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第一章 予感
5 半身
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「自分のところの稼ぎ手どもをしつけるのは、主人としての勤めにございまするゆえ──」
青年はその言葉を鋭い眼光ひとつで黙らせた。
美しい紫の瞳は、明らかに怒りの炎に燃え上がっているように見えた。
「まあいい。貴様がこの子に与えた苦痛のすべては、まったく同等のものをその身に受けてもらう」
「え、ええっ」
「当然であろう。ああ、客の下手人が見つからなかった場合も同様とするぞ。そのぶん、その身で罪を贖うがよかろう」
「ひええっ? そんなっ、ご無体な。なんであっしが──」
親方は明らかに震えあがったようだった。青くなった顔が次第に土気色になっていく。膨れ上がったような形の唇がぷるぷる震えている。
青年は親方を氷のような瞳で見下ろした。
「これが無体か? 貴様は日々そのようにして、大した理由もなく奴隷の少年少女らを鞭打ち、傷つくのみならず、死ぬことをすら容認していたというのに?」
「いえ、でもそれはっ……」
その通りだった。
この男はなにか気にいらないことがあると、気ままに少年少女を鞭うっていたのだ。基本的にいつも腹を減らしていて、決して体調がいいとは言えない子どもたちだ。特に体が弱い子どもの場合、ひどい鞭打ちを受けただけで命を落とす者もいた。
性奴隷の子どもたちをまともに埋葬する者などいない。
かれらの死体はあっさりと街から遠くはなれた埋葬所に捨てられる。そこは「埋葬所」とは言いながら、ただ死体を放置して獣や鳥が食うにまかせるだけの場所だった。
かれらの死を悼む者はだれもいない。
自分たちは人としての扱いなど、そもそも期待してはいけない存在なのだ。
少年少女がひとりふたり死んだところで、親方はさほど困りもしなかった。なぜなら不要な子どもをだれかに売りたいと考える親や親せきが、この世にはたくさんいるようだったから。親方はほとんど二束三文で子らを買い叩き、性奴隷として客にふるまってきたのだ。
そう考える間にも親方は哀れっぽい声をあげてあれやこれやと青年に自分の正当性を主張していた。
が、それを聞いているうちに青年の怒気はますます激しくなっていくようだった。少年にはそれが、顔など見なくても匂いだけですぐにわかった。
「嘘をつくと為にならんぞ。すでに事前調査は終わっている。貴様は気づかなかっただろうが、ここしばらく私の手下が何度もこちらを訪れ、周囲の人々にも聞き込みをしていたのだ」
「ええっ」
「貴様はすでに大罪を犯している。本来であれば死罪に相当する罪だ。私財もすべて没収となる。もちろん奴隷たちも含まれる。当然、一緒に商売をしていた他の者もだ。おとなしく縄につけ」
「えええっ? うわあっ!」
青年の周囲にいた男たちがいきなり親方に近づくと、両側から脇に手を入れて持ち上げた。親方の体は軽々と宙に浮き、地面からわずかに離れた足がぷらぷらしている。
「いいい、いったい、なにがどうして──」
「『何故か』と問うか?」
言いながら青年は柔らかいしぐさで少年の手を取ると、無理をさせないよう用心しながらそっと助け起こしてくれた。ひどく優しい手つきだった。
そのまま、彼の脇腹あたりにぎゅっと抱きしめられる形になる。
そうされると、もう目も眩むような馥郁たる香りで、少年は夢心地になりかけた。
(うわあ……)
気持ちがいい。なんと形容したらいいのかわからないぐらいだ。鼻腔にはいってくる心地よい香りに眩暈がしそうになる。
そうしてぼんやりした意識の向こうで、よく通る青年の声がこう言うのが聞こえた。
「この者は私の半身だ。長年、ずっと探し続けてきた大切な半身なのだ」
(はん……しん?)
なんだろう、それは。
「ええっ」
「いま半身とおっしゃったか?」
「なんと──」
「それって、まさか──」
周囲のどよめき。
それすらも遠い。どんどん遠くなっていく。
あ、気を失うのだなと思った。
「あっ。どうした。しっかりしろ。きみ、きみっ……!」
少年が薄れゆく意識で最後に聞いたのは、驚いて自分を呼びさまそうとする青年の声だった。
青年はその言葉を鋭い眼光ひとつで黙らせた。
美しい紫の瞳は、明らかに怒りの炎に燃え上がっているように見えた。
「まあいい。貴様がこの子に与えた苦痛のすべては、まったく同等のものをその身に受けてもらう」
「え、ええっ」
「当然であろう。ああ、客の下手人が見つからなかった場合も同様とするぞ。そのぶん、その身で罪を贖うがよかろう」
「ひええっ? そんなっ、ご無体な。なんであっしが──」
親方は明らかに震えあがったようだった。青くなった顔が次第に土気色になっていく。膨れ上がったような形の唇がぷるぷる震えている。
青年は親方を氷のような瞳で見下ろした。
「これが無体か? 貴様は日々そのようにして、大した理由もなく奴隷の少年少女らを鞭打ち、傷つくのみならず、死ぬことをすら容認していたというのに?」
「いえ、でもそれはっ……」
その通りだった。
この男はなにか気にいらないことがあると、気ままに少年少女を鞭うっていたのだ。基本的にいつも腹を減らしていて、決して体調がいいとは言えない子どもたちだ。特に体が弱い子どもの場合、ひどい鞭打ちを受けただけで命を落とす者もいた。
性奴隷の子どもたちをまともに埋葬する者などいない。
かれらの死体はあっさりと街から遠くはなれた埋葬所に捨てられる。そこは「埋葬所」とは言いながら、ただ死体を放置して獣や鳥が食うにまかせるだけの場所だった。
かれらの死を悼む者はだれもいない。
自分たちは人としての扱いなど、そもそも期待してはいけない存在なのだ。
少年少女がひとりふたり死んだところで、親方はさほど困りもしなかった。なぜなら不要な子どもをだれかに売りたいと考える親や親せきが、この世にはたくさんいるようだったから。親方はほとんど二束三文で子らを買い叩き、性奴隷として客にふるまってきたのだ。
そう考える間にも親方は哀れっぽい声をあげてあれやこれやと青年に自分の正当性を主張していた。
が、それを聞いているうちに青年の怒気はますます激しくなっていくようだった。少年にはそれが、顔など見なくても匂いだけですぐにわかった。
「嘘をつくと為にならんぞ。すでに事前調査は終わっている。貴様は気づかなかっただろうが、ここしばらく私の手下が何度もこちらを訪れ、周囲の人々にも聞き込みをしていたのだ」
「ええっ」
「貴様はすでに大罪を犯している。本来であれば死罪に相当する罪だ。私財もすべて没収となる。もちろん奴隷たちも含まれる。当然、一緒に商売をしていた他の者もだ。おとなしく縄につけ」
「えええっ? うわあっ!」
青年の周囲にいた男たちがいきなり親方に近づくと、両側から脇に手を入れて持ち上げた。親方の体は軽々と宙に浮き、地面からわずかに離れた足がぷらぷらしている。
「いいい、いったい、なにがどうして──」
「『何故か』と問うか?」
言いながら青年は柔らかいしぐさで少年の手を取ると、無理をさせないよう用心しながらそっと助け起こしてくれた。ひどく優しい手つきだった。
そのまま、彼の脇腹あたりにぎゅっと抱きしめられる形になる。
そうされると、もう目も眩むような馥郁たる香りで、少年は夢心地になりかけた。
(うわあ……)
気持ちがいい。なんと形容したらいいのかわからないぐらいだ。鼻腔にはいってくる心地よい香りに眩暈がしそうになる。
そうしてぼんやりした意識の向こうで、よく通る青年の声がこう言うのが聞こえた。
「この者は私の半身だ。長年、ずっと探し続けてきた大切な半身なのだ」
(はん……しん?)
なんだろう、それは。
「ええっ」
「いま半身とおっしゃったか?」
「なんと──」
「それって、まさか──」
周囲のどよめき。
それすらも遠い。どんどん遠くなっていく。
あ、気を失うのだなと思った。
「あっ。どうした。しっかりしろ。きみ、きみっ……!」
少年が薄れゆく意識で最後に聞いたのは、驚いて自分を呼びさまそうとする青年の声だった。
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