ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

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第五章 駆け引き

6 反抗

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 翌日。
 少年は眠る時間がやってくると、自分の寝具を両手に抱えて《水槽》の部屋へやってきた。その後ろから、苦虫を嚙み潰したような顔のアジュールがついてきていた。
 部屋に入ってきた瞬間から男に恐ろしい目で睨みつけられて、ユーリは身が縮んだ。こうなることは分かっていたが、それでも恐ろしいものは恐ろしい。

「まったく。いつまでも子供でかなわんな」
「いや、あのね……」

 ユーリは肩を落とした。そうは言うが、この子が普通の人間だったらまだまだ小さな幼児のはずなのだ。その言いようはさすがにひどい。
 ユーリは敢えて男の相手はせず、目を合わせないように気をつけながら少年に笑顔を向けた。その手から寝具を受け取る。

「さ、おいで。ここへ敷くといいよ。僕はいつも玻璃殿のすぐそばで寝ているけど、この隣へ並べよう。これなら寂しくないでしょう?」
「う、うん」

 ユーリの笑顔を見ると少年は明らかにほっとした顔になり、言われた通りいそいそと寝具を延べはじめた。男の機嫌はさらに悪くなったようだった。眉間に完全に深い縦皺が寄っている。

「やっぱりやめないか? それではいつまでも成長できんぞ、フラン」

 ユーリは「君に言われたくないよ」というひと言を必死で喉奥に押し込んだ。
 確かに何十年もの間、《サム》以外とは言葉も交わさずに宇宙を飛んできた男だ。「孤独に慣れている」と言えば間違いではないけれど、だからといって精神的に大人だとはとても思えない。それは、自分と異なる他者とのコミュニケーションから長年隔絶されてきた弊害であろうけれども。

「そもそも、いつまでもこんなことはしていられんぞ。この宙域にいるのも、そろそろやめ時だと思うしな」
「……そうなのかい?」
 目を合わせると、男はにやりと片頬をひき歪めた。
「当然だろう。もうお前ら地球のゴミ虫どもに用はないんだ。見逃してやると言ったのに、一体何が問題だ? 俺の気が変わらないうちに、早く決断しろと言ったはずだが」
「…………」

 そう言われるとユーリは黙りこむほかはなかった。鳩尾みぞおちのあたりがきりきり痛んだ。
 男はユーリに決断を迫っている。玻璃を解放する代わり、彼を諦めて自分たちと共に来いと言っているのだ。少年のことでの苛立ちが募り、いい加減堪忍袋の緒が切れた状態なのかもしれない。
 だが、そんな決断は今のユーリにはできなかった。玻璃と遠く離れ、もう二度と会えないなんて、考えただけで身を引き裂かれるようだ。かといって、生まれて来たこの子と別れて暮らすのもつらすぎる。心と身体をふたつに裂かれるのに等しい。
 ユーリはひどい眩暈を覚え、一瞬目の前が真っ黒になった。

「あっ。だ、大丈夫……? ユーリパパ」
 持っていた寝具を放り出して、少年が支えてくれたようだった。
「あ……。ごめんね。大丈夫だよ」
「本当……? 顔が真っ青だよ。とにかく座って、ユーリパパ」

 少年が悲しそうな目でユーリの顔を覗き込み、寝具の上にそっと座らせてくれる。視界がやっと明るくなってきて見れば、その目に光るものがいっぱいに浮かんでいた。
 少年はユーリの背中に手を当てたまま、そっと男のほうを見た。

「……アジュールパパ。もうやめようよ。やめてあげてよ、こんなこと。ユーリパパが可哀想だよ。玻璃どのだって……!」
「なに?」

 男の目がぎらりと光る。彼が少年に対して殺意を向けることはないが、それでも十分に恐ろしい目だった。
 少年はたじろがなかった。が、ユーリの背中にははっきりと彼の震えが伝わってきた。少年の手のひらはぶるぶるとわなないて、一時もじっとしていなかった。

「《サム》がどんなに邪魔したって無駄だよ。僕、もうわかってるもの」
「なんだと……?」
 少年は震えながらも、決然と目を上げた。まっすぐに自分の「父親」を見る。
「ユーリパパは、玻璃殿の大事な人なんでしょう? ふたりは『ケッコン』してるんだよね? だから二人とも、同じ指輪や腕輪をしてるんだ。そうでしょう」
「…………」

 ユーリは思わず、《水槽》の玻璃と目を見かわした。それから恐る恐る男の様子を窺った。

(……!)

 雷鳴の音がしたかと思った。
 冷たく青く燃え上がった男の瞳には、それほどの力があった。

「……貴様。この子に余計なことを吹き込んだのか?」
「いや──」
「ちがうよ!」
 少年が即座に叫んだ。
「やめてよ。そんな風に脅さないで。ユーリパパも玻璃どのも、僕には何も言ってない。いつも《サム》が邪魔してたもの。そんなの、パパだってわかってるでしょ?」
 男が珍しく黙りこんだ。少年は言い募る。
「僕、もう小さい子供じゃないよ。わざわざ教えられなくったって、わかることは沢山あるんだ。玻璃どのとユーリパパは愛し合ってる。ものすごく愛し合ってる。こんなに相手のことだけ一生懸命考えてるの、凄いと思ってた。ほんとうだよ?」
 ユーリは思わず少年をじっと見つめた。
「フラン……」
「もう、無理しないでよ。わかってるから。……全部、アジュールパパが悪かったんでしょう? ユーリパパのことも玻璃どののことも、パパが無理やり連れてきて、ここに閉じ込めているんでしょう」
「…………」

 場には重苦しい沈黙がおりた。
 ただ少年の嗚咽だけが、静かな部屋に低く響いた。

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