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第二章 辺境の惑星(ほし)
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しおりを挟む惑星オッドアイには、そこから五日ばかり掛かった。
遠くから見ると、その惑星は南半球と北半球とで、きれいに青と赤とに分かれて見えるのだった。その間に、白っぽいものがまっすぐに浮かんで見える。ベータの弁によれば、それは一年中消えることのない厚い雲の群れだということだった。
それらの見た目が丁度、両眼の色の異なる状態に似ていることから、この名がついたという星らしい。
ともかくも、それが今回のアルファとベータの目的地だった。
大気圏に突入し、しばらくはその重力と大気の質量との鬩ぎあいで激しく揺れた船体も、やがて静かな下降に変わる。うっすらと空中に浮かんだ雲の群れを抜けると、美しい水に覆われた地表が見えるようになった。
この惑星は、非常に海の多い地形らしい。
それなりにおおきな大陸らしきものもあるにはあるが、ベータが自艇を着陸させようとしているのは、そういう大きな土地ではなしに、大海原のなかにぽつりぽつりと見えた島のひとつであるらしかった。
「この惑星は、宙域図には載っていない。個人所有の星にそういうものが多いのは知っているだろう?」
制御システム「ミーナ」とまたあれこれ話をする合間にベータがこともなげにそう言ったが、アルファにそんな知識はなかった。もちろん、記憶障害が残ったままだからだろう。
しかし、個人所有とは驚いた。
いったいこの星を所有しているのは、どんな富豪だというのだろう。
いつまでも中途半端な顔をしているアルファのほうをちらっと見て、ベータは色々と察したらしい。もう少し説明を加えてくれた。
「こんな辺境までは中央政府の目はなかなか届きにくいものだ。こちら領域の星として維持するのにも、防衛システムやら環境整備システム、それに人件費も必要になるしな。つまり無料というわけにはいかないのさ」
そういう事情で、けっして公式に認めているわけではないものの、政府はこうした辺境の、しかしそれなりに環境の整った惑星について、闇のルートに高額で下げ渡すということを長年おこない続けている。それもまあ、やむを得ないことだった。
なにしろユーフェイマスとザルヴォーグの間では長い戦争が続いており、その戦費のために両陣営ともが疲弊しきっていたのだから。
そうして闇の商人たちは、自分の家族や一族には内緒で飼っておきたいものなどのある大金持ちを相手に、こうした惑星をも商売のタネにしてきたというわけである。宇宙開拓事業には、つねにこうした闇の存在の歴史がついて回るのだ。
「惑星の防御システムは、照合コードを持つその惑星の持ち主の船に対しては基本的に無効化されている。つまり今回の場合なら、俺たちの船ということだ。別の船が警告を無視して不用意に近づけば、問答無用で撃ち落とされる羽目になる」
恐ろしいことをさらりと言う。
「そら、もう着くぞ」
言われて窓の外を見下ろせば、あおあおとした海の中のその島がもう眼前に迫っていた。緑にあふれた小島の中央には、これまた青い湖がひろがっているのが分かる。海岸には長くゆるやかなカーヴを描いて浅瀬が続いている。そこだけ海の色が薄まって、なんともいえないターコイズブルーに霞んで見えた。
ごく小さな島だったが、ここにもこうした宇宙艇などが発着するための場所が設けられているらしい。少し開けて平たく整地されたそれらしい場所に、ほとんど大した振動もなく、ふわりと「ミーナ」は舞い降りた。
◆◆◆
宇宙艇を着陸させ、もろもろのチェックを済ませてから、二人はその島へ降り立った。
ベータは例の鷹の頭はつけず、素顔を風になぶらせている。彼はいつものシャツにカーゴパンツの出で立ちだったが、アルファは白いシャツに黒のスラックスというごく無難な姿である。
日差しがぽかぽかと暖かく、よく晴れた空は真っ青だった。頭上のずっと高いところを走る薄雲が、どこまでも澄んだ空気を感じさせる。周囲は小高い緑の丘に囲まれて、遠くに鳥の声まで聞こえる。自然の豊かな星のようだ。
あの薄汚れた厳しい環境のトヴァースとは大違いだった。あそこと比べれば、ここはもはや楽園と言って差し支えないのではいだろうか。
と、その丘の木々の間から、ぴょこりぴょこりと黒いものが見えたかと思った途端、見る間に白い装束を着た小さな姿がつぎつぎと現れ、一散にこちらに向かって駆けてきた。
それは、小さな子供たちだった。
「アレックス!」
「わあい、アレックス兄ちゃんだ!」
「生きてたんだ! 生きてたんだね!」
「やったあ! おかえり! アレックス兄ちゃん……!」
両手をあげて、振り回すようにしながら駆けてくる、まだ足元の覚束ない子。ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして走ってくる小さな子供。それよりは大きいけれど、アルファやベータに比べればまだずっと背の低い、年嵩らしい子。
全部で、二十人はいるだろうか。
男の子も女の子も、みな白い、前で袷になっている奇妙な形の装束を着た姿だ。不思議なことに、みんなアルファにも似た黒髪に、黒い瞳をしている。
(これは――)
アルファは思わず、己が背筋がぞくりと粟立つのを覚えた。
そこにいる子供たちは皆、自分と同じ完全な「人間型」だったのだ。
(ヒューマノイドの、子供たち……?)
にこにこ笑いながら真っ先に自分にとびついてきた小さな男の子を抱きとめながら、アルファは戸惑った目で背後に立っているベータを見返った。
が、ベータはベータで他の子たちから似たような歓待をうけている最中だった。なんとなくだが、あちらには女の子が多いような気がする。そして彼女たちの瞳には、あきらかにうっとりとした色が浮かんでいる。……ような、気がする。
と、こちらの視線を感じたらしく、彼がちらりとこちらを見た。
その目は確かに言っていた。
「黙っていろよ」と。
つまり彼は、アルファがあの蜥蜴の男に慰みものにされていたことのすべてを、この子らに知らせるつもりはないのだ。
それはまあ、当然のことだろうと思われた。相手は子供だ。性奴隷の何たるかなど、とても説明できるものではなかった。
「お帰りなさい、おかえりなさい……!」
「よかった、無事でほんとによかった!」
「乗ってたセンカンが、コウゲキされてバクハツしたんでしょう? 大丈夫だった?」
「元気だったの? ケガとかしてない?」
アルファにむしゃぶりついてくる子らの中には、とっくにべそをかいている子もいた。
「どこ行ってたんだよう。アレックスのバカ。本当に心配したんだからな……!」
「どうして連絡もしてくれなかったの?」
「そうだよ! ブラッドが『絶対に探してくる』って言ったから、そりゃ、オレたち信じていたけどさ……!」
男の子でも、アルファの服の裾を力いっぱいに握り締めて、ぼろぼろ涙をこぼしているような子供もいる。
(ブラッド……)
それはつまり、ベータのことだ。
ということはこのベータが、この子らに約束したということなのか。
(つまり……私を、助けると……?)
こんな可愛い子供たちに歓待されて、ひどく嬉しいはずなのに。
アルファの心はどうしてだか、ひゅうと吹き付けた風が通り過ぎた後のように、すっと冷えたように感じたのだった。
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