ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第五章 駆け引き

5 迫害

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《鈍いな、俺の配殿下は。そこもまた可愛いが》
《ど、どういうこと……?》
 玻璃は、返事までに少し間をおいた。
《あの男は、恐らく求めているのだと思う。あの少年を自分の子としてではなく、己の伴侶として……と、俺には思える》
《ええっ?》

 「伴侶」。いまこの人は伴侶と言ったのか。しかし。

《共に寝られないのも、入浴できないのもそのためではないだろうか。あの少年に嫌われたくはない。怖がらせたくもない。……しかし、男というのはどうしようもないものだ。特に、想う者が目の前にいるときは。そなただって男子おのこなのだし、そのあたりはわかるだろう?》
《え……ええっと──》

 返事のしようのない問いを投げられて、ユーリは頭を抱えたくなった。
 まさか。あの男が、あの少年を……?

《不用意に触れれば、怖がらせ、嫌われることにもなりかねん。だからそばには居られない。特に体を密着させたり、肌に直接触れることは避けている。あの子の裸身を目にすることもな。それは、大切だからこそだろう。もちろん触れたくてたまらぬのだろうが、本人の意思を無視して無闇に花を散らすようなことはしたくない。……さぞや苦しいことだろうよ》
《は、玻璃どの……》
《だがこれは、我らにとっては希望にもなるかもしれぬ》
《え……》

 ユーリは顔を上げて玻璃の表情を見たいという衝動を抑えるのにかなり苦労せざるを得なかった。
 希望だって?
 あの男があのフラン少年に懸想していることが、自分たちにとっては希望になるというのだろうか?

《だが、ことは十分慎重に運ばねばな。あの男は見た目以上に、かなり内面がナイーブだ。過去の悲惨な出来事のこともあって精神的に安定しない上、非常に激昂しやすい性格でもある。なにより、人類に対する恨みが深すぎる。ここが一番の問題なのだがな》
《そ……そうですね》
《そう言いながら、あの子だって人間だというところが、いかにも皮肉な仕儀だ。敵ながら、気の毒としか言いようがない》
《はあ……》
《まあ、それはそれとして。その前に、そなたの気持ちも聞いておきたい》
《え?》

 ユーリはとうとう我慢できなくなって立ち上がり、手水ちょうずにでもいくようなふりをして《水槽》から離れ、なんとなくといった様子で玻璃を見返った。
 玻璃は玻璃で、寝転んだ姿勢のままこちらを目の端で見やっている。

《そなた、あの子を手放せるか》

 ユーリの喉がこくりと鳴った。

《あの男があの子を手放すなど、たとえ天地がひっくり返っても無理であろう。奴には宇宙へ帰ってもらわねばならぬ。ならぬが、それなら「あの子も共に」という話になるは必至。……だとすれば、そなたが諦めるほかなくなるわけだ》
《は……玻璃どの》

 想像するだけでも、体が震えてくるのを止められない。
 あの子をあの男に渡す? そのまま二人で宇宙へ行かせると?

(そんな……。そんなこと)

 そうしたら、もう自分はあの子に会うことも叶わなくなるのでは。
 ついつい足がふらついて、ユーリは知らず、壁に背中をぶつけていた。そのままよろよろと手水のある部屋に入る。扉は人が近づけば勝手に開き、その後自動で閉まるのだ。
 ユーリは滄海でいう便座にあたるものの上に座り込んでまた膝を抱えると、やっと玻璃に言葉を返した。

《やっぱり……そうしなければならないのでしょうか》
《恐らくはな……。そなたの心中は察するに余りあるが、やむをえまいよ》

 玻璃の思念はどこまでも温かだ。彼がユーリの気持ちを気遣ってくれているのがしっかりと伝わってくる。

《仮に、無理をしてあの子を地球へ連れて戻ったとしよう。あの子の将来はどうなるだろう? いくらそなたが『わが子だ』と主張したところで、あの子が王族または皇族として認められることはまずあるまい。……むしろ、ひどい迫害を受け、不遇をかこつ羽目になりかねん》
《…………》
《ひどい差別に晒されて周りじゅうから虐待されるなど、繊細で心の柔らかいあの子に耐えられるとは思えぬ。心ばかりではない。最悪の場合、体も深く傷つけられるかもしれぬのだ》
《そんな……》
《そなたの気持ちはよく分かる。だが、残念ながらその可能性は非常に高い。……人というのは、間違いなくそういう残虐な側面も持つ生きものだからな》

 ユーリは頭を抱えた。
 そうだ。確かにその可能性は高いだろう。
 玻璃の思念は淡々と、優しさを失わないながらも毅然とした音色でユーリの頭の中に響き続けている。

《もし幸いにして皇族として認められたとしよう。だがそうして保護されてすら、ある程度は残酷な局面を免れぬだろう。まして保護されぬとすれば、その苦難はいかほどか。そなたが存命のうちはまだしも、その後は? 考えねばならぬことは山ほどあるぞ》
《そう……ですね》
《このまま、あの子を溺愛するかの男の手に委ねるほうが、事態は何倍もマシかもしれぬ。出来ることなら、あの男にある程度の約束をさせておきたいが……。それはなかなか難しかろうし》
《約束……とは?》

 ユーリは微かな希望を感じて目を上げた。
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