ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第三章 宇宙の涯(はて)で

14 終焉 ※※

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※※地震に関する描写があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 アジュールは飛行艇を自動飛行に切り替えると、自分も船外に出、飛び出していった弟を追いかけた。
 フランはまっしぐらに、裂け目に飲み込まれようとする集落を目指して飛んでいく。大地が不気味な低音で鳴動するのがはっきりわかった。それとともに、じわじわと地溝が開いていくようだ。片側の大地が隆起し、片側が沈んでいく。集落はそのぎりぎりきわのところにへばりつき、今しもずるずると地の底に沈んでいくところだった。
 空から舞い降りてくるフランたちの姿を見た村人たちは、必死で彼らに助けを求めた。

『蒼の父神さま! お助けください……!』
『紅の母神さま……!』
『ど、どうか、この子だけでも!』
『たすけて、たすけて……! こわいよう』

 老人もいれば、小さな子供もいる。赤ん坊を抱いた女、つがいなのだろう相手と抱き合っている男女。老若男女が叫びをあげ、子供たちがへたり込んで泣きわめいている。みんながみんな、どちらへ逃げればよいかもわからずに右往左往し、逃げまどい、傾いた地面に足を取られて土砂とともに流されていく。傾斜はどんどん激しくなり、ドーム状の建物が滑り落ち始める。
 中にはそれら建物に弾き飛ばされたり、体を半分に裂かれたり、大量の土砂が叩きつけてきてすでに絶命している者もいた。もう叫び声をあげるほか出来ることもなく、地面に飲み込まれていった。

 その時だった。
 沈みゆく集落と絶望の混沌カオスの中に、一条の光が飛び込んだ。

『フラン……!』

 何が起こったのかわからなかった。
 もしかしたら、子を喪って狂った彼の心のなかにほんのわずかに残った理性が、あるいは本能が、最後の最後に燃え上がり、明滅した瞬間だったのかもしれなかった。
 大切な大切な、「我が子供ら」を救おうと。

『フラン、戻れ! もう無駄だ!』

 アジュールの絶叫は、虚しかった。
 無我夢中で人々のところへ向かったフランの姿は、集落と大量の土砂に遮られてすぐに見えなくなった。

『待て、フラン……! やめろっ……やめろおおおお────ッ!』

 轟音が響き渡り、舞い上がる土埃で視界が遮られる。
 気が付いた時にはもう、あれほど広がっていた大地の裂け目が上下に数百メートルもずれた状態でぴったりと塞がっていた。

 そこからしばらく無我夢中で土を掘り返したが何の手がかりもなく、仕方なく宇宙船に戻ったアジュールは、《サム》に命じてすぐに事態の調査をさせた。
 結果は惨憺たるものだった。

《生命反応、ありません。フラン様の反応、消失。損壊の程度が激しく、もはや再生不可能と思われます》
 アジュールが愕然と沈黙しているのをいいことに、《サム》はごく事務的に淡々と言い続けた。
《次なる『フラン様』の培養を提案します。すみやかに──》
『だまれ!』
 
 それ以上は言わせなかった。アジュールは《サム》の音声発生装置を腕の刃で破壊して沈黙させ、頭を抱えてうずくまった。

 あとから分かったことだったが、この惑星ほしは数十年、数百年に一度はこうした大地震が起きる特性をもっていた。地球にもそうしたデータはあるが、地球のものを他の惑星にそのまま適用できるわけではない。
 《サム》としては自分の知るデータのすべてを駆使して比較的穏やかだと判断される地域を選んだつもりだったようだが、結局それらは裏目に出たのだ。





「さっきも言ったが。要するにお前らは不完全なのさ。そのくせ、自分たちの造り上げたものを変に過信する。どこかに瑕疵かしがあった場合のことを、感情を抜きにして冷静に判断することができない。ま、『一人もいない』とまでは言わんがな」
 《水槽》の設置されただだっ広い部屋で、アジュールは片膝を抱えて座った姿勢のまま、誰に言うでもない風に言い続けた。
「そうやって、肥大した自意識と身勝手な価値観をほかの生き物にも押し付ける。誰に許されたわけでもなしに、他者の命の選別をする……。だから、お前ら人間はクソだと言うんだ」
 冷たく燃える蒼い瞳には、今や怒りよりもずっと強い感情がまたたいていた。
 それがなんであるかを想像して、ユーリの胸は締め付けられた。

「俺はその後、長い時間をかけて《サム》を改造した。本来、人間どもの目的に添わないことは命令しても聞かない造りになっていたからな。地球に帰還することもそうだ。そもそも、『種蒔き船』としてのこの船が地球に戻ることは、設計者どもの権限によって許可されていなかった。データとして、航路が記録されていたとしてもな」

 だが遂に、彼はそれを成し遂げた。そうして、《サム》に地球への帰還を命じた。
 すべての元凶である人類に、これ以上身勝手な真似をさせないために。あの美しい最愛の弟──その感情ですら、人間たちから押し付けられたものに過ぎないのかもしれないというのが皮肉の極みなのだったが──を、虫けらのように扱うことを強要した連中に、復讐と殲滅をもたらすために。

(しかし、私は……)

 ユーリはどうしようもなく溢れてくる同情の念を覚えながらも、最後の一歩のところで踏みとどまっている。
 地球ですでに殺された人々は、本当に彼に対して罪があっただろうか?
 彼らにだって、家族もあれば友人や恋人だってあっただろうに。彼らが、どうして自分が殺されなければいけなかったのかすら知ることもなく惨殺されたことは、この男に「殺人の理由があるから」といって許されてもいいことだろうか。
 ……否。
 否だ、とユーリは思った。

 過去の人類が犯した罪は重い。それをたった二人で背負わざるを得なかったアジュールとその弟、フランには同情するし、気の毒に思う。しかし。
 だからといって、いま地球に住む多くの人々を彼に滅ぼされていいはずがない。
 アルネリオの人々も、滄海の人々も、今となってはこの男に対してなんの罪も負っていないはずである。あの田舎で出会った、貧しくて小さな兄妹。目の見えない妹を庇って泣いていたあの少年の顔を思い出して、ますますその思いは強くなった。

「あの……でもね、アジュール」

 が、ユーリが言いかけたその言葉は玻璃の穏やかな思念が遮った。

《事情と気持ちはよくわかった。俺がそなたの立場でも、同じことをしたかもしれぬ。……だが、よければ聞いてもらえぬか》

 アジュールは不快げな色を隠そうともしない目で、じろりと玻璃を睨み返した。
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