星のオーファン

るなかふぇ

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第三章 ユーフェイマス宇宙軍

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 ザンギが言うには、こうだった。

「あれら狼や犬の形質を持つ種族では、耳や尻尾に触れられるのはごく親しい間柄の者だけと決まっております」
「えっ……。そうなのか?」
「左様にございます」

 驚いて見返せば、ザンギはほんのわずか呆れたように我があるじを見下ろしたようだった。それはいかにも、「まったく、この世間知らずのお坊ちゃんが」と言わんばかりに見えた。

「もちろん、我らは本来スメラギびとでありますゆえ、厳密にはそうした習慣があるわけではございません。それでも、形質を植えつけられた身ですと自然と同種の感覚を持つようです」
「その……『親しい間柄』というのは?」

 ザンギはそこで、やや沈黙した。このもの知らずな若造の主に、どう説明したものかと考えたのだろうと思われる。
 しかし結局はこう言った。

「友人以上、つまりはつがいや、それに類する関係ということになりますな。たとえ親子といえども、触れられるのはごく幼い頃までだと聞いております。ただいまはほかならぬ殿下のご要望ゆえ、あれも極限まで耐えたものと思われますが」
「そ、そんな――」

 タカアキラは青ざめた。
 つがいとは、この場合すなわち夫婦ということだ。恋人であったり夫婦であったり、とにかくそこまで親しい関係同士ではじめて、あの部分に触れることが許される。つまりヒューマノイドで言うならば、キスや性交の前戯といった段階のことに相当するということだ。

(では……今、私は)

 あのミミスリに、身分を盾にそうした行為を強要したも同然なのか。もしも自分がその立場に立たされたら、どう思うのか。タカアキラは思わず、あのホーガン大佐からねやごとを強要されるわが身を想像して身震いした。いや、勝手にそんな想像をされるホーガン大佐こそいい面の皮というものだろうが。
 まさか自分が、彼にそんなひどい仕打ちをしてしまったなんて思いもよらなかった。
 すぐに謝りに行かねば、と思うところへ、さらにザンギが追い討ちをかける。

「ほかならぬ殿下のことゆえ、あれも辛抱しましたが。本来ならば、本人あるいはその奥方に殺されても文句の言えぬ仕儀にござりますぞ」
「え、ええっ……?」
「あるいは逆に、あのまま奴に犯されても文句は言えませぬ。いわばあれは、相手にそうした行為を許すと宣言したも同じですゆえ」

(なんだって――?)

 初耳の情報をいっぺんに浴びせられて、タカアキラは混乱した。
 なるほど、だから彼はあんなに前かがみになって逃げていったという訳だ。
 聞けば、なんとあのミミスリ、妻帯者だというのである。現在、スメラギにはヒューマノイドの妻とかわいらしい子が数名、暮らしているというではないか。
 かく言うザンギも同様で、スメラギに妻子を残してこちらへ派遣されているとのことだった。
 その時、ただ淡々と事実を説明したザンギの心中を思えば、タカアキラはいまでも胸が痛くなる。彼らが妻子を故郷くにに残してきていることの本当の意味を、その時に思い至れなかったことが悔やまれてならないからだ。

 ともかくも。
 すぐにタカアキラは自室にこもってしまっているミミスリの元に走り、その扉の前で平身低頭、謝った。
「知らぬこととはいえ、大変申し訳ないことをしてしまった。どうか許してもらいたい。もう二度としないから」と。
 ミミスリは決して扉を開けはしなかったけれども、非常に驚いた様子で答えた。
「いや、自分の至らなさによることです。先にご説明申し上げるべきでした。殿下には要らぬご心配をお掛けしまして、こちらこそまことに申し訳なきことにございました」と。

 以降、ミミスリがタカアキラに体を触らせてくれたことはない。もちろんタカアキラの方でも、本当は触れてみたくてたまらなかったけれどもそこは堪えて、それを彼にお願いすることもなかった。
 しかし、こんな間の抜けたアクシデントにも良いことはあった。それから明らかに、自分とこの二人との距離は縮まったように思われるからである。
 彼らには彼らなりの事情と職責があり、タカアキラの監視役であることに変わりはない。しかしあの事件は間違いなく、お互いの個人的な感情のつながりのようなものが育まれるきっかけになったのだ。





「……殿下。何を笑っておいでです」
 多少低くなったミミスリの声を聞いて、タカアキラは現実に引き戻された。
「あ、いやいや。何でもないんだ」
「まことに、お気をつけくださいませ。女性の士官もおりますが、なにしろ殿下はあの者らより──」
 そこでミミスリは、思わず言いかけた言葉を飲み込んだようだった。
「え? なんだい、ミミスリ」
 ごほ、とくぐもった咳払いが聞こえる。
「いえ。何でもございません。ともかく、お一人歩きは殿下のお考え以上に危険にございますれば。本当に、よくよくお気をつけを」
「わかったわかった。ほんとに心配性だなあ、ミミスリは」
「笑い事ではありません」

 最後にそう言ったきり、完全にむっつりしてしまったミミスリを見て、タカアキラはくすくす笑う。
 実は自分にまつわるこういうたぐいのことで、ミミスリやザンギが相当に苦労していることをタカアキラは知っていた。この宇宙では、自分が思っていた以上に完全体の人間型ヒューマノイドがあるのだ。主に、夜の相手としてという意味でだが。

 タカアキラが何者であるかについては、今やこの基地で知らぬ者とてない。もしも手など出そうものなら、即座に極刑になるのも周知のことだ。にも関わらず、タカアキラは隊内で廊下を歩くときや食堂で食事をしているときなどに、自分の体に絡みつくような視線を何度も感じたことがあった。
 それは、意識的に自分の<感応>の力に蓋をしておかなければ飲み込まれてしまいそうなほど濃厚で、淫蕩な情欲にまみれていた。

 それが何を意味しているのか、さすがに今のタカアキラにも分かってきている。
 そして、あの夜スメラギ宮で見た、乱れた姿の次兄が長兄の寝室で何をされていたのかを次第に理解する助けにもなったのだ。

(ツグアキラ兄上は……おそらく)

 恐らくは、そうだったのであろう。かの兄上は自分の意思とは無関係に、あの恐ろしい兄から夜な夜な、そういう仕打ちを受けていたのではあるまいか。ツグアキラに力のないのをいいことに、ナガアキラはおのが弟を犯していたのに違いない。
 そのことに思い至ったとき、タカアキラは身内が凍えるように震えてならなかった。
 

 そうして。
 遂にその夜、マサトビからその連絡が来たのだ。

『お喜びください、タカアキラ殿下。<鷹>への連絡方法が、どうやらわかりましてござります』と。


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