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閑話
閑話
しおりを挟む「まだかなあ。まだかなあ」
近頃のリョウマは、よく執務室にやってくる。よくよく聞いてみれば、「ちょっとエルに用があって」と言う肝心な部分はまったく大した内容ではないというのに、だ。
それでも自分は、たとえどんなに仕事が積みあがっていようとも、執務の手を止めてリョウマの話を聞くことがほとんどだけれども。
「まだかなあ。……まだかなあ」
要するに、リョウマの主な関心事はこれなのだ。
あの《次世代誕生センター》での一件からおよそ三カ月。二人の初めての子である小さな卵はその間、ずっとあちらに預けたままだ。
結局あのあと、リョウマは何度も欲望の証、つまりは《サンプル》を吐き出して脱力し、意識を飛ばして眠ってしまった。彼が何度も達した間に、自分はわずかに一回分だけ《サンプル》を提供した形だった。
彼をいつものように抱き上げて、自分はそのまま魔王城に帰ってきた。ゆえにリョウマは、その後の卵の様子やセンター長との細かいやりとりを聞いていない。
もちろん、定期的に様子を見に行くのは自由。しかしそれすら、卵を待ちわびているリョウマにとっては間遠に感じられるらしい。
自分が「まあ座れ」とソファを指して促すまで、リョウマは執務室をウロウロと右往左往して同じ言葉を繰り返していた。
「なあなあ。ちゃんと無事に育ってるんだよな? なんも問題ないんだよな……?」
そうして時折り、すがるような目をしてこちらを見つめてくる。いや「すがるような」などと本人に言えば激怒を招くは必至なので、決して言いはしないけれども。
「問題はないはずだ。ほんのわずかでも何かがあれば、即座にこちらに連絡を寄越すようにとセンター長には重々通達してあるゆえな」
「ん……。それは聞いたけど」
執務室のソファの上で、そこにあったクッションをなんとなく抱きしめたままうずくまっているリョウマの隣へ、自分も一緒に座って彼を抱き寄せる。彼の体は自分にくらべてかなり小さいため、すっぽりと腕の中に納まるその大きさも心地いい。
「本当に……大丈夫なんだよな?」
「もちろんだ。また近々、ともにセンターに参ろう。我らの卵を見に」
「ん……」
リョウマはクッションの下で指をもじもじさせ、ちょっと口ごもる様子だ。
「あの……さ」
「うん?」
「お前さ。ちゃんと……楽しみ?」
「なんだって?」
「だから、俺らの子っ。ちゃんとお前、楽しみにしてんの……?」
「もちろんだ。そうでない理由などひとつもないぞ」
「そ、……そか」
ふう、と溜め息をつき、うつむいた顔はほんのわずかに赤くなっていて、なおかつ唇の端が嬉しそうに上がっているのがちゃんと見えている。人間の目でなら見えないものでも、この魔王の目には見えているのだ。
(まこと……愛いやつ)
黒くてぴょこぴょこと跳ねがちな彼の髪をそっと撫でてやると、彼の頭がこてんとこちらの胸に預けられてくる。
こういうときの彼はとんでもなく可愛い。以前ももちろん可愛いと思っていたが、共に暮らして結婚までして愛おしさがさらに増したせいなのか、時々どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
そうして突然「このままこの場で抱きつぶしてしまいたい」という暗くて熱い欲がむらむらと湧きおこるのだ。そんな自分が信じられない。
だがまさかこんな場所で、いきなりコトに及ぶなどという真似はできない。仕事中でもあり、部屋には補佐官である文官や執事長ガガノフ、そのほかの使用人たちがいるのが普通なのだ。
夜でもないのに、いつまでも彼とこうして肌を触れ合わせていると自分を制するのが非常に困難になってきてしまう。
本当はそんなことはしたくないのに、やむなく自分は仕事を理由に、やんわりとリョウマに退室を促さねばならなくなってしまう。
「すまぬな、リョウマ。このところ仕事が多くてな。もちろんそなたも、《保護区》の件で忙しくしているのだろうが」
「あ、うん……。そっか。そうだよな。俺もお前みたいに、忙しくしてりゃいいんだよな?」
リョウマがぱっと顔をあげて「いいことを聞いた」と言わんばかりの顔になる。
実は魔王もガガノフやダンパから聞いて知っている。この三カ月というもの、リョウマは子どものことで気もそぞろで、大事な仕事が手につかない様子なのだということを。幸いにして優秀な文官ナリスをはじめ、《レンジャー》たちなど多くの協力者がいるため、事業そのものはどうにか順調に進んでいるということだったが。
「仕事で忙しくしてりゃあ、卵が来るまでなんてすぐだよな? きっとこんな、イライラしなくて済むんだよな」
「そうかもしれぬな。だが、無理はしなくてよいのだぞ。親が子の心配をすることなど、至極当たり前の話なのだから」
「ん。わかってる」
少し元気になったリョウマは、ようやくぽんとソファから飛び降りた。
「じゃ、俺も仕事してくるっ。久しぶりに《第二保護区》に行ってみよっかな。そんじゃな! 仕事の邪魔してゴメンなっ」
「なにを申す。いつでも参れ。そなたにはその権利がある」
「へへへっ」
ここではじめて、リョウマはにっこりと陰りのない笑顔になった。そのままぴょんとこちらに抱きついてくると、頬に軽い口づけをくれる。
「そんじゃなっ!」
「ああ。気を付けて参るのだぞ」
「おうよっ」
警護のダンパらを引き連れて部屋から出てゆくリョウマの背を見送りながら、知らずそっと微笑んでいた自分を発見して、思わず口元を隠して苦笑した。
まさか自分に、こんな日常がやってくるとは。
こんな幸せが、リョウマの人生のすべてにおいて満ち満ちていることを心から願わずにはいられない。だれよりも、自分にこんな日々を与えてくれた尊い人には、命の続く限り幸せに生きて欲しいものだ。
たとえ彼と自分の命の長さが、ひどく違うものであるとしても。
(さて……少しずつ準備を進めてゆかねばな)
実はそれについては、自分に一考していることがある。
これだけは、まだリョウマには秘密なのだが。
執務室の大窓の外を眺めると、魔都デヴァーデンスのよく晴れた空と白い雲が目に入った。遠景には雪を戴いた高山のつらなりも見えている。
魔王はそちらを一瞥したのみで、再び執務に戻っていった。
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