星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
14 / 191
第二章 辺境の惑星(ほし)

しおりを挟む

 そのまま子供たちに導かれて、アルファとベータは林の奥の人工的な建物に案内された。
 それはベータの小型艇の十倍ほどの大きさで、似たような銀色の柔らかな曲線でできた、いかにも現代的なフォルムの建物だった。ある程度の室温調節も可能のようだし、中は清潔に保たれている。以前ベータが小型艇には置けないと言っていた、あの医療カプセルも設置されていた。

 今はそのリビングにあたるらしい広い部屋で、皆テーブルについている。
 見たところ、どうやら子供だけで暮らしているらしいのだったが、別棟の建物には野菜の栽培システムなどもあるらしい。他にも、さほど多くはないが羊や鶏を飼い、わずかだが外でも野菜を育てているのだそうだ。

 子供らがわざわざこちらに椅子を引き寄せ、周囲に嬉しげにまとわりついてきても、アルファはまだぎこちなく、中途半端な笑みを浮かべることしかできなかった。自分をまっすぐに信頼し、慕ってくれているこの無垢な笑顔を曇らせたくなかったからだ。
 しかし、それはすぐに露見した。

「アレックス、どうしたの? やっぱり元気ないね」

 見るからに優しげで、この中でももっとも年長に見える少女が心配そうにそう言ったのを皮切りに、子供らはぱっとアルファの顔をうかがって口々に言い出した。

「ほんとだね。大丈夫?」
「疲れてるの?」
「体の調子がわるいの?」
「やっぱりどこかケガしてるの?」
「ああ……すまない。そうじゃないんだ」

 袖のあたりに鈴なりになっている小さな子らの顔を見返して、アルファは少しうなだれた。子供らになんと説明したものか、逡巡した挙げ句に沈黙してしまう。そんなアルファを見かねたように、今まであまり会話に口を挟まなかったベータが言った。

「ああ。すまんな。こいつはちょっと、記憶に障害が出てるんだ」
 それは、いかにも無造作な言い方だった。
「え?」
「キオクに、ショウガイ……? って、なんのこと?」
 ぽかんとして見上げてくる傍らの子に、ベータはなんだかどきりとするほど優しい笑顔を返した。
 確かに事実ではあるけれど、重要な部分を大いにぼかした言い方だ。だがこの男がそう言うと、妙な説得力があるのだった。

「そうだな、すまん。少し言葉が難しかったな」

 そんなことを言いながら、そばにいる少年の頭を優しく撫でている。
 それにしても、随分といい笑顔だ。あんな笑顔、こちらに向けたことは一度もないくせに。
 先ほど彼が女の子たちから囲まれていたときと同じようなもやもやした気持ちがまた湧き出して、アルファは彼から目を背けた。
 そうするうちにも、ベータはその言葉の意味を噛み砕いて説明してやっている。

「そんなわけで、こいつがここに戻るのに三年も掛かってしまった。あの海戦のあと救助されてはいたんだが、なにしろ記憶がもどらなくてな。自分が誰かもわからずにいたらしい。実は、今もまだ、そうなんだ」
「えっ? 本当なの? アレックス……」

 子供たちは、たちまち悲しげな顔になった。

「うそでしょ、アレックス。ぼくのこと、覚えてるよね?」
 小さな男の子が腰のあたりにまとわりついてそう言えば、
「なに言ってるの。あの頃はあんたはほんとにちびで、ろくにアレックスと話したこともなかったじゃない! でもアレックス、あたしのことは覚えてるよね?」
 と、少し生意気そうな年嵩としかさの女の子がきらきらした目で見上げてくる。

 申し訳ないことながら、アルファはどちらのこともまったく誰だかわからなかった。
 ますます困って沈黙してしまったことで、場は一気に沈んだものになった。年長の子も暗い顔になってうつむいてしまったし、「うそだよ! そんなのウソだもん!」と憤慨するもいる。黙ってしくしく泣き出す子もいる。

「すまない、みんな……。本当なんだ。私は自分のことも、まだよく思い出せない状態なんだよ」

 正直にそう言って、アルファは皆に頭をさげた。

「ずっと心配してくれていたんだね。とても嬉しい。でも……すまない」
「そんな……」
「ウソだよ、そんなの……!」

 遂に、たまらず大きな声で泣き出す子がでて、年嵩の少女が抱きしめてなだめはじめ、アルファはいたたまれなくなってきた。
 記憶を失くしたことそのものは、決して自分の意思ではない。正直いって、そのことをひどくつらいと思ったこともなかった。しかし純真な子らにこうしてまっすぐに悲しまれてしまうと、ただただ申し訳なさばかりが押し寄せてきて、どうしていいのか分からなくなる。
 アルファはひたすら子供たちに向かって、「ごめんなさい」と「許して欲しい」を繰り返した。

「ちょっと来い」

 遂に見かねたのか、ベータがぐいとアルファの腕を掴んで建物の外へとつれて出た。
 背後からは、まだ子供たちの泣き騒ぐ声がする。やがてその声が遠のいて、聞こえるのはお互いの足音と、風が木の葉を揺らすさざめきだけになった。
 ベータはそれでも、しばらく黙ってずっと歩いた。周囲は柔らかな緑をまとった木々である。その奥にきらきらと光るのは、空から見えた島の中央にある湖の水面みなもらしかった。
 風はただ、さわやかである。
 しかしそれも、この島に着陸したころと比べるとざわざわと少し強く、冷えたものに変わっていた。


 ベータはやがて湖のそばから離れると、海岸側へと歩き出した。
 アルファはだまって、それについて歩いていった。

 黄色みを帯びた恒星が、ゆっくりゆっくりと回転して海に没しようとしている。このあたりでは、もうすぐ日没が始まる時間帯のようだった。
 先ほどまでは青空ばかりに見えた空の色が、恒星とは反対の側から次第に紫を帯びていく。と思う間に、見渡す限りにひろがった水平線へと恒星の光が近づいていくのがわかった。
 周囲が次第しだいにオレンジ色に染まりだす。
 それが「夕焼け」というものだったことを、アルファはおぼろげに思い出していた。

 日没。
 夕焼け。
 黄昏たそがれ
 そして……雀色時すずめいろどき

 ゆっくりと遠浅の砂浜近くまで歩いたとき、ベータがふと立ち止まった。

「……お前。気づいていないのか」
「え?」

 ぼんやりと目を上げると、怪訝そうな鋭く蒼い瞳に射抜かれた。その瞳に、橙色の夕日の色が反射して、きらきらと美しかった。
 アルファは吸い込まれるように、その瞳をじっと見つめた。
 やがて、男がひとつ溜め息をついた。

「本当に、気づいていないんだな。……恐れ入った」
「あの、何を――」

 おずおずと見返せば、ベータの瞳は夕日の色とは関係なく、なにかどきりとするような、不思議な色に変わっていた。それはなんとなく、大声で泣いていたあの子らの目にも似ている気がした。
 男はぐいとこちらに近づくと、アルファの襟首を掴んで顔を寄せてきた。眉間に厳しい皺をたて、鋭い目がまっすぐにこちらの目をのぞきこんでくる。

「まだ分からんのか。……いま、お前が話しているのは何語だ?」
「……え?」

(何語を話しているかって? この男、何を言って――)

 一旦は、そう思い。
 訊かれたことを咀嚼し、反芻して――

(……!)

 瞬間、体に電撃がはしった。
 
 アルファは今、
 明らかにこの宇宙連邦の公用語ではない、
 不思議な言語を話していた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

処理中です...