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第一章 スメラギ皇国
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しおりを挟む「まあ、まあ。まことですか、タカアキラ……」
あの<恩寵博士>の老人に教えられた通り、父たるミカドに報告したのち「<恩寵>を賜りました」と伝えたときの、母の喜びようといったらなかった。彼女は自分の座から立ち上がると皇子のそばに膝をつき、すこし涙を浮かべるようにしてわが息子を抱き寄せると、そっとほおずりをしてくださった。
「よろしゅうございました。まことによろしゅうございました……」
母がなぜそこまで喜んでくれるのかを、そのときのタカアキラは理解できなかった。それを彼が理解するのは、七つの年を迎えて御簾ごしにしか言葉を交わすことができなくなり、さらにそれより一年ほど後、彼女が世を去ってからのことだった。
幼い皇子に心配を掛けまいと、母は臥せっているときでも皇子がやってくるときちんと衣服を改め、御簾の奥に座って応対をしていたらしい。しかし皇子が辞すると同時にその場に倒れて、再び臥所の人になったのだという。
母の葬儀は、ごくしめやかに行われた。
不思議なことに、母の親族にあたる人々はその場にだれも来ていなかった。そして周囲の人々はだれも、そのことを不思議に思っていない様子だった。
普通、臣下のものでも何かの慶事であれ弔事であれ、その親族が式の場に参列するのが当然である。それがましてや后妃ともなれば、その親、きょうだい等々が何人もいておかしくはないはずだった。
しかし、母を喪った悲しみにうちひしがれていた幼い皇子がそのことに思い至るのは、それよりずっと後になってからのことである。その悲しみは皇子ばかりでなく、彼女を心底ご寵愛だったミカドも、兄たちも同様だった。「曙光の宮」は、まさにその光を喪い、その後しばらくは陰鬱に暗い水底に沈んだかのようだった。
長じるにつれ、タカアキラはこのスメラギ家の謎というのか、不審な事柄のすべてについて、思い巡らすことが増えていった。
ミカドはその後、正妃にあたる女人を娶らなかったので、それまで母の立場だった第一后妃の座は二の后が占めることとなった。その息子らが当然、タカアキラに継ぐ皇位継承権をもつことになる。
観察するに、その二の后や三の后についても、後ろ盾と呼べるような親族がいない様子だった。それとなく皆のする話を聞いていても、彼女らの親やきょうだい等について話題にのぼることすらない。
彼女らはいったい、どこから来るのか。
母はいったい、どこからこの宮に来た人だったのか。
皇子の疑問は、日を追うごとに深まっていった。
彼の周囲の人々は、あの<恩寵博士>らをはじめ誰ひとり、そのことについて明かしてはくれなかった。どうやらこのことは、ミカドとその周囲のごく高い身分の臣下らだけの極秘事項であるらしかった。
その年が明け、かぞえで十四になり、タカアキラは正式に成人の儀を迎えて大人の仲間入りを果たすことになった。ちなみにふたつ上の兄、ツグアキラにはその時に至るまで<恩寵>の兆しがなく、スメラギ皇家の倣いとして、第二皇位継承権はタカアキラのものと決まってしまった。
長じてからこの<恩寵>が現れる皇族もいないわけではないのだが、その場合の能力の程度は大抵、幼いころに現れるものよりも格段に劣るというのが、これまで数千年の記録上、あきらかであるからだった。
父、ミカドのみならず、四つ上の長子ナガアキラ、次兄ツグアキラとも、タカアキラはほとんど日常的に顔を合わせることすらなかった。みな基本的に、それぞれに与えられた己が宮にいるばかりで、たまに儀礼や祭祀、音曲の席などでちらりと横顔を垣間見る程度のことだった。だからタカアキラも、あれが自分と本当に血のつながった「家族」なのだとは信じられない気持ちがしたものだ。
ミカドも兄たちも、それは美麗なこの世ならぬ姿をした男子たちだったけれども、かれらはどこかこの世ならざる雰囲気を身にまとっていて、ひどく近づきがたい感じがした。あちらはあちらで、この弟皇子のことをごく冷ややかに遠くから観察している様子がうかがわれた。
それはタカアキラにわずかながらでも<感応>の<恩寵>が与えられているからというのではなく、彼らの表情や仕草を見ているだけでも明らかに分かるような情の薄さなのだった。
それどころか、これら兄のふたりからは、本人は懸命に隠そうと努めていはするものの、それでもにじみ出てくるような鋭く暗い感情、すなわち敵意らしいものすら感じるのだった。
タカアキラにとっては、身近に仕えてくれている小侍従やら女官やらといった人々のほうがよほど温かく、親身に思われるほどだった。
彼らのことは大好きだったのだけれども、母が身罷ってからのタカアキラには、心から胸襟を開いて甘えられる人はだれもいなかった。
胸の間を凩の吹き抜けるような気持ちを抱えながら、それでもタカアキラは誰に反抗するのでもなく、また誰を虐げるのでもなしに、皇位継承者のひとりとして身につけるべき学問や鍛錬に、日々素直に没頭していた。
「殿下はまこと、健気な御方であらせられます」と、傍仕えの女官などは袖を濡らして泣くこともあるほどだった。
(そんなのではないさ)
タカアキラは大抵そんなとき、少し自嘲ぎみにそう思うのだ。
普段はおとなしくしていたほうが、いずれ自分が最も知りたいと思っていることを探るとき、必ず大いに役に立つ。そのことを、皇子は本能的に知っていた。だから当時は、自分がさらに十分な知恵と体力を身につけるまで雌伏していたまでの話だった。
その年にしては、確かに賢しらな少年だったと思う。ただ、彼にそう思わせてしまうだけのものが、この皇家にはあったのだ。
(……そうだとも)
この皇家には、秘密がある。
だからタカアキラはいずれその秘密に迫り、母やそのほかの后妃の出自の、その秘密を暴きたいと思っていたのだ。
だがそれは、彼が思っていたよりはよほど早く、彼の眼前に形をもって現れることとなった。
翌年、とある少女が長兄ナガアキラのもとに輿入れすることが決まったのである。
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