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第二章 囚われの王子
10 蒼
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男はいつも、何十時間かおきでやってきた。
食事そのほかの面倒はすべて《サム》が見ているので、男の目的はユーリの様子を見ることと、地球や滄海、アルネリオについて様々な情報を得るためのようだった。
とはいえ、ユーリたちの様子はどこからかちゃんと監視しているらしい。言葉の端々からそのことは窺えた。
たとえば、こんな風に。
「わりと機嫌よくやってるじゃないか。《サム》は苦労しているようだがな」
「お、……お陰様で」
ユーリはワイヤーが許す限り男から遠く離れ、玻璃の《水槽》に身を寄せて答える。何もできないことが分かっていても、玻璃もちゃんとユーリのそばに来てくれる。それだけでも心強かった。
男はにやにやと口角を引き上げて見せた。
「お前のワンコロのような悲鳴も、なかなか楽しい。いい余興だ。この船はでかいばかりで退屈だからな。もっと聞かせてくれると嬉しいんだが」
「なんですか、それは」
さすがのユーリも半眼になる。
この男、絶対に楽しんでいる。せいぜい「面白いペットが手に入った」とか、そんな程度の認識なのだろう。そして「面倒になればいつでも殺せば済むことだ」と、至極簡単に考えている。男の目を見れば、そんなことは明らかだった。
「怒ったのか? さすが、一応は王子の端くれだな。プライドが高い」
「……そういうわけではありませんが」
「一応」とはどういう意味だ、「一応」とは。
むうっと膨れっ面になったところを、男は面白そうな目で眺めた。
「まあ、そっちの長髪ゴリラほど鼻持ちならんところはないようだが」
「ご……ゴリ!?」
(こっ……この男!)
唖然として、口をぱくぱくさせてしまう。
ゴリラとはなんだ、ゴリラとは!
畏れ多くも滄海の皇太子殿下をつかまえて、なんて不敬なことを……!
真っ赤になって体をぷるぷるさせていたら、あろうことか《水槽》の中から「ぶはっ」という声がした。ぎょっとなって振り向いたら、玻璃が緑の液体に盛大に泡を吐き出して大笑いしているところだった。
「玻璃どの! 笑っている場合ではありませぬ! この男、ふっ、不敬も不敬……許せませぬっ!」
「だから、キャンキャン吠えるなと言うのに」
言って男は、ずいとユーリに近づいてきた。びくっと身体を竦ませて、ユーリは後ろへ飛び退った。
「……な、なんです」
「いい格好じゃないか。無粋な王子の正装なんかより、よっぽどいい。あんまり色気はないようだが」
一体、どこを見ているのか。
酷薄な青い目が、ユーリの体を上から下まで舐めるように観察している。その手がひょいと伸びてきて、衣服の裾をちょいとつまんだ。
「このへんに、色々と隙があるのがたまらんな」
「え、ちょ……な、何をするんです!」
逃げだそうにも、首のワイヤーはすでにぴんと張り詰めている。これ以上、どこに逃げようもなかった。そのまま服の裾をそろそろと持ち上げられる。
「電子シャワーも浴びたんだな。服も洗濯したようだし。王子のくせに、自分でやるとは思わなかった。なかなか、まめで清潔好きだ。褒めてやる」
「や……やめっ、やめてください……!」
股のあたりまで持ち上げられそうになって、両手で必死にそこを押さえる。
と、《水槽》がどすんと鈍い音を立てた。
《貴様!》
見れば玻璃が、恐ろしい目をして蒼を睨んでいる。拳で思いきり壁を殴りつけたらしい。
《その手を離せ。ユーリにそれ以上触れたら、許さんぞ》
彼の声が届いているはずはないのに、男はにやりと頬を歪めた。せせら嗤ったのだ。ユーリの衣服の裾をつまんだままに。
「その中で、一体なにをどう『許さない』んだ? 説明して欲しいもんだな」
「えっ。玻璃どのの声が聞こえるのですか」
「《水槽》の中の奴の思念は届く。俺には、な」
男はしれっとした顔で言い、自分のこめかみのあたりを指先でとんとん叩いた。
そうなのか。どういう仕組みかはわからないが、この男にとってはコミュニケーション上、なんの不都合もないらしい。
「そういうお前も、聞こえるようだな? どういうことだ」
男の瞳がぎろりと光って、ユーリは「しまった」と口を閉ざした。
「……い、『以心伝心』というやつです。わ、私と玻璃殿は配偶者なのですから──」
「ふん。まあ、そういうことにしておいてやる」
言って男は反対の手でユーリの両手首を掴んで捻りあげた。上腕と脇腹あたりの筋肉が、あっというまに悲鳴を上げる。
「いいっ……!」
そのままあっさり、上衣をはだけられてしまった。背中を激しく床に押し付けられ、息がつまる。その隙に、素早く体の上に圧し掛かられた。
「ご丁寧に、こっちの下着までつけているのか。真面目なことだな」
「はっ……放して。放せっ……!」
ユーリはめちゃくちゃにもがいて、両足をばたつかせた。膝やかかとで男の体のあちこちを蹴りとばす。男は大して痛そうな顔もしなかった。
触れた感じ、なにやら鋼を蹴っているようにがっちりとした体躯である。見たところはすらりとした細身なのに、中身は人間とはまるで別のつくりをしているようだ。
やがて男は面倒くさげな顔をして、ユーリの片足をひょいと持ち上げた。
「悪い足だな。一本、斬り落としておくか」
「──え」
ぞくっと背筋が寒くなる。思わず動きを止めてしまった。
食事そのほかの面倒はすべて《サム》が見ているので、男の目的はユーリの様子を見ることと、地球や滄海、アルネリオについて様々な情報を得るためのようだった。
とはいえ、ユーリたちの様子はどこからかちゃんと監視しているらしい。言葉の端々からそのことは窺えた。
たとえば、こんな風に。
「わりと機嫌よくやってるじゃないか。《サム》は苦労しているようだがな」
「お、……お陰様で」
ユーリはワイヤーが許す限り男から遠く離れ、玻璃の《水槽》に身を寄せて答える。何もできないことが分かっていても、玻璃もちゃんとユーリのそばに来てくれる。それだけでも心強かった。
男はにやにやと口角を引き上げて見せた。
「お前のワンコロのような悲鳴も、なかなか楽しい。いい余興だ。この船はでかいばかりで退屈だからな。もっと聞かせてくれると嬉しいんだが」
「なんですか、それは」
さすがのユーリも半眼になる。
この男、絶対に楽しんでいる。せいぜい「面白いペットが手に入った」とか、そんな程度の認識なのだろう。そして「面倒になればいつでも殺せば済むことだ」と、至極簡単に考えている。男の目を見れば、そんなことは明らかだった。
「怒ったのか? さすが、一応は王子の端くれだな。プライドが高い」
「……そういうわけではありませんが」
「一応」とはどういう意味だ、「一応」とは。
むうっと膨れっ面になったところを、男は面白そうな目で眺めた。
「まあ、そっちの長髪ゴリラほど鼻持ちならんところはないようだが」
「ご……ゴリ!?」
(こっ……この男!)
唖然として、口をぱくぱくさせてしまう。
ゴリラとはなんだ、ゴリラとは!
畏れ多くも滄海の皇太子殿下をつかまえて、なんて不敬なことを……!
真っ赤になって体をぷるぷるさせていたら、あろうことか《水槽》の中から「ぶはっ」という声がした。ぎょっとなって振り向いたら、玻璃が緑の液体に盛大に泡を吐き出して大笑いしているところだった。
「玻璃どの! 笑っている場合ではありませぬ! この男、ふっ、不敬も不敬……許せませぬっ!」
「だから、キャンキャン吠えるなと言うのに」
言って男は、ずいとユーリに近づいてきた。びくっと身体を竦ませて、ユーリは後ろへ飛び退った。
「……な、なんです」
「いい格好じゃないか。無粋な王子の正装なんかより、よっぽどいい。あんまり色気はないようだが」
一体、どこを見ているのか。
酷薄な青い目が、ユーリの体を上から下まで舐めるように観察している。その手がひょいと伸びてきて、衣服の裾をちょいとつまんだ。
「このへんに、色々と隙があるのがたまらんな」
「え、ちょ……な、何をするんです!」
逃げだそうにも、首のワイヤーはすでにぴんと張り詰めている。これ以上、どこに逃げようもなかった。そのまま服の裾をそろそろと持ち上げられる。
「電子シャワーも浴びたんだな。服も洗濯したようだし。王子のくせに、自分でやるとは思わなかった。なかなか、まめで清潔好きだ。褒めてやる」
「や……やめっ、やめてください……!」
股のあたりまで持ち上げられそうになって、両手で必死にそこを押さえる。
と、《水槽》がどすんと鈍い音を立てた。
《貴様!》
見れば玻璃が、恐ろしい目をして蒼を睨んでいる。拳で思いきり壁を殴りつけたらしい。
《その手を離せ。ユーリにそれ以上触れたら、許さんぞ》
彼の声が届いているはずはないのに、男はにやりと頬を歪めた。せせら嗤ったのだ。ユーリの衣服の裾をつまんだままに。
「その中で、一体なにをどう『許さない』んだ? 説明して欲しいもんだな」
「えっ。玻璃どのの声が聞こえるのですか」
「《水槽》の中の奴の思念は届く。俺には、な」
男はしれっとした顔で言い、自分のこめかみのあたりを指先でとんとん叩いた。
そうなのか。どういう仕組みかはわからないが、この男にとってはコミュニケーション上、なんの不都合もないらしい。
「そういうお前も、聞こえるようだな? どういうことだ」
男の瞳がぎろりと光って、ユーリは「しまった」と口を閉ざした。
「……い、『以心伝心』というやつです。わ、私と玻璃殿は配偶者なのですから──」
「ふん。まあ、そういうことにしておいてやる」
言って男は反対の手でユーリの両手首を掴んで捻りあげた。上腕と脇腹あたりの筋肉が、あっというまに悲鳴を上げる。
「いいっ……!」
そのままあっさり、上衣をはだけられてしまった。背中を激しく床に押し付けられ、息がつまる。その隙に、素早く体の上に圧し掛かられた。
「ご丁寧に、こっちの下着までつけているのか。真面目なことだな」
「はっ……放して。放せっ……!」
ユーリはめちゃくちゃにもがいて、両足をばたつかせた。膝やかかとで男の体のあちこちを蹴りとばす。男は大して痛そうな顔もしなかった。
触れた感じ、なにやら鋼を蹴っているようにがっちりとした体躯である。見たところはすらりとした細身なのに、中身は人間とはまるで別のつくりをしているようだ。
やがて男は面倒くさげな顔をして、ユーリの片足をひょいと持ち上げた。
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ぞくっと背筋が寒くなる。思わず動きを止めてしまった。
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