星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 辺境の惑星(ほし)

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 だが。
 そうは問屋がおろさなかった。

「ふざけるな」

 ベータはカップを傾けていた手を止めて、あからさまに剣呑な顔になった。
 かちゃり、とそれがいつもよりも少し高い音をたててソーサーに下ろされる。

「まだ理解できないのか? ここの土地の人間にとって、が万金に値するんだぞ。このあたりの連中の年収からすれば、一生遊んで暮らせるほどのな」
「それは……何度も聞いた。しかし――」

 ベータだって、ぱっと見には完全体のヒューマノイドにしか見えないのに。その彼が、あの鷹のマスクとマントをつけてだとは言え、しょっちゅう外出しているのだ。自分だって、同様のなりをしてよく気をつければ、少し出歩くぐらいのこと。
 訥々とそういい募れば、男の目はさらに剣呑になった。

「その自信は、どこから来るんだ。昔のお前ならいざ知らず、ろくに身を守るすべも持たない今のお前が外にでて、正体がばれたらどうなると思ってる。即座に八つ裂きにされても文句は言えんぞ」
「…………」
「非合法だとはいえ、この街には臓器売買なんて犯罪のうちだと思ってもいない連中がゴロゴロいるんだ。冗談じゃなく、あとに骨のかけらでも残っていたらラッキーなぐらいだぞ。甘く見るなよ」

 絶句してしまったアルファを見て、ベータは一瞬だけ「ちょっと言いすぎたか」というようなばつの悪そうな顔をした。が、すぐに脇の椅子の背に掛けてある、フードつきのごついマントを顎で示した。

「俺だって普段から、あのマスクとこれをつけていてですらレーザーノコギリ片手に寄ってくるゴロツキがいくらでもいるんだ。『兄ちゃん、その腕、ヒューマノイドのもんだよな。いっちょ譲ってくれねえか』って、平気な顔でな。今のお前では、到底生きては戻れんだろうよ」

 やや申し訳なさそうな言い方なのが不思議ではあったが、ベータの言葉は率直だった。そしてそれは、どれももっとも至極だった。
 確かに今の自分には、身を守るすべがほとんどない。
 いや、記憶を失くしてからこちら、あの蜥蜴の男の思惑により、その種の教育はすべからく敢えて受けられないようにされてきたのだ。現役の軍人のころなら日々鍛錬もしていたことだろうが、今ではすっかり筋肉なども落ちている。

「……そうか。わかった。勝手なことを言って申し訳ない」

 アルファはおとなしく頭を下げて、以降は口を閉ざした。
 そこからしばらく、居心地の悪い沈黙があった。ベータは眉間の皺をそのままに、静かにコーヒーを口に含んだ。
 アルファは朝食のサラダを少し口に運んでから、先ほどの彼の台詞を頭の中で咀嚼していた。そしてなんとなくひっかかったことを思い出し、恐る恐る聞いてみた。

「以前の私なら……大丈夫だったのか?」
「ん?」
「だから、その……。さっき『以前のお前ならいざ知らず』、と――」

 男は少し鼻の頭に皺を寄せ、コーヒーの液面に目線を落とした。ふん、と不快げに鼻を鳴らしている。

「それはまあ、そうだろうな」
「なぜ? やはり、軍人だったから?」
「……まあ、そういうこともある」

 奥歯にものが挟まったような言い方だ。
 なんとなく彼らしくない気がして、アルファは首をかしげた。
 そしてこの際だとばかり、ずっと不思議に思っていたことも、この男にぶつけてみる気になった。

「あなたと仕事をしていたというのは? れっきとした軍人でありながら、私は私的に別の仕事もしていたということだろうか」
「そういうことだな」
「よくわからないが……そういうのは、軍の服務規程かなにかに抵触しないか?」
「するな。大いに」
「…………」

 あっさり言われて、アルファはかくんと力が抜けた。
 何を言っているのだろう、この男。
 そして、何を考えていたのだろう、以前の自分は。

 妙な顔になってしまったアルファを見つめて、やがて男は喉奥でくつくつ笑った。

「そうだな。そろそろ、体調もよくなっただろう。明日にでも出かけるとしよう」
「え?」
「前に予告していたはずだ。行けば、そのあたりの事情も分かるだろうよ」
「…………」

 アルファは狐につままれたような気持ちになりつつ、にこにこ笑っている野性味のある男の顔をぼんやりと見つめ返したのだった。



◆◆◆



 そうと決めてからの男の行動は速かった。
 すぐに出かける準備をし、彼の小型艇に乗り込んだ。小型艇は、この惑星に到着したとき、街の人間に知られないよう地表の分かりづらい場所に隠しておいたのである。ベータはそのまま、アルファをつれてあっさりと惑星トヴァースを離れた。
 ちなみに、二人で滞在していたあの家は、あちこちに所有している彼の隠れ家のうちのたったひとつに過ぎないものだったということが、こののち次第にアルファにも分かることになるのである。


 さて。
 ベータは例によって楽しげに女性の声をもつ制御装置「ミーナ」とあれこれとやりとりをし、やがて自動操縦に切り替えた。次にアルファの腕をひっぱって奥の部屋へと連れて行き、改めてこれからの注意事項などを言い渡した。

「まず、覚えておいてくれ。そこでは俺たちはこのコードネームを使わない。お前は『アレックス』。俺は『ブラッド』と名乗っている。いいか」
「え……」
 アルファがきょとんとしている間にも、話はどんどん進められていく。
「次に、二つ目。お前が記憶を失くしていることを、あいつらはまだ知らない。無論、どんな三年間を送ったかということもだ。恐らく悲しませることになるだろうから、無理に話す必要はない。『嘘も方便』。致し方ない」
「いや、ベータ――」
「ともかく、優しくしてやってくれ。あいつらは、お前をとても慕っている。まさに兄のように……家族同然にな」
 そう言ったベータの目に、またちらりと寂しげな色を見た気がして、アルファはどぎまぎした。
「いや……あの」
「この三年、お前が行方知れずになってから、本当にあいつらは心配していた。それと同時に、自分たちの行く末のことも、ひどく不安だったはずだ。随分と心細かったことだろう。そのあたりは察してやれ。お前のことだから心配はしてないが、とにかくなるべく、優しくな」
「ま、待ってくれ……!」

 とうとう大きな声を上げたアルファを、ベータは困ったような笑みで見返した。

「そんなのでは、全然わからない。『あいつら』っていうのは、いったい誰だ? 私とどんな関係があるんだ。家族同然って、どういうことだ。そんなこと、いきなり言われても――」
「だから今、話しているんだ」

 そうじゃなくて、と叫びたいのを、アルファは必死にこらえた。

「そもそもこれから、どこへ行くんだ」
 が、ベータはやっぱり、肩を竦めたのみだった。
「言いたいことは分かる。が、行けば分かるさ。おのずとな」
 
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