二章 囚われの王子

5 違和感

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 長い廊下をずんずん行く男についていきながらも、ユーリはあちらこちらへ目を走らせ続けている。そもそも、自分は宇宙船というものに乗ったことがないのだ。滄海のものすらちゃんと見たことがないので、両者の違いはわからなかったけれど、それでもこれが凄い船であることは容易に想像できた。
 たとえば、これもそうである。途中で男はなにか非常に面倒くさそうな顔になり、壁にあったパネルのひとつに軽く触れたのだ。すると、いきなり足もとが動き始めた。

「え? うぎゃ!」

 派手な音をたてて尻もちをつく。慌てて見回すと、なんと壁がどんどん勝手に後方へ動いていた。……いや、違う。正しくは床のほうが勝手に動いて、自分たちを前へ運んでいたのだ。要するに、じっとしていても移動できる装置であるらしい。

(なっ、なんだ、これは……)

 へたり込んだまま、完全に挙動不審になっておたおたしていたら、男からまた殺しそうな目で睨まれた。

「さっさと立て。まだ歩くぞ」
「は、はい……」

 へっぴり腰で立ち上がり、男について恐る恐る歩き出す。なるほど、慣れればそんなにぐらつきもしないし、体の負担にはならないようだ。というより、非常に便利なものである。巨大な宇宙船の中を自分の足だけで歩き回ることを考えれば、いい工夫であるように思われた。
 通路の脇には、大きな窓がずっと連なっている。地球から見るのとはまるで違う、真っ黒な空間に、ぎらぎらと白く光る星たちがばらまかれていた。ちょうど、漆黒の絨毯の上に無造作に白い砂をまきちらしたようだった。
 通路の脇には、ときどきどこかへ通じる扉や通路らしいものも見える。それが何十も通り過ぎていくのを横目にしながら、ユーリはふと不思議に思った。
 この男、こんな大きな船にたった一人なのだろうか。こんな大きな船、もっともっとたくさんの人が乗っていてもおかしくはないだろうに。

(いや……。そもそも、いったい何者なんだ? この男は)

 あんな風に腕が変形するところからして、人間とは違うようだけれど。いわゆる「宇宙人」みたいな生き物なんだとしたら、今度は逆に人間そっくりなのが不思議に思える。そればかりではない。こうして普通に人間の言語をつかって意思疎通ができるというのも、あまりに都合がよすぎはしないか。

「何をごちゃごちゃ考えている? また足が止まってるぞ」
 冷たい声が飛んできて、びくっと身体をすくませた。氷のような瞳が刺すようにこちらを見ている。
「あっ。す、すみません……」
「別に謝らなくてもいいが。……なんか拍子抜けするな、お前」
「へ?」
「なんというか、緊張感がない」
「いや、そんな──」

 なんだか酷い言い草である。
 こんなにびくびくドキドキして、緊張しっぱなしだというのに?
 失礼な!

「なんというか、そんなところも──」
「え?」
 男は何か言いかけていたようだったが、すぐに口を閉じて、首を傾げたユーリを睨んだ。
「なんでもない」
 そうして、一瞬だけ浮かべた奇妙な表情をもとに戻して前を向いた。

(なんだろう……? この人)

 あの映像で見たときには、ただただ恐ろしい存在だと思ったのに。もちろん、あれはこちらを威嚇し、脅迫するための映像だったのだから当然と言えば当然なのだろうけれど。
 こうして近くに立ってみると、なぜかこの男を不思議と怖いと思わなかった。どうしてなのかは分からない。出会っていきなりあんな「身体検査」などされて、馬鹿笑いなんかしてしまったからなのだろうか。

(いやいや。気を引き締めないと)

 そう思って、両手をぎゅっと握りしめる。
 今だって、この男は玻璃を監禁して自分たちを脅していることに変わりはない。決して気を許してはならないのだ。武器ではなかったからなのか、幸いにも瑠璃から預かったものは見つからずに済んだけれど。

 あのとき瑠璃は、「中身を取り出してえらの中へしまっておけ」と言った。そのほかにも色々と言ったけれど、とりあえずすぐに言われた通りにしておいて正解だったということらしい。
 もらったものは、小指の爪よりも小さな楕円形のカプセルだった。睡眠薬のカプセルよりも、さらにひと回り小さなものだ。
 鰓は空気中にいるときにはぴたりと閉じているし、普段は髪に隠れていてあまり目につかない。こじ開ける時に少し痛みはあったけれど、小さなものだからわりとすんなりと入れ込むことができた。鰓はもとどおりにまたぴたっと閉じた。
 非常に見つかりにくい場所なのに、取り出したいときにはすぐにそうできる。なかなか賢いやり方だった。カプセルの中身や瑠璃の意図については色々と思うところはあるけれど、今は考えても仕方がない。

「さあ、ここだ」

 そうこうするうち、男はとある扉の前で足を止めた。これまでの中では最も大きな扉に見えた。両開きのようだが、いまはきっちりと閉ざされている。
 ここに至るまでにあちらこちらへぐるぐると連れまわされて、ユーリにはもうすっかり、自分の位置が分からなかった。もう一度、あの格納庫へ一人で戻れと言われても不可能だろう。
 ユーリが男の顔と扉を見比べてしばらく躊躇していると、男はまた唇の端をひん曲げた。

「どうした? お前のお望み通りの場所だぞ。入れ」

 言って男が軽く片手をあげると、扉は音もなく左右に開いた。

「あ……!」

 ユーリは息を呑んだ。
 そこは、先ほどの格納庫よりは狭かったけれども、それでも十分に広い空間だった。円形の部屋の中央部に、床から天井まで達する、太い円柱状の水槽のようなものが据えられている。中には緑色に光る液体が満たされていた。
 ユーリは、ぱっと走り出した。

「は、玻璃どのっ……!」

 円柱状の《水槽》の中に、目を閉じ、下着をつけただけの姿の玻璃がゆらゆらと浮かんでいた。

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