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第三章 魔族たちの街
13 羊の角
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そこからは丸二日間ほど、リョウマは寝室から出ることを禁じられた。
その間、侍従や侍女やメイドみたいな人々が入れ替わり立ち替わり入室しては出ていくのを繰り返したが、魔王エルケニヒだけはほとんどずっとリョウマの寝室に居つづけた。
「……いや。あのさあ」
「ん? なんだ」
何か入用なものでもあるか、と魔王が座っていたソファから腰を浮かそうとするのを、リョウマは慌ててとどめた。リョウマ自身はずっと、ほとんどベッドの上にいる。熱はもうすっかり下がって、だいぶ気分もよくなってきた。
「あんた、忙しいんじゃねえの? 一応ほら……王様なんだし?」
「多忙というほどのことはない。どうしても私がせねばならない決済などは、こうしてここでもできるしな」
と言う目線の先には、リョウマにとっては見慣れない、四角くてうすぼんやりと緑色に光っている画面が宙に浮いている。どういう仕組みかはわからないが、要するに図書館で見た検索システムと似たようなものらしい。「オンライン」とやらでどこかほかの場所とつながっていて、部下たちの会議の資料やら魔王が決済しなくてはならない書類がそこへ送られてくるというのだ。
それをいいことに、魔王はリョウマの寝室で必要な仕事をこなし、リョウマの看病も続行しているのである。
(……ウソつけよ)
だがリョウマは知っている。その画面上でできることだけでは、魔王としての仕事が回っていないということを。
この数日、侍従以外の、明らかに上級貴族っぽい男や女がときどき寝室前までやってきて、ああだこうだと侍従長と押し問答をしている場面を何度も見た。話の内容ははっきり聞こえたわけではないが、国政に関することなのは確かだった。
「魔王さまご本人がお出ましにならなければ、まとまる話もまとまりませぬっ」みたいな切羽詰まったセリフが漏れ聞こえてきたのも一度や二度ではなかったのだ。
「あんたさあ。無理すんなよ。俺はもう全快してんだからさ」
「ほほう?」
「んだよ。本当だぜ? ほれこの通り! もう元気いっぱいだからよー。だから安心して会議でもなんでも行けや。部下のみなさんを困らせんなっつーの」
「……ふむ」
ぴくりと魔王が目を細める。まったく信用していないらしい。なんだかムカつく。リョウマは「ほれこの通り」と作ったガッツポーズをひっこめた。ちょっとだけ恥ずかしい気がしたのだが、それもまた腹が立つ。
と、魔王はすっと立ち上がってこちらへやってきた。
「うっ、うおおおい? なんだよっ」
遠慮なく額に額をくっつけられて正直ビビる。
「……ダメだな。まだ少し熱があるぞ」
「んなわけねえだろっ。これが俺の平熱なんだよっっ」
「赤子と同じぐらいだと? まあ、そなたならば納得ではあるが──」
「ちょっと待てや! 俺が赤ん坊と同じだとう!?」
「そうでないと胸を張りたいなら、もう少しちゃんと野菜も食せ。ビタミンそのほかの栄養素が足りぬから免疫が下がるのだぞ。そもそも、そなたは肉ばかり食いすぎる」
「お母ちゃんかいっ!」
お説教が完全に母親のソレなのは勘弁していただきたい。
というか、なんだか過保護すぎないかこの魔王。
「だいたいっ。ヘビのじーさんも言ってただろうが。アンタが俺にあんたのだっ……だっ」
「『獺祭』がどうかしたのか」
「んなこと言ってねえわスットコドッコイ!」
獺祭。
古代の世界に「中国」という国があり、そこでカワウソが川の石の上に魚を並べておくのを見た人が「まるで先祖へのお供えのようだ」と言ったというので、そこから年の初めのお祭りを「獺祭」と称するようになった、とかなんとか──というのは、リョウマにも与えられている「オンライン画面」で調べれば後ほどすぐにわかった事実だが、今はどうでもいい。
「だっ、……ダエキ、を……! 俺に勝手にまた与えたんだろ? 意識がねえのをいいことに、好き勝手してくれちゃってよー。ヘビのじーさんが釘さしてったのはそのことだったんじゃねえの? ったく、我慢の効かねえ魔王サマだぜ。あんたのせいで、俺の熱が余計に長引いたんじゃねーのかよクソ野郎が」
「……うん。それについては一言もない。心から反省している」
「んお?」
いきなり真摯に反省されると調子が狂う。びっくりして見返したら、エルケニヒは本気で困った表情になっていた。
「そなたの体力であれば、あのぐらいならもう受け入れられるかと……見誤ってしまった。申し訳ない」
しかも素直に頭まで下げてくる。まったくもって、調子が狂う。
そういえば今日の魔王は、角をくるんと羊のように丸めた形にしている。下手に近づいてリョウマを傷つけることがないようにという、これも彼の心遣いなのだろうか。
なんだか尻のあたりがくすぐったい。
その間、侍従や侍女やメイドみたいな人々が入れ替わり立ち替わり入室しては出ていくのを繰り返したが、魔王エルケニヒだけはほとんどずっとリョウマの寝室に居つづけた。
「……いや。あのさあ」
「ん? なんだ」
何か入用なものでもあるか、と魔王が座っていたソファから腰を浮かそうとするのを、リョウマは慌ててとどめた。リョウマ自身はずっと、ほとんどベッドの上にいる。熱はもうすっかり下がって、だいぶ気分もよくなってきた。
「あんた、忙しいんじゃねえの? 一応ほら……王様なんだし?」
「多忙というほどのことはない。どうしても私がせねばならない決済などは、こうしてここでもできるしな」
と言う目線の先には、リョウマにとっては見慣れない、四角くてうすぼんやりと緑色に光っている画面が宙に浮いている。どういう仕組みかはわからないが、要するに図書館で見た検索システムと似たようなものらしい。「オンライン」とやらでどこかほかの場所とつながっていて、部下たちの会議の資料やら魔王が決済しなくてはならない書類がそこへ送られてくるというのだ。
それをいいことに、魔王はリョウマの寝室で必要な仕事をこなし、リョウマの看病も続行しているのである。
(……ウソつけよ)
だがリョウマは知っている。その画面上でできることだけでは、魔王としての仕事が回っていないということを。
この数日、侍従以外の、明らかに上級貴族っぽい男や女がときどき寝室前までやってきて、ああだこうだと侍従長と押し問答をしている場面を何度も見た。話の内容ははっきり聞こえたわけではないが、国政に関することなのは確かだった。
「魔王さまご本人がお出ましにならなければ、まとまる話もまとまりませぬっ」みたいな切羽詰まったセリフが漏れ聞こえてきたのも一度や二度ではなかったのだ。
「あんたさあ。無理すんなよ。俺はもう全快してんだからさ」
「ほほう?」
「んだよ。本当だぜ? ほれこの通り! もう元気いっぱいだからよー。だから安心して会議でもなんでも行けや。部下のみなさんを困らせんなっつーの」
「……ふむ」
ぴくりと魔王が目を細める。まったく信用していないらしい。なんだかムカつく。リョウマは「ほれこの通り」と作ったガッツポーズをひっこめた。ちょっとだけ恥ずかしい気がしたのだが、それもまた腹が立つ。
と、魔王はすっと立ち上がってこちらへやってきた。
「うっ、うおおおい? なんだよっ」
遠慮なく額に額をくっつけられて正直ビビる。
「……ダメだな。まだ少し熱があるぞ」
「んなわけねえだろっ。これが俺の平熱なんだよっっ」
「赤子と同じぐらいだと? まあ、そなたならば納得ではあるが──」
「ちょっと待てや! 俺が赤ん坊と同じだとう!?」
「そうでないと胸を張りたいなら、もう少しちゃんと野菜も食せ。ビタミンそのほかの栄養素が足りぬから免疫が下がるのだぞ。そもそも、そなたは肉ばかり食いすぎる」
「お母ちゃんかいっ!」
お説教が完全に母親のソレなのは勘弁していただきたい。
というか、なんだか過保護すぎないかこの魔王。
「だいたいっ。ヘビのじーさんも言ってただろうが。アンタが俺にあんたのだっ……だっ」
「『獺祭』がどうかしたのか」
「んなこと言ってねえわスットコドッコイ!」
獺祭。
古代の世界に「中国」という国があり、そこでカワウソが川の石の上に魚を並べておくのを見た人が「まるで先祖へのお供えのようだ」と言ったというので、そこから年の初めのお祭りを「獺祭」と称するようになった、とかなんとか──というのは、リョウマにも与えられている「オンライン画面」で調べれば後ほどすぐにわかった事実だが、今はどうでもいい。
「だっ、……ダエキ、を……! 俺に勝手にまた与えたんだろ? 意識がねえのをいいことに、好き勝手してくれちゃってよー。ヘビのじーさんが釘さしてったのはそのことだったんじゃねえの? ったく、我慢の効かねえ魔王サマだぜ。あんたのせいで、俺の熱が余計に長引いたんじゃねーのかよクソ野郎が」
「……うん。それについては一言もない。心から反省している」
「んお?」
いきなり真摯に反省されると調子が狂う。びっくりして見返したら、エルケニヒは本気で困った表情になっていた。
「そなたの体力であれば、あのぐらいならもう受け入れられるかと……見誤ってしまった。申し訳ない」
しかも素直に頭まで下げてくる。まったくもって、調子が狂う。
そういえば今日の魔王は、角をくるんと羊のように丸めた形にしている。下手に近づいてリョウマを傷つけることがないようにという、これも彼の心遣いなのだろうか。
なんだか尻のあたりがくすぐったい。
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