ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第二章 囚われの王子

11 交渉 ※※

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「悪い足だな。一本、斬り落としておくか」
「──え」

 ぞくっと背筋が寒くなる。思わず動きを止めてしまった。

「すぐに止血して治療すれば、一本ぐらいどうということはない。あっちこっちひょいひょい歩き回れなくなって、俺には都合がいいぐらいの話だ」

 言いながらユーリの手を離すと、片手をするすると変形させている。鋭く大きな彎刀シャシュカのようになっていくそれを見て、ユーリの顔から完全に血の気が引いた。
 刃の面に、男の酷薄な瞳が綺麗に映りこんでいる。皮肉というにしては、あまりにも美しく澄んだ光景だった。

「先から、削ってやろう。まずは指。それから足の甲。腱を斬ってから足首に、脹脛ふくらはぎ。膝を丁寧に潰して、それから──」
 言葉をなぞるようにして、刃先がそっとその部位を撫でていく。男は薄い唇の間から、ちろりと舌を覗かせた。
「さぞやいい悲鳴が聞けるだろうな」
「や……やめて」
 ユーリはもうカタカタ震え、か細い声で懇願の言葉を紡ぐしかできない。
「いやだっ。いや……!」
 必死で首を横に振っていたら、男はにこっと笑いかけてきた。

(えっ……?)

 それはびっくりするぐらい、純真で屈託のない笑みだった。そんな風に笑っていると、この男はほとんど少年みたいにすら見えた。
 まことに綺麗で、なんの悪意もなさそうな笑顔。ただし、もしもこんな状況ではなく、単純にそれだけを切り取って見れば、の話だが。

 実はこの男、黙っていればかなりの美形でもあるのだ。まず骨格からしてかなり整っている。鼻筋は通っているし、秀でた額に、細い顎。髪と同じ色をした長い睫毛は頬の上に影をつくり、マッチ棒が何本も乗りそうだ。全体に細身で手足が長く、腰のラインも締まっている。
 わざわざこんな奴を褒めたくはないが、どこか造りものめいた美しさ。このまますぐにでも舞台役者になれそうなほどの美貌なのは間違いない。ただそうなるにしては、この男の見た目と言動とのバランスはあまりにも悪すぎるけれど。
 男は順々にユーリの肌の上で腕の刃を移動させていき、最後にぴたりと首元に当てがった。

「お前。何をしにここへ来た?」
「え……」
「この長髪ゴリラを助けに来たんじゃないのか。だったら、俺の機嫌をあまり損ねないほうがいいぞ」
「う……」

 それには一言もない。いや、だからといって玻璃の目の前で妙なことをされるのを「はいそうですか」と受け入れるわけにもいかないけれど。

「お前が『いやだ』と言うたびに、このゴリラの指を一本ずつ斬り落としてやってもいいんだぞ。なんなら一枚ずつ、爪を剥いでからにしてやろうか? その前に、爪と指の間に針をさし込んでからでもいいぞ。ああ、皮膚を五センチ角で少しずつはぎ取るのもいいかもな」
「な……なな、なにを──」
「そのあとは、耳を少しずつ。それが終われば鼻と舌だ。そのあとは、性器を前から少しずつり潰す」
「や……っ、やめて……」

 ユーリはもう絶句して耳を覆った。
 そんな恐ろしいことを、嬉々としてしゃべりまくるなんて。まるで小さな子供が楽しい遊びを考え出すときのように。
 一体この男はなんなのだろう。

「だから。下手に拒否しないほうがいいぞ、と言っているのさ」

 にやりと笑う唇の端から、鋭く白い犬歯がきらりと見えた。
 ユーリはもう、舌が喉の奥にはりついたようになって、なかなかしゃべることができない。何度も言い澱んだ挙げ句、やっとのことで声を絞り出した。

「な……何が、望みなのです」
「うん?」
「あなたはっ……なにが、したいんだっ!」

 こういう時、「なんでもするから許して」などと容易く言ってしまうのはまずい。さすがのユーリでも、そのぐらいのことは分かっていた。その言葉に付け込まれて、どこどこまでも相手の言うなりにさせられてしまうからだ。それでは玻璃を救うどころか、自分自身で墓穴を掘るも同じ。そんなものはセオリーテオーリア中のセオリーテオーリアだ。
 かといって、下手に相手の気分を逆撫でするようなことも言えない。そのあたりの按配あんばいが難しいのだ。

「わ、私をここへ呼んだのは……あなたでは、ありませんか。私に、なにをお望みなのです……?」

 ユーリだって、痩せても枯れても大国の王子である。万が一、視察に出ているときなどに賊や反乱分子に襲われて人質にされ、王宮が脅迫されないとも限らない。そんな場合のための基本的な教育は、故国で一応受けてきている。
 こういう場合、敵を無闇に刺激しない。まずはそれがやるべき第一のことだった。そこからなんとか、相手との会話の足掛かりをつかむ。これが第二のステップ。そうなって初めて、会話や交渉が始められるからだ。
 とはいえ、これは難問だった。なにしろ相手は人外だ。人間と同じように対応して、下手に「竜の尻尾」を踏むわけにもいかない。文字通り、「バケモノの逆鱗に触れる」ことにでもなったら大変だ。

「ふん。そうだな」

 男は一度、床に寝そべったユーリの体をじろじろと眺めまわした。それから、ぐいと顔を近づけて来た。

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