ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第三章 宇宙の涯(はて)で

9 植民惑星

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「ねえ、アジュール。本当にこんなことをするの? な、なんか、僕──」

 当時、寝所で弟はそう言った。
 顔を真っ赤にして仰向けになり、見上げてくる瞳は不安に揺れていた。

「しょうがないだろう。そうしなきゃ人間は生まれないって《サム》が言うんだからさ」
「ふ、服って脱がないといけないの? 別に脱がなくっても──」
「いいから黙って言う通りにしろ」
「でも……。こんな格好、なんだか恥ずかしいよ……」
「ちゃんと学習もしたんだし、痛い目なんて見せないさ。いいから任せろ」

 アジュールはそう答えて、弟の体を組み敷き、教えられていた手順通りに彼を愛撫してその体を抱いた。
 弟の啼く声は次第に甘く蕩けていき、反応はとても敏感で、まことに素敵なものだった。何度抱いても飽きることはなく、アジュールはそれからほぼ毎晩のように、弟の体を思う存分味わった。その行為がもっとアクロバティックで濃密なものに移行するのに、さほどの時間は要らなかった。

 アジュールとフランは、二人とも人間の男性体と同じ見た目をしている。本来なら人間は男性体と女性体とで交尾をして子孫を残すものらしいが、少なくとも船内の恵まれた環境でなら、必ずしも片方が女性体である必要はないからだ。
 それに、新しい土地で物理的に人間たちの手助けをするためには、女性体は不向きだった。かなりの体力や筋力が必要だったからである。人間にはない多くの機能を付与された自分たち「人形ドール」は、人間たちの「育て手」であると同時に「助け手」でもあった。
 計画当初は女性体の開発もされていたようなのだが、必要な筋力その他を確保しようとすると、どうしても見た目に影響するらしい。それは女性としての美しさから離れていくことになり、当時の科学者たちの「美意識」では許せなかったようである。

 アジュールは体を自由に変形、硬化させ、硬い岩盤を掘りぬいたり、土を深く掘削したり、河川の流れを変更するなどの作業に特化されていた。刃物の形になる他にも、ハンマーやシャベル、掘削ドリルなど、鈍器や土木作業に適した形にすることもできる。筋力も本気を出せば、普通の人間の数百倍はあった。
 フランはどちらかといえば生き物の治癒に特化した個体で、アジュールと似たような作業もできる一方、傷を負ったり病気になった人間や生き物を治癒する能力にけていた。性格もアジュールよりはずっと優しく、生き物が大好きで愛情深い。

 多少泣き虫でこまった面はあったけれども、アジュールはそんな弟をひどく愛していた。人間たちが適度に増えて育ち、その新しい惑星でしっかりとしたコミュニティを築いたなら、自分たちは彼らから離れていく。もともとそのように設計されていたし、それが使命のすべてだった。
 その後は子供たちから離れ、ふたりだけで遠くの土地で暮らすのもいいし、小さな宇宙艇で別の惑星へ移ってもいいだろう。
 植民惑星での最初のほんの数百日。アジュールは、そんな甘い夢を見ていた。

 だが、そんな妄想はあっというまに非情な現実に蹴散らされた。
 生まれて来た人間たちの、あまりの不完全さが原因だった。


「子供らは、もちろん最初のころはみんな素直で可愛かったさ。そこのフランと同じでな」
 アジュールはユーリの腕の中で眠っているフランを妙に温度の低い視線で眺めながら言った。
「無力で御しやすい赤ん坊のうちはいいのさ。胸糞悪い問題は、すべて大きくなってから起こり始める」
「って……どういうこと?」
「大きくなればなるほど、そして人数が増えれば増えるほど、問題は大きくなった。……フランがあまりに優しくて慈悲深く、魅力的だったのがなによりの原因だった」
「フランさんが?」
「そうだ」
 そう言ったアジュールの眼光は、ますます暗く冷たいものになっている。
「あいつは……優しすぎた」


 もしもあの世界でアジュールが「父性」を体現したのだとしたら、フランは間違いなく「母性」を体現していたと言えた。彼は優しくおおらかで、どの子のことも平等に深く愛し、細やかに世話をしたからだ。
 生まれた子らはみんな、アジュールよりもフランに懐いた。当時はアジュールも今のように人を遠ざける性格ではなかったけれども、フランの人気にはとても太刀打ちできなかった。子供たちは魅力的なフランの愛を得ようとして争いあい、時には幼いうちでさえ、暴力的な喧嘩が勃発した。

『どいてよ! フランパパはあたしのよ! 今日はあたしと、ずーっと一緒にいるって約束したんだから』
『ちがうよ、フランパパはみんなと一緒にいるんだよ!』
『今日はぼくといっしょに寝るってやくそくしたよね、パパ?』
『ちょっとどいてよ、おひざの上はあたしの場所だって言ったでしょ?』
『なんだと! フランパパはみんなのもんだろ。お前こそそこをどけよっ!』
『うわあん! たたいた、マックがたたいたあ! フランパパ、痛いよう!』

 フランもアジュールも、そこは「育ての親」として時に厳しく、また優しく彼らを諭したり叱ったりを繰り返した。だが、なかなか争いは終息しなかった。
 フランとアジュールから生まれてくる子供は、基本的に一度に男女ひとりずつと決まっていた。
 二人は最初、男女の子供を五組生んだ。都合、十名ということだ。二人から直接生まれてくる子供たちは「第一世代」と呼ばれている。非常に成長が早く、ほんの三、四年で成人する世代だった。
 かれらが成長し、やがて子供を生めば、その子供たちはもう普通の人間となんら変わらなくなる。成長もずっとゆっくりになり、そのぶん育児には手がかかるようになった。

 アジュールとフランは最初、惑星上の何もない荒野に宇宙船を降下させ、しばらくは船内で暮らしていた。そこを起点に少しずつ環境を整備していき、まずは宇宙船のそばに人間の住める集落をつくることを目標にしていたからだ。
 そのためには、まず第一世代をなるべくたくさん生み出し、彼らを育てて労働力にしなくてはならない。数が必要なのは、遺伝上の不具合をなるべく減らすためでもあった。血が濃くなりすぎれば、子供たちの体に問題が生じる確率が増えていく。それはデータ上明らかなことだったからだ。

《血が濃くなる……か。なるほどな》

 アジュールがこのあたりの説明をしたとき、玻璃はやや暗い顔になった。ユーリには彼の気持ちが手に取るように理解できた。
 その問題はいま、まさに滄海わだつみが直面していることである。
 血が濃くなりすぎることで、人類はやがて未来を失いかねないのだ。
 アジュールはそれには気づかない風で話を続けている。

「もちろん、子供らには年齢に応じたふさわしい教育も不可欠だった。教育については《サム》と船内の教育プログラムを利用していたが、もちろん俺とフランもサポートしていた」

 子供たちはすくすく育っていった。
 相変わらずフランの人気は絶大で、男の子も女の子も「フランパパ、フランパパ」と彼を慕い、金魚ののようにあとをついて回り、食事の時間には彼の席の隣を毎日のように奪いあった。夜ともなれば「自分こそが一緒に寝るんだ」と泣いたり怒ったりして、彼の寝床の隣が争奪戦になるのだった。

 いや、それだけならまだ可愛い話だった。
 ただそれだけのことであれば、素直で子供らしく微笑ましいエピソードの蓄積に過ぎなかったことだろう。
 だが、問題はそんなことでは終わらなかったのだ。
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