158 / 195
第四章 宇宙のゆりかご
5 首の秘密
しおりを挟む男は、ぱっと椅子から立ち上がると、床をひと蹴りして跳びあがった。
と思った次の瞬間にはもう、ユーリの目の前に立っていた。
「ひ……!」
ユーリは思わず後ずさった。
人間では考えられないような跳躍力だ。
「なんだ? 『籠の虫』風情が、随分とうるさい口を利くようになったもんだな」
「そ、そういうつもりじゃ──」
「じゃあ、どういうつもりなんだ」
また一歩後ずさったユーリを追うようにして、男はずいずいと近づいてくる。
ユーリは大いに後悔したが、もう後の祭りだった。
「ちょ、ちょっと待って……あっ!」
どんどん追い詰められて、とうとう壁際まで来てしまう。背中が壁にぶちあたったところで、ユーリはもう絶望していた。どん、と顔の横で手を突かれる。男の冷たい美貌がぐいと目の前に迫って来た。
「長髪ゴリラがほざいていたな? 『自分の命に免じて地球の人間どもは許してやってほしい』と」
「…………」
ユーリの喉はもう恐怖で凍り付いている。ぶるぶると全身が震えてくる感覚しか分からない。
「見上げたものだ。クズどもの皇太子にしては、なかなかのもんさ。あの根性と度胸に免じて、奴の望み通りにしてやらんこともない。そう思っていたところなんだが」
「そ、そんな──」
そんなこと、承服できない。玻璃殿がそんな目にお遭いになるなら、自分も共にそうして貰わねば。間違っても自分だけ、無事に助かって地球に戻るなんてことはできない。したくない。
かたかた震えて何も言えないユーリの思考を、男は詳細に読み取っているようだった。気が付けば、男の片腕がいつのまにか音もなく変形し、鋭い刃になっている。刃先が電子画像の光を跳ね返して、ユーリの頬のすぐ脇できらりと光った。
「あのゴリラと一緒に殉死なんて、くだらんことは考えるな。お前はフランの『パパ』だろう」
「え……」
「お前が死んだら、フランが悲しむ。だからお前は殺さない。自死も許さん。もちろん、地球に戻しもしないが」
「…………」
呆然と見返すユーリの目のすぐ下を、つつう、と刃の腹が撫でている。
「……お前は、俺のモノになれ」
「な──」
ぞくっと背筋に寒気が走った。
「あの野郎は刻んで殺す。それがあいつの望みだからな。地球の虫どもはまあ、見逃してやらんこともない。言われてみれば確かに不合理だしな。千年も昔の、自分と関係のない奴らの罪を負わされるのも迷惑な話だろう」
「…………」
それは良かった。少しは救いがあるというものだ。
このまま、罪もない地球の人々が全滅させられるという最悪の悲劇だけは、どうにか免れられるのかもしれない。しかし。
(私が……この男のものに?)
いやだ。
だめだ。
そんなこと、許されるわけがない。
なにより、あの玻璃殿に申し訳がたたない。
左手の薬指に嵌まった銀色の指輪を指ごと握って、ユーリは呻いた。
「い……や。いやです」
「なんだと?」
やっと絞り出した言葉は激しくかすれて、聞き取りにくかったのかも知れない。男は少しこちらに耳を寄せた。
「いやですっ。わ、私は……わたしは、玻璃殿のものなんだから!」
叫んだ途端、凄まじい衝撃が頬に走った。
ユーリの体は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、そのまま床に転がった。頬を張り飛ばされたのだと、そこでやっと理解した。
「そんな戯れ言が、いまさら俺に通用すると?」
いや、思わない。そんなことは百も承知だ。だが、だからといって「うん」と言うわけにはいかなかった。口の中に鉄の味が広がってくるのを覚えながら、ユーリは歯を食いしばった。
指が動いたのは、完全に無意識だった。ずっと鰓の中に潜ませている例の物を、そっと指の腹でさすったのだ。
そこには、瑠璃から渡された小さなカプセルが今もとどまっている。玻璃と心を通わせるための機能以外に、それには別の機能も付与されていた。
瑠璃はあの時、言ったのだ。
最後の最後、もうどうにもならぬと思ったときには、これを使えと。
あの時はユーリに向かって「兄のためなら命も操も捧げて見せろ」とまで言い放っておきながら、あの皇子も結局は優しい人だった。これが何よりの証だった。
もっともこれは、どうやっても玻璃の命を救うことが叶わぬと確定したらの話だけれど。
(瑠璃どの……)
地球で待っている、あの美しい玻璃の弟君の顔を思い出す。
彼もきっと、身も細る思いで兄の無事の帰りを待っていることだろう。だからこれを使うのは今ではないのだ。
ユーリは痛む頬を撫でながらのろのろと上体を起こした。
やっと立ち上がり、まっすぐにアジュールを見る。
「何度でも言うよ。玻璃殿の命を奪うというなら、僕も死ぬ。僕は玻璃殿のものだ。この指輪を頂いてからずっと。一から十まで、細胞の一個まで! 僕は、あの方のものなんだ!」
「貴様っ……!」
アジュールの目がかっと見開かれ、ユーリは襟元を掴まれて、再び床に引き倒された。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる