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第四章 宇宙のゆりかご
11 兄の面影
しおりを挟む振り返ってぎろりと睨みつけてやったら、少年は青ざめた顔のまま、それでも必死にこちらの視線を受け止めていた。
が、それもわずかの間のことだった。ロマンの後ろに控えていた黒鳶が音もなく進み出て、懐から何か小さなものを取り出すと藍鉄に手渡したのだ。瑠璃は片眉を跳ね上げた。
「なんだ? それは」
黒鳶はもう元の位置に戻って床に平伏している。
「恐れながら、どうかご覧くだされたく。皇太子殿下からのお言葉です。ずっと以前に、自分に託しておかれたものです」
「なにっ?」
驚いて藍鉄の手もとを見れば、屈強な男はもうとっくに部屋の隅の文机のあたりを操作していた。
一見したところ何の変哲もない木製の文机だが、これには様々な機能が搭載されている。あちこちへの通信手段でもあり、こうした記録媒体を再生するための機能もあるのだ。もちろんこの机だけではない。ぱっと見たところ古風な造りにしかみえないこの邸のあちこちに、こうした最先端の技術が巧みに隠されているのである。
黒鳶が差し出したのは、指の関節ひとつぶんほどの小さな記録媒体だった。男はそれを懐ふかくにいつも忍ばせていたらしい。
藍鉄は文机の天板の下を軽く操作した。すると、天板の隅に小さな窓が開いて、記録媒体を差し込むためのユニットが顔を出した。藍鉄がチップを差し込むと、ほどなく部屋の中央に大きな四角い画面が現れた。
「あっ……」
それ以降、瑠璃は言葉を失った。
空中に浮かんだ画面の中には、豊かな長い銀の髪と紫水晶の瞳をもつ、堂々たる体躯の男子がにこやかに微笑んでいる。滄海式の錦の直衣姿だ。
「あ、兄上っ……!」
思わず画面のそばに駆け寄り、床に膝から崩れ落ちる。片手で口元を覆って見上げるが、どうしても眼前が熱くぼやけた。
いや、違う。これは単なる記録映像だ。いま現在の兄の姿を映し出しているものではない。それはわかっていたけれども、こみ上げるものを堪えるのは難しかった。
画面の中の男が、優しげな瞳をしてひとこと「瑠璃」と我が名を呼んだ。
(兄上……!)
瑠璃はその場にぺたりと座り込み、呆然と兄を見上げた。
《俺の期待している通りなら、いま、そなたはこれを見てくれていることだろう。いかなる事態になったかは定かでないが、今、俺は帝都にはおらず、命の保証もできぬ、あるいはものも言えぬ状態ではないかと思う》
兄は淡々と言葉をつむぐ。ひと声の乱れもなく、一から十まで非常に落ち着きはらった態度だ。
《こうしたことが起こった時のため、俺はこのデータを黒鳶に預けておく。そなたがこれを無事に見られているのなら、どうか黒鳶には十分な褒美を呉れやってくれよ》
にこにこ笑うその様子。落ち着いて悠然としたその態度。
まさに、自分が大好きなあの兄の姿である。
《さて。話というは他でもない。俺が不在となってしまった後、滄海の王座と政をどうするのか、という話だ》
(王座と、まつりごと……?)
なんとなく嫌な予感がして、瑠璃は思わずこくりと喉を鳴らした。
画面の玻璃は、当然そんなことには頓着しない。
《そなたも知っての通り、俺は左大臣・藍鼠と正三位兵部卿・青鈍らに支持されている。対するそなたは、右大臣派の面々がずっと担ぐチャンスを狙っているな》
「…………」
《俺が不在となった今、御前会議はさぞや混乱しておろう。右大臣派の面々は、すでにそなたに近づいてきておるか? これを見てくれておる以上、まだ間に合うものだとは思うのだが。……そこでだ》
瑠璃はただただ黙って兄の姿を食い入るように見つめている。
画面の中の玻璃は、そこでちょっと居住まいを正したようだった。
《瑠璃。そなた、次の皇太子になれ》
「え──」
びくり、と瑠璃の体が停止した。
《俺が死んだなら、もはや遠慮はいらぬであろう。俺が望むまでもなく、次の皇太子はそなたである。これは決まりきったこと。なれど》
玻璃はそこで、ちらりと困ったように苦笑した。
《問題は右大臣派だ。あれらは恐らく、相当強硬にそなたを傀儡にしようと動くであろう。自分たちにのみ都合よく動く木偶人形にしようとな》
「…………」
《できることなら、俺はそれを許したくない。同じ担がれるのであらば、左大臣派の面々にせよ。よくよく見ていればそなたにも必ず分かる。結局のところ、どちらが本気で国を、果ては地球の未来をも深く憂えて動いておるのかをだ》
(これは……)
──遺言。
重い言葉がずしりと脳裏に閃いて、瑠璃は眩暈を覚えた。
ぐらりと自分の体が傾ぐのを感じた瞬間、大きな手ががっしりと背中を支えてくれる。藍鉄だ。
《どうか、頼む、瑠璃。俺の代わりに、滄海の宗主となってくれ。藍鼠や青鈍に学び、仁と徳を身に着けて、素晴らしき海皇となれ。……そしてできれば、帝国アルネリオとの和平の道をこのまま維持し、一致協力して未来を切り拓いてもらいたい》
(兄上……)
気が付けばもう、画面の兄の顔が今どうなっているのかもよくわからなくなっていた。背中を藍鉄に抱きかかえられたまま、瑠璃はとめどもなくぼろぼろと、頬に顎にと涙をふり落としてうなだれている。
「う……うう」
なにも考えられなかった。
なぜなら、瑠璃はまだ信じているからだ。我が兄が、大好きなあの兄が、まだ生きていてくれるものだと。
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