星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
71 / 191
第五章 鷹の男

しおりを挟む

(珍しいな)

 やっと目を開けて恐るおそるそちらを見やったとき、アルファはぼんやりとそんなことを思った。この男が、ここまで呆気にとられた顔をはじめて見た。
 ベータは変な顔をして、しばらくはグラスを落としたことにも気づかない様子でこちらを呆然と見つめていた。

「……本気か、お前」

 やっと返ってきたのも、そんな台詞だ。
 アルファは俯くと、少し笑った。いや、笑うしかなかっただけで、別に嬉しかったわけではない。可笑おかしかったわけでもなかった。敢えて言うなら、自嘲の笑みだ。

「いや。……済まない。ちょっと言ってみただけなんだ」
 ベータは変な顔のまま、ぴくりとわずかに眉をはねあげた。
「『言い値でいい』なんて、もちろん嘘だ。はっきり言ってそんな金はない。お前は知っているだろうけどな」

 なんのためにそんなことを言っているのか、自分でも分からなかった。ただ、何も言わずにいることのほうが耐えられなかった。それだけだ。

「恥ずかしい話なんだが、私はこの年までろくに女も知らなくて」
「実はあんまり、女に興味をもったこともなく」
「このまま戦場に出て、そのままというのも寂しいし」
「だからといって、わざわざ女を抱きたいとも思えなくて――」
 うんぬん、かんぬん。

 ベータはアルファが垂れ流している意味のない言葉の羅列を聞きながら、やっと足元のグラスの破片を拾い始めた。手早くそれらの始末を終えて、男はカウンターを回り、隙のない身のこなしでこちらにやってくる。
 しかしその目は相変わらず、どこかの絶滅危惧種でも見るようだった。
 彼が近づいてくるのを感じて、アルファは口を閉ざし、また自分の手をにらみつけた。

「初陣の前に、どこぞの色街でガキが筆おろしをするなんていうのはよく聞く話だが」
 いつもの、低くて艶のある声が降ってくる。見えてはいないが、男はいつものように自分の首の後ろを掻くようにしているらしい。
「驚いた。お前、の人間か」
「…………」
「しかも抱く側でなく、抱かれる側がお好みだと」
「…………」

 もう、穴があったら入りたかった。
 なんでわざわざ、そんな言い方をする。
 この男、絶対にわざとだ。わざとこんな言い方をして、こちらを羞恥の渦に巻き込もうとしているのに違いない。
 アルファはもう、片手で顔を覆うようにして頭を抱えてしまった。

「済まない。馬鹿なことを言ってしまった。忘れてくれ」
「忘れろと言うなら忘れるが。それでいいのか?」
「……え」
 顔を上げると、驚くほど近いところに男の顔があって、息が止まりそうになった。
 鋭くて色気をはらんだ青白い男の瞳が、ひたとこちらの目を覗き込んでいる。
 出会った初めのころにされたように、その指がアルファの顎にするりと掛かった。
「男に、抱かれておきたいんだろう。誰でもいいというならそれでもいいが」
 そのまま、唇に親指を這わされる。そこがじん、と熱をもつ。
「俺なら、お得なほうだと思うぞ。変な後腐れはない、秘密も守る。ついでに言うなら伝染病関係もシロだ。逆はともかく挿れる側なら、さほど高価たかくもないはずだ。そこらの男娼と変わらんぞ」
「…………」

 なにも言えずにいるうちに、顎をわずかに上げられた。
 男の唇が近づいてくる。

「初めてのときは痛いとか、苦しいとか聞くだろう? だが、そんな無粋な真似はしない。あれにはちょっとしたコツがあるんだ。俺に任せておけば最初から、すぐにい思いをさせてやれるぞ。多少、時間はいただくが」

 やめてくれ。腰にくる。
 その声でそんなことを、吐息を流し込むようにして耳に囁かないでくれ。

「……俺にしておけよ。少佐殿」

 男の吐息が唇にかかり、もう我慢できなくなった。
 あのヒグマ男とは大違いだ。似たような台詞のはずなのに。
 たまらない。もう、すぐにもどうにかして欲しい。
 アルファはバーテンダー姿の彼の胸元を握り締め、瞼を閉じて唇をわずかに開いた。
 それはまさに、キスをねだる顔だった。

「交渉、成立だな」

 喜色のにじんだ男の声がそう聞こえたと思ったら、まるで吐息ごと飲み込むようにして、深く唇を奪われた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

処理中です...