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終章 わかれの時を
2 思い出
しおりを挟む「お前。いつまでここにいんの。仕事は」
「大事ない。ローティアスはそなたが考える以上に優秀な王太子だからな。サファイラも優秀だ。かれらの指揮で、これまた優秀な配下が多く育ってきてもいるし」
「はいはい、さいですか」
子らが出ていっても、魔王は近習を呼び込む様子もなくリョウマの手を握ったままだった。最近のこの男は、リョウマとふたりきりでいることを以前よりもはるかに好むようになっている。
理由はわかっているが、それを察してやるつもりはなかった。
「火星の入植はうまくいってるみたいだな」
「そうだな。そちらはサファイラの案だったが、宇宙船の開発から何から一手に引き受けて非常に有能さを見せつけてくれているな」
地球はすでに、惑星としては老境の域に入っている。いつまでもこの星だけを住処にしていては、人類が生き残る道は狭まってしまうだろう。すでに過去、古代文明が栄えていた時代にも、人類は何度も宇宙へ進出しようとしていたらしい。文明が滅んで地球上が《魔素》に包まれてからは、いったん文明が後退したことで途切れてしまった計画だったわけだが、それをサファイラが復活させたのだ。
まずは同じ太陽系の中の火星から。そこを足掛かりとして、数百年をかけてノウハウを蓄積し、いずれは外宇宙へと進出する。体力的にも頑健で様々な形質をもつ魔族たちは、人間と比べるとはるかにそうしたチャレンジに向いていると言えた。
活躍したのはサファイラだけではない。ほかの子たちも、大いに彼女に協力して力を尽くしてくれている。
「はああ。子どもたちがみんな優秀すぎて、なんかもう信じられねえよ。半分俺の血が入ってるなんてさ」
苦笑したところへ、額に優しく口づけを落とされた。
「むしろ、そなたの血が入ったことによってより聡明になったのだと思うぞ。魔族と人間、双方の立場やあり方について、あの子らは人生を通じて様々に考える場面に直面せざるを得なかったゆえ」
「……そうだな」
彼らは実際、起こったこと具体的に語りながらリョウマに泣きついてきたことなど、ほとんどない。しかし自分には十分に察することができた。特に幼少期、学校に通う年齢だったころ、かれらはたとえ王族だとはいっても「半分は人間の血をひく魔族」として、多かれ少なかれ冷たい視線や敵意に晒されたであろうことが。
そうした環境にも負けず、こうして非常に強く賢明な王の子として成長してくれたことを、なによりリョウマは感謝している。
「なんかあっても基本的にめげねえのは、お前の血なんじゃね?」
「そうかもしれぬが。何かあっても『なんとかなるさ』で乗り切れる力強い楽観性は、そなたから譲り受けたものではないかな」
「ふーん。そういう見方もあるか……」
くすくすと、穏やかに笑いあう。
若いころとは違って、近頃の自分たちはごく穏やかに幸せな時間を、大切に刻むようにして暮らしてきた。その時が今このときも刻一刻と失われていることを、今でははっきりと肌感覚として感じられる。
「たくさんたくさん、家族ができてよかった」
「ああ」
これならもう、心配はない。
この世にこいつをただ一人、遺していくのは忍びなかったから。
リョウマの考えを読み取ったかのように、魔王がリョウマの手を握る力をぐっと強めた。
「ほんとゴメンな。あんま、もたなくて」
「そんなことはない。むしろ、謝らねばならないのは私だろう……そなたを、必要以上にこの世に引き留めたのはこの私だ。人としての三百年は、恐ろしく長い時間であったろう」
「ま、……そうだな」
一般的な人間の寿命をはるかに超えたことで、リョウマにも様々なことが理解できるようになった。特に「遺される側」の気持ちが。
長く生きるということは、それだけ親しい者たちを見送る側になるということだ。たかだか三百年の自分ですら、数多くの別れを経験することになった。三百年ですらそうなのだから、千数百年を生きてきたエルケニヒの思いと孤独は、一体いかばかりなのだろうか。
それを理解するにつれ、リョウマの心に広がるのはただただ彼に対する申し訳なさだった。
「でも、長いからめんどくさかったとかはねえよ。……楽しかった。ほんとだぜ。お前と、お前の子どもたちと……」
「リョウマ」
リョウマがにこりと笑って手招きすると、魔王は大きな体をかがめてこちらに顔を寄せてきた。いつものようにつややかで、さらさらの長い銀髪がはらりとこちらへ落ちてくる。指の間からすり抜けていくそれをちょっと楽しんでから、リョウマは片腕を魔王の首に回して抱き寄せた。
「話せなくなる前に言っとく。……ありがとな。エルケニヒ」
「リョウマ──」
抱きしめていたので、魔王の表情は見えなかった。でもわかった。
彼の肩が、まるで小さな雛鳥みたいに細かく震えているのが。
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