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第五章 鷹の男
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やっと目を開けて恐るおそるそちらを見やったとき、アルファはぼんやりとそんなことを思った。この男が、ここまで呆気にとられた顔をはじめて見た。
ベータは変な顔をして、しばらくはグラスを落としたことにも気づかない様子でこちらを呆然と見つめていた。
「……本気か、お前」
やっと返ってきたのも、そんな台詞だ。
アルファは俯くと、少し笑った。いや、笑うしかなかっただけで、別に嬉しかったわけではない。可笑しかったわけでもなかった。敢えて言うなら、自嘲の笑みだ。
「いや。……済まない。ちょっと言ってみただけなんだ」
ベータは変な顔のまま、ぴくりとわずかに眉をはねあげた。
「『言い値でいい』なんて、もちろん嘘だ。はっきり言ってそんな金はない。お前は知っているだろうけどな」
なんのためにそんなことを言っているのか、自分でも分からなかった。ただ、何も言わずにいることのほうが耐えられなかった。それだけだ。
「恥ずかしい話なんだが、私はこの年までろくに女も知らなくて」
「実はあんまり、女に興味をもったこともなく」
「このまま戦場に出て、そのままというのも寂しいし」
「だからといって、わざわざ女を抱きたいとも思えなくて――」
うんぬん、かんぬん。
ベータはアルファが垂れ流している意味のない言葉の羅列を聞きながら、やっと足元のグラスの破片を拾い始めた。手早くそれらの始末を終えて、男はカウンターを回り、隙のない身のこなしでこちらにやってくる。
しかしその目は相変わらず、どこかの絶滅危惧種でも見るようだった。
彼が近づいてくるのを感じて、アルファは口を閉ざし、また自分の手をにらみつけた。
「初陣の前に、どこぞの色街でガキが筆おろしをするなんていうのはよく聞く話だが」
いつもの、低くて艶のある声が降ってくる。見えてはいないが、男はいつものように自分の首の後ろを掻くようにしているらしい。
「驚いた。お前、そっちの人間か」
「…………」
「しかも抱く側でなく、抱かれる側がお好みだと」
「…………」
もう、穴があったら入りたかった。
なんでわざわざ、そんな言い方をする。
この男、絶対にわざとだ。わざとこんな言い方をして、こちらを羞恥の渦に巻き込もうとしているのに違いない。
アルファはもう、片手で顔を覆うようにして頭を抱えてしまった。
「済まない。馬鹿なことを言ってしまった。忘れてくれ」
「忘れろと言うなら忘れるが。それでいいのか?」
「……え」
顔を上げると、驚くほど近いところに男の顔があって、息が止まりそうになった。
鋭くて色気をはらんだ青白い男の瞳が、ひたとこちらの目を覗き込んでいる。
出会った初めのころにされたように、その指がアルファの顎にするりと掛かった。
「男に、抱かれておきたいんだろう。誰でもいいというならそれでもいいが」
そのまま、唇に親指を這わされる。そこがじん、と熱をもつ。
「俺なら、お得なほうだと思うぞ。変な後腐れはない、秘密も守る。ついでに言うなら伝染病関係もシロだ。逆はともかく挿れる側なら、さほど高価くもないはずだ。そこらの男娼と変わらんぞ」
「…………」
なにも言えずにいるうちに、顎をわずかに上げられた。
男の唇が近づいてくる。
「初めてのときは痛いとか、苦しいとか聞くだろう? だが、そんな無粋な真似はしない。あれにはちょっとしたコツがあるんだ。俺に任せておけば最初から、すぐに悦い思いをさせてやれるぞ。多少、時間はいただくが」
やめてくれ。腰にくる。
その声でそんなことを、吐息を流し込むようにして耳に囁かないでくれ。
「……俺にしておけよ。少佐殿」
男の吐息が唇にかかり、もう我慢できなくなった。
あのヒグマ男とは大違いだ。似たような台詞のはずなのに。
たまらない。もう、すぐにもどうにかして欲しい。
アルファはバーテンダー姿の彼の胸元を握り締め、瞼を閉じて唇をわずかに開いた。
それはまさに、キスをねだる顔だった。
「交渉、成立だな」
喜色のにじんだ男の声がそう聞こえたと思ったら、まるで吐息ごと飲み込むようにして、深く唇を奪われた。
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と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
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******
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