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第三章 宇宙の涯(はて)で
15 棄てられた民
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《事情と気持ちはよくわかった。俺がそなたの立場でも、同じことをしたかもしれぬ。……だが、よければ聞いてもらえぬか》
アジュールは不快げな色を隠そうともしない目で、じろりと玻璃を睨み返した。
《ここで、事態をはっきりさせておきたい。根本的な話だ。そもそも我らは、そなたの恨みを受ける筋合いのある者かどうか、という点だ》
「……なんだと?」
アジュールの目がぎらりと光った。
「あ、あの。玻璃どの……?」
ユーリはどきどきしてきて口を挟もうとしたのだったが、玻璃は優しく目だけで制した。「任せよ。悪いようにはせぬ」という瞳だった。
《聞いてくださるか。アジュール殿》
男ははっきり「否」とは言わなかった。無言で玻璃を睨んでいるだけだ。玻璃はそれを勝手に「応」と判断したらしかった。そうしてそっと微笑むと、「ご温情、感謝する」と言って一度頭を下げた。
《お許しいただけるならば、お話ししよう。我らの歴史を》
「歴史……」
アジュールがほとんど唇を動かさずに呟いた。
《我らもまた、言ってみれば『棄てられし者』。かつて非常に身勝手なやり方で地球と人々を捨てて出て行った者らの、残り滓のようなものなのだ》
「どういう意味だ」
《我らが海底に潜ったのより、さらに百年ばかり前の話だ。当時、海水面が急激に上昇して住める土地がどんどん減少し、世界には争いが増え続けていた》
玻璃の話はこうだった。
アジュールやフランたちの「ノア計画」が発動して、さらに数百年後のことだ。世界は土地を失ったことで、どんどん環境が劣悪になり、国同士の争いが頻発していた。限られた資源を奪いあい、他人の土地を侵略する国が現れ、まさに混沌としていたらしい。
《その当時、富裕層の者どもは密かに地球を脱出する計画を立てていた。何百隻もの巨大な宇宙船をつくり、大挙して他の惑星を目指す算段をしていたわけだ》
「なんだって──」
アジュールが目を見開いた。それは初耳だったのだろう。
無理もない。彼にとっての地球のデータは、飽くまでも彼がそこを出た時のままで止まっている。それは地球でいえば千年も昔の時代のことなのだ。
《そのときには、そなたらの時代よりももっと容易く、相応しい惑星を見つける技術が確立していたのであろうよ。人々は自分自身を凍結させ、船内で眠ったままに長い長い旅に出た。『新天地』を目指してな》
玻璃の思念は淡々として、むしろ温かに感じられた。こんなことを話しているとは思えないほどだった。だが彼の感情として、決して逃げ出した人々を尊敬しているわけでないのは明らかだった。
よく考えると不思議なことだったが、ここでユーリとアジュールは、なんとなく互いの目を見かわした。アジュールにとっても「寝耳に水」だろうが、ユーリにとってもこの話は初耳だったのだ。
《俺の国、滄海の今の皇族は、もともとそのとき逃げ出した皇族の、分家筋にあたる一族らしい。当時、母なる惑星を捨てて逃げることに反対した一族のようだな。当時、皇族はいわば『逃亡派』と『残留派』に分かれたわけだ。本家の一族は逃亡派だった。みな一斉に滅びゆく地球を捨て、何百という宇宙船で出ていった。その後また数百年をかけ、俺たちは海に活路を見いだし、今に至るというわけだ》
「……そうだったのですか」
玻璃はいかにも「そうだとも」と言うように、目を細めてユーリを見つめ、頷いた。
《ユーリの国アルネリオは、もっと厳しい道を歩んだことだろう。その時、地上に残らざるを得なかった人々が集まって、いまの帝国の前身を作り上げた。当時は我らと敵対していたこともあり、高い科学技術を継承する術を失ってしまったのは非常に残念なことだったが……》
アジュールがふん、と鼻を鳴らした。
「だからなんだ? それが、俺が地球のクソ虫どもを殲滅する理由にはならんとでも?」
《……平たく言えば、まあそうだ》
玻璃の思念は相変わらず落ちつき払ったものだった。男の氷の色をした瞳がぎろりと光った。
「ふざけるな。それで言い逃れができたつもりか。そんなことで、貴様らの過去の愚行や罪が帳消しになるとでも?」
《そこまでは言わぬ》
玻璃の思念はやっぱり静かだ。瞳も同じく、凪いでいる。
《……だから。これは相談だ》
「なんだと?」
玻璃はそこで、ほんのわずかに間をおいた。
《つまり。俺だけにしておいてくれぬか、と言うのだ》
「はっ、玻璃どの……!」
ユーリはハッと顔を上げた。
《そなたの積年の恨みと苦しみはよくわかった。宇宙の果てで起こった悲惨な事態はまことに残念に思うし、そなたの大切な弟君への哀憐の情も、悔しみも、十分に理解する。……俺にも弟があるからな》
「玻璃どの! だめですっ!」
ユーリは必死で彼の言葉を遮ろうとしたが、まったく役には立たなかった。
《だれにもなんの復讐もままならず、このまますごすごと帰れというのは、いかにも酷な話であろう。そなたもそれでは引き下がれまい》
「ふん……。だから?」
《復讐するなら、俺だけにしろと言うのだ》
ユーリは自分の顔から血の気がさっと引いていくのがわかった。
アジュールが目を細め、面白そうににやりと笑った。
「いい覚悟じゃないか? ワダツミの皇太子。貴様がそう望むなら、応えてやらぬ理由はない」
「そ、……そんな」
ユーリはもう、腰を浮かしておろおろしている。
「あの惑星のクソ虫どもにしたようにしてやろう。爪を剥ぎ、皮を剥ぎ、耳と鼻を削ぎ落とし──」
「だっ、ダメです……!」
ユーリは思わず立ち上がった。その拍子に、腕の中の幼子がびくんと身体を竦ませた。
「いけません、そのような! 玻璃どのだけがそのような──」
「ふっ……ふわ、うわああああん!」
言いかけたところを、大きな泣き声に遮られた。とうとうフランが目を覚ましてしまったのだ。
「あ、あああ……。ごめん、ごめんね? 急に大きな声を出して」
ユーリは慌てて、泣きわめく幼児を抱き直し、背中をやさしく叩いてやった。
アジュールは不快げな色を隠そうともしない目で、じろりと玻璃を睨み返した。
《ここで、事態をはっきりさせておきたい。根本的な話だ。そもそも我らは、そなたの恨みを受ける筋合いのある者かどうか、という点だ》
「……なんだと?」
アジュールの目がぎらりと光った。
「あ、あの。玻璃どの……?」
ユーリはどきどきしてきて口を挟もうとしたのだったが、玻璃は優しく目だけで制した。「任せよ。悪いようにはせぬ」という瞳だった。
《聞いてくださるか。アジュール殿》
男ははっきり「否」とは言わなかった。無言で玻璃を睨んでいるだけだ。玻璃はそれを勝手に「応」と判断したらしかった。そうしてそっと微笑むと、「ご温情、感謝する」と言って一度頭を下げた。
《お許しいただけるならば、お話ししよう。我らの歴史を》
「歴史……」
アジュールがほとんど唇を動かさずに呟いた。
《我らもまた、言ってみれば『棄てられし者』。かつて非常に身勝手なやり方で地球と人々を捨てて出て行った者らの、残り滓のようなものなのだ》
「どういう意味だ」
《我らが海底に潜ったのより、さらに百年ばかり前の話だ。当時、海水面が急激に上昇して住める土地がどんどん減少し、世界には争いが増え続けていた》
玻璃の話はこうだった。
アジュールやフランたちの「ノア計画」が発動して、さらに数百年後のことだ。世界は土地を失ったことで、どんどん環境が劣悪になり、国同士の争いが頻発していた。限られた資源を奪いあい、他人の土地を侵略する国が現れ、まさに混沌としていたらしい。
《その当時、富裕層の者どもは密かに地球を脱出する計画を立てていた。何百隻もの巨大な宇宙船をつくり、大挙して他の惑星を目指す算段をしていたわけだ》
「なんだって──」
アジュールが目を見開いた。それは初耳だったのだろう。
無理もない。彼にとっての地球のデータは、飽くまでも彼がそこを出た時のままで止まっている。それは地球でいえば千年も昔の時代のことなのだ。
《そのときには、そなたらの時代よりももっと容易く、相応しい惑星を見つける技術が確立していたのであろうよ。人々は自分自身を凍結させ、船内で眠ったままに長い長い旅に出た。『新天地』を目指してな》
玻璃の思念は淡々として、むしろ温かに感じられた。こんなことを話しているとは思えないほどだった。だが彼の感情として、決して逃げ出した人々を尊敬しているわけでないのは明らかだった。
よく考えると不思議なことだったが、ここでユーリとアジュールは、なんとなく互いの目を見かわした。アジュールにとっても「寝耳に水」だろうが、ユーリにとってもこの話は初耳だったのだ。
《俺の国、滄海の今の皇族は、もともとそのとき逃げ出した皇族の、分家筋にあたる一族らしい。当時、母なる惑星を捨てて逃げることに反対した一族のようだな。当時、皇族はいわば『逃亡派』と『残留派』に分かれたわけだ。本家の一族は逃亡派だった。みな一斉に滅びゆく地球を捨て、何百という宇宙船で出ていった。その後また数百年をかけ、俺たちは海に活路を見いだし、今に至るというわけだ》
「……そうだったのですか」
玻璃はいかにも「そうだとも」と言うように、目を細めてユーリを見つめ、頷いた。
《ユーリの国アルネリオは、もっと厳しい道を歩んだことだろう。その時、地上に残らざるを得なかった人々が集まって、いまの帝国の前身を作り上げた。当時は我らと敵対していたこともあり、高い科学技術を継承する術を失ってしまったのは非常に残念なことだったが……》
アジュールがふん、と鼻を鳴らした。
「だからなんだ? それが、俺が地球のクソ虫どもを殲滅する理由にはならんとでも?」
《……平たく言えば、まあそうだ》
玻璃の思念は相変わらず落ちつき払ったものだった。男の氷の色をした瞳がぎろりと光った。
「ふざけるな。それで言い逃れができたつもりか。そんなことで、貴様らの過去の愚行や罪が帳消しになるとでも?」
《そこまでは言わぬ》
玻璃の思念はやっぱり静かだ。瞳も同じく、凪いでいる。
《……だから。これは相談だ》
「なんだと?」
玻璃はそこで、ほんのわずかに間をおいた。
《つまり。俺だけにしておいてくれぬか、と言うのだ》
「はっ、玻璃どの……!」
ユーリはハッと顔を上げた。
《そなたの積年の恨みと苦しみはよくわかった。宇宙の果てで起こった悲惨な事態はまことに残念に思うし、そなたの大切な弟君への哀憐の情も、悔しみも、十分に理解する。……俺にも弟があるからな》
「玻璃どの! だめですっ!」
ユーリは必死で彼の言葉を遮ろうとしたが、まったく役には立たなかった。
《だれにもなんの復讐もままならず、このまますごすごと帰れというのは、いかにも酷な話であろう。そなたもそれでは引き下がれまい》
「ふん……。だから?」
《復讐するなら、俺だけにしろと言うのだ》
ユーリは自分の顔から血の気がさっと引いていくのがわかった。
アジュールが目を細め、面白そうににやりと笑った。
「いい覚悟じゃないか? ワダツミの皇太子。貴様がそう望むなら、応えてやらぬ理由はない」
「そ、……そんな」
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「だっ、ダメです……!」
ユーリは思わず立ち上がった。その拍子に、腕の中の幼子がびくんと身体を竦ませた。
「いけません、そのような! 玻璃どのだけがそのような──」
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