星のオーファン

るなかふぇ

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第四章 相棒(バディ)

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 と、ロビー入り口からそれらしい男ら三名が入ってくるのを見て、アルファは目を上げた。

(来たな)

 この後、この三名をベータと夫人のいる一室へと案内する。それが今回の自分の仕事だった。
 本来、ホテルマンは基本的に何があっても客のプライベートを他の客や外部に漏らさない。またそれが約束されるホテルであるからこそ、こうした高級な客たちの後ろ暗い要望に応えられるのだ。
 フロントで「これこれの風体の男女が泊まっていないか」などという質問にやすやすと答えるようでは、この商売は立ちゆかない。そういう人情の機微にけている必要があってのことだろうが、ここでは安いホテルのようにフロント業務をアンドロイドやAIに任せてはいなかった。
 現在では、こうした人によるサービスのほうがはるかに「高級」なものと見なされている。すばらしいサービスは、やはり気の利く生身の人間のほうがずっと優秀なものなのだ。一流のホテルマンたちはそうしたAIの助けを借りつつ、客の微妙な表情をさりげなく観察して、客にとってもっともふさわしいサービスを選び出す。

 ともかくも。
 事前に約束していた時間通り、旅行者風の姿をした三人組の男が入り口から入ってくるのを確認して、アルファはかぶっているキツネ顔のマスクの中でベータに「来たぞ」と連絡を入れた。
 即座にあの低い声が「了解。上がってこさせろ」と返ってくる。
 三人組のほうでも、今のアルファの風体については連絡済であるため、さほど迷った様子もなくまっすぐにこちらへやってくるところだった。

(……気が重い)

 とはいえ、仕事は仕事である。
 なぜ自分がこんな気分になるのかを掴みきれないまま、アルファはソファから立ち上がった。そうして近づいてきた三人組に向かって、さも友人を見つけたかのように手を振ると、フロントに声をかけ、三人を案内してエレベーターホールへと歩き出した。



◆◆◆



 事前の打ち合わせどおり、アルファは三名をつれてまず自分たちの借りた部屋に入り、ダミーの旅行鞄などを下ろさせて準備をした。男らは銘々、その場を撮影するための小さなカメラだの集音装置だののチェックをする。それらは肌に張り付くようになった薄い皮膜のようなもので、電話としてや調べ物をするための端末としても機能する。
 それを済ませて部屋を出ると、アルファはまっすぐにベータのいる部屋へ向かった。ついてくる男たちとどうということもない言葉を交わし、いかにも旅行にきた友人同士然とした雰囲気を保ちながらぶらぶらと歩く。

 と、ぴりっと首筋に不穏なものを覚えて、アルファは目を見開いた。歩度は変えないまま、自分の感覚に集中する。
 背後から歩いてくる男らの中から、その「声」は聞こえた気がした。

《<鷹>だけだと聞いてたんだが》
《仲間がいるとは知らなかったな》
《二人か。いや、もっと居るかもしれん》
《面倒だが、なんとかなるだろう――》

 あるのは、荒涼とした殺意である。

(……なるほど)

 それだけで多くのことを瞬時に察して、アルファは「これは腹を据えたほうがよさそうだ」とちらりと思う。大した能力ではないのだが、自分の<感応>も、このところ少しずつレベルが上がってきてはいるようだ。
 そうして、特に表情も変えずに「こちらですよ」と彼らに振り返って少し笑うと、マスクの中でごく小さく、とあることをベータに伝えた。





 やがてその部屋の前につくと、アルファはごく無造作に扉の横の端末に触れた。もちろん、獣の毛の生えた手を演出するような手袋をしたままだ。
 
『はい』
 暢気そうなベータの声が返ってくる。計画どおりに返事をした。
「ルームサービスをお持ちしました」
 もちろんこれは嘘だ。ベータが女を騙してそれを注文したふりをし、うまくタイミングを合わせてこちらが部屋を訪れたまでのこと。女は恐らく、ベッドの中にでもいるのだろう。

 扉が開いて、アルファは男らを先に中に入らせる。
 と同時に、一瞬の隙をついて<隠遁>の能力を発動させた。
 男たちがばたばたっと部屋の中に駆け入ると、すぐさま女の悲鳴が聞こえた。

「きゃあっ! な、なんなの……!?」
 ばさばさと布のはためくような音がして、何かががちゃんと床に落ちたようだった。
「いや! と、撮らないでっ……!」
 中年女のものらしい絶叫が響いて、奥で激しい物音が続く。
「くそッ、あいつ、どこへ行った……!」

 男の一人がこちらに駆け戻ってきて舌打ちをした。手に握られたレイ・ガンが剣呑なその筒先をこちらに向けている。しかし、目の前にいるというのに、彼の目にはアルファの姿はまったく見えていないらしかった。
 あとから出てきたもう一人が悪態をついた。

「逃がしたのか、バカ野郎!」
「いや、<鷹>が最優先のはずだろう。あのキツネはどう見ても――」
「だが肝心の<鷹>はどうした! どこにも居ないぞ!」
「ともかく、女を捕まえておけ。それさえ押さえれば言い訳は――ぐわっ!?」

 と、天井から紫の光が降ってきて、男ら三人があっという間に昏倒した。例の、相手の意識を一瞬にして奪う銃だ。彼らはアルファの足元に折り重なるようにして倒れこんだ。

(なに……?)

 見上げて、唖然とした。
 男は天井にはりついた形になって、右手で銃を構えていた。
 その、左腕が。

 それはいま、人の腕の形をしていなかった。肩のあたりから変形し、ちょうどハンモックのような網目状に広がって、ベータの上半身裸の体をうつぶせの形で天井の壁に固定し、支えている。白銀色をしたその物体に支えられ、ベータが奇妙な目の色をして笑っていた。
 不思議なことに、今、彼は例のマスクをしていなかった。

「……ふん。舐めた真似をしてくれる」

 その目が一瞬、真っ赤に光ったような気がして、アルファの背筋は凍った。それが何となく、あの兄ナガアキラのものに酷似しているように思えたからだ。
 幸い、ベータには<隠遁>しているこちらの姿は見えていないらしい。それを確かめてから、アルファは足音を忍ばせて男らの体を避け、奥の部屋に向かった。なによりもまず、女性の無事を確かめねばならなかった。
 果たして、女は無事だった。
 ミンクか何かの生き物の形質をもったらしい女性は、すでに旬を過ぎ去ったゆるんだ裸体をベッドの上に晒して気を失っているようだった。別に見たくもなかったのに、その肌に転々と残る鬱血痕が視界に入って、アルファは後悔した。

 嘘でもまやかしでも、この女はあの男に愛されたのだ。
 その耳に、愛の言葉を囁いてもらえたのだ。
 そうして少なくとも、その体を愛してもらえたのだ。

 それがどうして、こんなにも自分の胸をさいなむのかがわからない。だが、分からないままにもアルファは女のそばに歩み寄り、体の上に掛け布をそっとかけてやった。
 そのまま悄然と部屋をあとにして見れば、とっくに天井から下りたベータが、アルファの姿が見えないことに怪訝な様子でいながらも、手早く男らを拘束し終えたところだった。どうやら彼らの手から現場の写真そのほかの情報の入ったシート状の情報機器も奪い済みのようである。
 アルファは彼の隣をすりぬけて一旦部屋の外に出、そこで姿を現してから、あらためて何食わぬ顔で部屋に戻った。そのときにはもう、ベータは例のマスクをつけた姿に戻っていた。今回、彼が選んでいるのはドーベルマンと呼ばれる犬種の顔である。
 アルファは何も気づかぬ風を装って彼に近づいた。

「ひどい依頼人クライアントだったな。よくあるのか、こういうことは」
「よくある、と言うほどではないが、まあ一定数はな。なにしろ、すべて自業自得だという事実を忘れてスキャンダルだけは異常に怖がるうえに、こういう『口封じ』だけは大好きな連中だから手に負えん。とはいえ、そんな低レベルなお貴族さまなんて山ほどいるさ」

 手早くその男らを撮影するなどして証拠を集めながら、侮蔑する価値もないと言わんばかりの口調でベータが答えた。

「俺を舐めたことについては、今後、ご当主どのにしっかり後悔していただこう。裏社会との約束を反故にすれば自分の首を絞めるということを、みっちり教育しなおす必要がある」
「…………」

 マスクの下は確かに笑っているようなのに、その声音が非常に殺伐としたものに聞こえて、アルファはかすかに眉をひそめた。

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