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第二章 スメラギの秘密
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しおりを挟む《あれは、決してヒナゲシの自死などではない。糸を引いたのはナガアキラであろうよ》
確信をもった父の声に、タカアキラはややたじろいだ。この方は、こうまではっきりとこんなことを口に出してしまって良いのだろうか。まあ、これは実際には心の中だけでの会話ではあるのだけれど。しかし、あのナガアキラの<恩寵>の在りようが詳しく分かっているわけではないので、危険であるには違いなかった。
《かの少女は、なんらかのはっきりとした目的をもってこの宮中に臨んだらしい。しかも、余にはよくわからなかったが何かの<恩寵>を隠しもっていた節がある》
《…………》
さすがに「おっしゃる通りです」とは返せなくて、タカアキラはただ黙っていた。
《閨の中のことまでは、さすがに余にもわからぬが。なにかの拍子に、それがナガアキラに露見したのやも知れぬ。そうしてあれは、左様な裏切りを安穏と許す男ではない。即座にも、手ずから引導を渡したものと、余は見ておる》
タカアキラは唇を噛んだ。
あの夜の、魔王のごとき兄の姿が脳裡にうかぶ。
そうだ。あの時、この背筋を凍らせたのは、紛れもない殺気だった。兄はヒナゲシが<恩寵>を持つ事実を隠したままに入内したことを、即座に自分に対する裏切りだと断じたのだろう。
そして彼女を、手に掛けた。
《確かに、<恩寵>がありながらそれを隠しての入内となれば、いっさいの咎めを受けぬというのはありえぬであろう。場合によっては極刑になるのも致し方なきことではあるが――》
《違います!》
タカアキラは父のその思念に対して、思わずきつく反駁していた。そしてすぐに、そのことを後悔した。
父が驚いた目で、じっとこちらを見返していた。
《も、申し訳ありません、父上……生意気なことを》
《いや、構わぬ。それよりも、タカアキラ。そなた、なにか重大なことを知っておるのか? あのヒナゲシについて》
《…………》
タカアキラは困りきって沈黙した。
まさかいきなりこんなところまで話が及ぶとは思っていなかった。彼女のことをどのようにして知り、どうやって内密に話をしていたかまでを暴露してしまったら、この身も危ないことになる。その場合に、父がどこまで自分を庇ってくれるかなど未知数だった。
が、父は問いただすことを諦めなかった。
《どういうことなのだ、タカアキラ。そもそもそなた、何を思ってここまでやってきた。あのナガアキラに見つかりでもすれば、いかに第二皇位継承者たるそなたでも、無罪放免というわけには参らぬというに》
《…………》
《余に、話したいこと、尋ねたいことがあったのであろう? すぐに何もかもと言うは無理でも、どうか父を信じてもらいたい。先ほども言うたとおり、余はそなたを厭うたことなど一度もない。むしろ、その逆なのだ……》
《…………》
そこで父は、一旦心の言葉を切ってじっと息子を見つめてきた。その瞳には、嘘や偽りは見えなかった。
むしろ感じるのは、ただただ父親として、息子を案じ慈しむ思いばかりだ。その手がまたタカアキラの肩を抱くようにして引き寄せた。
《そなたの優れた<恩寵>ならば、すぐにも分かろう。不安なのならばどうか心ゆくまで、隈なく余の心を調べてみるがよい。そなたに対する余の心に偽りはない。……どうだ? そうであろう?》
《……はい……》
遂に、タカアキラは頷いた。
そうして懐に入れていたヒナゲシからの文を取りだすと、ここしばらくの彼女との顛末について、訥々と父に向かって語り始めた。
◆◆◆
《……左様であったか》
タカアキラの話を聞き終えて、しばし父は絶句しているようだった。その心から、ひしひしと驚嘆と、さらには成長した息子を頼もしく思う気持ちが流れてくる。
《そなたもさぞや、驚いたのであろう。随分と、心も傷めていたのであろうな》
《いえ……。わたくしなど、斯様な若輩の身であるばかりで。あの義姉上のため、なんのお力にもなれませず……。結局ああして、むざむざと義姉上を死地へ追いやってしまい――》
《あれは、さすがに止むを得なかった。誰にも止められはしなかったであろうよ》
《いいえ》
タカアキラはぐっと唇を噛んだ。
《本来であればもっともっと、できることがあったはずにございました。だというのに今もまた、わたくしはその『子ら』をいかようにして救えばよいものか、なんの案もないまま手を束ねて安閑と――》
《いや。それは無理もない――》
己が無力さにうなだれる息子の頭をそっと撫でながら、父はしばらく考えているようだった。
どうやらこの父にとっても、その「子ら」の置かれている厳しい状況については初耳であるらしかった。臣下たちはこれまで父に、后に選ばれなかった娘や<恩寵>のない男子たちについて、単純にこのスメラギのどこかの家に養子といった形で引き取られている、と報告してきていたらしい。
この場で初めて事実を知って、ミカドも相当に驚いたはずだった。
やがて。
《ともかくも。あの夜、そなたが単身、逸って動くなどせずにいてくれて、まことに良かった。ヒナゲシの言うた通りだ。われらは何よりも、慎重であらねばならぬ。そうでなければあのナガアキラに、こちらの策略などすぐにお見通しになりかねぬ》
《はい……》
そうして父は、不意に思わぬ者の名を口にした。
《タカアキラ。そなた、<恩寵博士>の中のマサトビという者を知っておるか》と。
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