星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 スメラギの秘密

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 頬にふれてくる父の固い指先を感じながら、タカアキラは父へ掛ける言葉をあれこれと吟味していた。
 そもそも、この父が自分に対してどういう感情を抱かれているものか、まだいまひとつ腑に落ちていない。たとえあのヒナゲシの口ぞえがあったとは言え、実感としてすぐには理解しがたいのだ。なにしろこの年になるまで、ろくに言葉を交わしたこともない父である。
 父が斯様かように冷たいのは、かの御方が自分を嫌っているから、疎んじているからこそだと理解するほうが、幼い皇子にははるかに容易たやすかった。タカアキラの自我が芽生え始めたころにはもう、父はごく遠い人でしかなかったのだからなおのことである。
 が、恐れていたこととは裏腹に、今の父の目も手も、ただ愛する后の子である息子を慈しむものでしかなかった。タカアキラはじんわりと胸のうちに温かなものがあふれ出すのを禁じえず、思わず頬のあたりにある父の手を握った。

《父上様は……わたくしのことを、おいといではなかった……のでしょうか》
 訥々とつむいだその言葉を聞いて、父は悲しげだった瞳をさらに暗い色に染めた。
《……何を言うか。左様なことが、あるはずがない》
《まことに……?》
 そっと見上げれば、父はひどく傷ついたようなお顔をされていた。父はその手をタカアキラの頬から肩の上へと動かした。そこを強く掴まれる。
《……すまぬ。そなたにそう思わせていたとしても無理のなきことよな。しかし、余は恐ろしかったのだ。そなたのことも、ヒカリのことも、ツグアキラのことも、余はどうあっても、守らねばならなかった……》

(守る……? それは)

 不審に思って見返したタカアキラの心底を、父は十分に読み取ったらしかった。

《そうだとも。無論あの、ナガアキラからである。あれは恐るべき子よ。あのヒカリと私の子だとは思えぬほどにな。いったいどうして、斯様な子が生まれてきてしもうたものか――》
《それは……どういう》
 そう尋ねると、父は腕をタカアキラの背に回し、より近くへと引き寄せた。それは、こうして<念話>で話をしていながらもなお、人に話を聞かれることを恐れているかのようだった。
 父はそっと帳の外を窺うようにすると、再びタカアキラの目を見返した。

《なにゆえこのようなことになってしまったのか、それは余にも分からない。母たるヒカリにもどうしても分からなかった。……ともかくも、あれは――ナガアキラは、物心がつき、ほどなくして強力な<恩寵>をその身に賜ってからこちら、ずっと我らを脅しつけ続けてきたのよ》
《脅す……? 父上様をですか》
《左様。なんとなれば、逆らうならばそなたやツグアキラ、さらにはヒカリの命をも保証せぬとまで申してな》

(なんと――)

 あまりのことに、タカアキラはしばし絶句した。

 父の話の概要は、こうである。
 タカアキラが生まれた頃から、ナガアキラの様子は少しずつおかしくなっていった。その後七つのよわいを迎え、光の上と直接に顔を見合わせて会話することもできない状況にはなったものの、「それでもそこまでは比較的おとなしく、物わかりのいい幼子おさなごだったのではないかと思うのだ」と父は言った。
 しかし、次男ツグアキラはまだ母の膝のあたりにまろびついており、彼だけが宮の慣わしに従って奥の院に立ち入ることが叶わないという状況が続くにつれて、次第にナガアキラの顔には暗い影が差すようになっていった。

 七つやそこらで生みの母から引き離されるというのは、父、モトアキラはじめこれまでの皇族では普通のことだったし、何かやかやと周囲の乳母やら女官やらが皇子の相手をして寂しさをまぎらわせ、その生活に次第に慣れさせていくのが当たり前だった。
 ところが、どうもナガアキラは気難しいところがあるらしく、おとなしげな顔の下でひどくこだわりが強く、融通のきかない面があったようなのだ。
 ともかくも、ツグアキラが七つになり、同様に母の元から離されるようになるころには、長男はすっかり「気難しい皇太子殿下」としての評判を確固たるものにしてしまっていた。そうして、臣下らの目のあるところではどうやら大人らしく振舞うものの、陰ではあれやこれやと、側付きの少年やらツグアキラに対して嫌がらせをしていた節があるのだった。

《それが、今に至るまで続いているかどうかは知らぬ。すでにあれだけ長じてしまっているゆえな。ツグアキラの方でも、兄からされる仕打ちについて表沙汰にはしたくないようでもあるし》
《……そうなのですか》
《うむ。余が幾度『まことに大丈夫か』と尋ねても、『どうかご心配くださいますな』と言われるばかりだ。幼き頃こそ、あれこれと周囲の大人に『ご注進』に走りはしたようだが、昨今ではそのような事もとんと、をひそめているらしい》

 父はため息混じりに、ゆるく顔を横に振った。

《さもありなん。あれとてれっきとした男子おのこなのだから。<恩寵>のあるなしに関わらず、皇族としての矜持は当然、あるはずであろう。いや、<恩寵>なきがゆえにこそ、矜持を捨てるなどは言語道断であるやも知れぬ。そなたとて、もしもあれと同じ立場であれば左様であろう。そうではないか?》
《…………》

 タカアキラは暗い気持ちになりながら、ただ黙って頷くしかなかった。
 思えば自分が物心つくようになった頃にはすでに、ナガアキラもツグアキラもごくごく冷ややかな態度を上品な顔のおもてに乗せて、しらっとした顔で父の御前に連なっていた。タカアキラの知る兄たちは、常にそうした生身の人らしからぬ冷たい相貌をした少年たちに過ぎなかったのである。
 この十年ばかりの間に彼らの間にあったことは、いまさら知るよしもないことだった。

《では……父上さま。義姉あね上……雛罌粟ひなげしの君の顛末については、いかがお考えでいらっしゃいましょうか》
《ヒナゲシ……》
 そう言って、父はまた眉をひそめた。
《あれも、哀れな娘であった。あのナガアキラのもとに嫁いでくる女性にょしょうだ。いかなることになろうかと、気が気ではなかったのだが》
《と、おっしゃいますと》

 そこでまた、父はゆっくりと周囲を見回し、深い吐息をついた。

《あれは、決してヒナゲシの自死などではない。糸を引いたのはナガアキラであろうよ》
 確信をもった父の声に、タカアキラはややたじろいだ。

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