ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第三章 宇宙の涯(はて)で

8 不完全さの代償

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(なんて、ことを──)

 ユーリは唇を密かに噛んだ。
 ついでながら、「アジュールとフラン」はひとつの船にたった一対しかいないわけではないそうだ。初代の「人形ドール」が何かのことですれば、また次の世代が培養されて生み出される仕組みだという。
 この船でそれが起こらなかったのは、片割れであるアジュールがまだ存命だったことと、見つけたはずの惑星から船が離れたからである。

「だがもちろん、そんないい加減な方法で、人類が生きられる惑星ほしなんてそうそう見つかるわけがない。だからこれは、相当な計画だったのさ。いずれは滅ぶクソ虫どもの、クソみたいな命の延命を図るためのな」

 吐き捨てるように言うアジュールの目は、今や深い怒りや恨みによるものらしい青い炎でじりじりと燃え立っている。
 と、不穏な気分を察知したのか、彼の腕の中で眠っていたフランがぐずりはじめた。

「ふえ、あ……うぐう」
「あ。見るよ、僕」
「ああ。すまん」

 ユーリが自然に手を伸ばすと、男も素直にフランを渡してきた。玻璃がやや微妙な顔になったようだったが、こぽりと溜め息の泡を吐き出したのみで、別に何も言わなかった。
 ユーリが腕に抱き、「よおし、よし。もう少し寝ようね~?」と優しく声を掛け、少し揺すってやるだけで、ベビーフランはまた大人しく眠り始めた。
 と、珍しく玻璃が男に語り掛けた。

《訊いてもよろしいか、アジュール殿》

 以前はもっと荒々しい口調だったと思うけれど、今はそれが、なぜかかなり改まっている。玻璃は相手が頷いたのを確認してから言葉を継いだ。

《人類が住むのに都合のいい惑星が見つかったら、そなたらが生み出されるということだったが。ではなぜ、そなたはこの船でここへ戻ったのだ。その惑星に何か問題が? そなたのつがいたるフラン殿と、ほかの人間たちはどうなった》
「…………」

 恐らくそれは、問題の核心に斬り込む質問だったろう。
 男の眉間が険しくひそめられ、長い沈黙がそれに答えた。
 かなり長いこと返事を待って、玻璃は落ち着いた声音でまた言った。

《ちょうどよい惑星が見つかったからこそ、そなたたちが生まれたのでは?》
「その通りだ。惑星は見つかった。……一応はな」
《と申されると?》

 男は暗い表情のまま、一度大きく息を吐きだし、その場に座り込んだ。この部屋には椅子らしいものがない。男は片膝を立てる姿勢で片腕をそこに乗せ、ユーリと玻璃をじっと見据えた。

「《サム》は優秀なAIだ。だが、見落としもある。なぜならそれも、お前ら人間が造ったものだからだ」
 ユーリは玻璃とまた目を見かわした。
「不完全な者には、不完全なものしか造れん。それは道理だ。だから俺たち自身だって、それはそれは『不完全』なシロモノだ。お前らクソ虫どもと同じでな」
「…………」
 なんと答えればよいかわからず、ユーリは困った顔で沈黙するしかなかった。
「だが初期デザインの段階では、それもいわば『必要悪』ということだったらしいな。俺やフランは生まれて来た人間どもの教育係としての役目もあった。人間の感情や意識を理解できない者では、その役目を果たすことが不可能だと考えられたからだろう」

 AIエーアイというのは、人間が集め得た膨大なデータと、人間がその時点までで知り得た数学的な知識をもとに造られている。どんなに万能に見えたとしても、それはやはり機械に過ぎない。不完全な人間がその時に到達できた学問的な高みには達することができても、そもそもデータにないことまで予測することは不可能だ。
 その惑星に起こったのは、まさにそんなことだった。

 《サム》は当時、その惑星を恒星からの距離や自転周期、空気の組成等々、多くの面で「理想的」だと判断していた。そして計画どおり、船内でアジュールとフランのもとになるものを解凍させ、この《水槽》で培養して幼児の姿になるまで育てた。
 《水槽》を出たアジュールとフランは《サム》から様々な教育を受け、しばらくはたった二人で育っていった。とはいえ第一世代の子供と同じように、成長は非常に急速なものだったようだ。
 二人は大変仲睦まじく暮らしていた。たまに意見の衝突がなかったわけではないけれども、基本的には非常に仲のいい「兄弟」だったとアジュールは考えているらしい。

「やがて《サム》が教えた通り、俺たちは体をつなげて第一世代を生み出した。忌々しいほどに素直に、なんの疑いも持たずに、な──」

 そう語ったアジュールの声は、この世のものとも思えぬほどに暗くて冷たいものだった。
 そうして遂に、彼の昔語りが始まったのだ。

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