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第四章 相棒(バディ)
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しおりを挟むそれ以降、アルファはしばらく、自室で数日の「療養」をするようにとの命令を受け、言われるままおとなしく部屋で過ごした。ミミスリとザンギはその間ずっと、アルファのそばを離れなかった。
あのときアルファを襲ったヒグマ顔の下士官は、すぐに軍内から姿を消した。ミミスリとザンギは医務官が採取した証拠の品とともに奴をすみやかに上層部に突き出し、男はすぐさま軍法会議に掛けられたらしい。
しかし、その後どんな処理がなされたものか。ともかくも、上官であるホーガンはアルファに対して「もう二度と、奴がお前の前に現れることはない。心配するな」とだけ言った。そのときの彼の虎顔は明らかに「これ以上は訊くな」と言っていた。そしてアルファはその無言の指示に従った。
《いかんな、どうも。今後はあまり、殿下から目を離さぬようにしなければ》
《『子ら』のためと思えばこそ、ある程度のことには目をつぶってきたのだが》
《殿下はしっかりされているようで、まだまだ世間をご存知ないのだ。ご自身が、いかに周囲の兵らの目の毒……いや、鼻の毒になっているかをご存知ない》
《同感だ。しかし今回のことでは随分と衝撃をうけられたご様子。お気の毒でならん》
《今後は自重もなさるだろう。ともかく我らは、殿下をお守りするのみだ》
扉の外から、うっすらとそんな思念のやりとりが聞こえてくる。
実はあれ以来、アルファの体には不思議な変化が起こりはじめていた。
ごく弱いものだったとはいえ、もともと備わっていた<感応>の力が明らかに強くなったのだ。今もこうして部屋の中にいながら、扉の外に立っているザンギとミミスリの思念のやりとりが聞こえてくる程度には。
(……驚いたな)
それは、自分の体が変化したこと以上に、彼らの思念の内容についてだった。
彼らはどうやら、アルファが賜暇をとっては何をやっていたのかを薄々は知っていたということらしい。しかも、その目的があの<燕の巣>にいた子供たちを守るためだったということもだ。
だからこそ、本来であればもっと血眼になって探すはずのところ、敢えて騙されたふりをしてアルファを自由にさせてきたということらしかった。
アルファは自分を嗤った。「あんなに真摯に自分を守ることだけを考えてくれている彼らをだまして行方をくらませているなんて」と、申し訳ない気持ちでいた自分が滑稽でならなかった。
なんのことはない、彼らは全部わかっていたのだ。
わかった上で、自分を泳がせていただけなのだ。
考えてみれば、あたりまえかも知れなかった。彼らもそもそも、あの<燕の巣>の出身者だ。そこで産み落とされた子供らが、それぞれどんな運命に晒されるのかを知らなかったはずがない。彼らのように<恩寵>を持っていた男女はこうして特殊な任務を与えられるが、そうでない子供らがその後どうなってしまうかについて、心を傷めていなかったはずがないのだ。
もちろんこれは、彼らの本来の任務からすれば相当にずれた認識だ。いや、反逆だととられても仕方がない。彼らのまことの命令者がだれなのかはまだ分からないが、そいつに知られれば当然、きつい罰が下ることは間違いないだろう。
だが、それでも彼らはわかっていて「分からなかった」というふりをした。そうして陰ながら、この「世間知らずの皇子」のサポートをしてくれていたということなのだ。それもこれも、あの惑星オッドアイの子供たちのため。
(……ありがとう。ミミスリ、ザンギ)
アルファは扉の内側から、彼らに向かって頭を下げた。
能力のアップという意味では、驚くようなことがもうひとつある。
実はあの事件があった直後、ベッドから出るのが非常に億劫で、アルファはつい、着替えが「自分の手元に飛んできてくれればいいのに」とちらっと考えた。すると、「あれを着ようか」と思っていただけの上着がひょいと、ベッドに起き上がった自分の膝に飛んできたのだ。
その後、あれこれと試してみて確信した。
ペンに、メモ帳。空になったコップ。
アルファが「こちらへ」と念じるだけで、それらはまるで意思があるかのようにひょいひょいと空中を飛んで、アルファの手元にやってきた。動かせるものの大きさには限度があるのか、椅子まではなんとかなったのだが、テーブルは無理だった。
(<念動>……か)
それで、やっと納得がいったのだ。
あのヒグマ男に襲われたとき、なぜ拘束された自分の手が自由になり、麻酔銃を撃つことができたのかを。
自分の手をにぎったり開いたりしてみながら、アルファは考える。
出来事そのものはひどかったが、結果は決して、悪いことだけではなかった。放っておいたら一生目覚めなかったかもしれない自分の能力が、こうして開花したのなら。
あの兄に対抗するため、使える力はいくらでもあったほうがいい。
とはいえ正直、うっかりしていると周囲にいる人々のあらゆる思念が自分の中に流れ込んでくるので、最初は困った。こちらの「扉」を閉じておくスキルを身につけるまでは、少し気が変になりそうで往生した。が、次第にアルファも自分の心の扉を操作するコツを身につけた。
これは、どうしても必要なとき、どうしてもその心の声を聞いてみたいと思う人を前にしたときにだけ発動すればいい能力だ。そもそも人は、自分の考えを覗かれることを好まない生き物なのだから。
だからそれまではずっと、扉を開く方法を忘れないようにだけ気をつけて、扉は閉じておけばいい。
(どうしても、心の声を聞いてみたい人……か)
アルファの思考は、いつもそこでストップした。
自分がいま想定している人物など、ひとりしかいなかった。
いや、実際はいずれ、かの兄や重臣たちの心の底を探らねばならないことは分かっていたけれども。
夕刻の迫る窓の外を見やれば、日の沈む方角とは反対の空に、一番星が光っていた。
あの男の目のような、青白く強い光を放つその星が、アルファをじっと見つめていた。
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