星のオーファン

るなかふぇ

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第六章 叢雲

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 そこから、ムラクモの記憶はごく曖昧になる。
 恐れおののいていたのにも関わらず、しばらくは清潔な服を着せられ滋養のあるものを食べさせられたのだったが、やがて事態は最悪の場面に変わった。

 頭にすっぽりと袋を被せられた状態で武官の何某なにがしに引きずられ、少年はとある夜、とある場所に連れて行かれた。
 被り物を取られてからも、部屋はひどく薄暗くてそこにだれが何人いるのかも判然とはしなかった。明るいものといったらムラクモのそばに立てられている背の高い灯火の明かりだけである。
 ただ鼻のよいムラクモには、その場に数多くの「高貴な」人々がひしめいていることだけは分かった。その場にはむっとするような香料や整髪料、着物に焚きしめる香の匂いが満ちていた。

「つぎなるお品にござります。当代、大変に珍しき一品。完全体の人の子にして白磁の肌と白銀の髪の色、そこに一点の血潮のごとき宝石ぎょくせきの瞳……」

 ムラクモを紹介するらしい静かな男の声がすると、ぼそぼそとあちこちから扇や袖のうちかららしい低い声が聞こえ、やがて静まった。
 どうやらこれで、自分の「主人」が決まったらしい。
 幼いながらもムラクモは、すでにその時点で多くのことを知っていた。あのあと自分があの男に連れて行かれた先で、自分と似たような境遇の子供らが何十名も飼われていたからだ。
 子らはムラクモとは違い、この惑星でよく見るような黒い髪に黒い瞳をもっていた。どの子も顔立ちは美しい。そしてみな、おびえたような目をしてだまりこくったり、おどおどと体を震わせていたりした。
 中には非常に幼い子で、ずっと泣き喚くような子供もいたが、そういうのはやがて不思議なほどに静かになった。なにかの拍子にその子を見て、ムラクモはその理由を悟った。子供は喉をつぶされていた。なにかものを言いたくとも、ただひゅうひゅうと呼気ばかりがその喉を通り抜けるだけなのだった。そうしてその沈黙のままに、涙も枯れたうつろな目をして、どこぞのお大尽に買われていった。



 

 ムラクモを買ったのは、どこか他の惑星の裕福な貴族らしかった。「らしかった」というのはその時点で、ムラクモにはなんの情報も与えられていなかったからである。見たこともないような大きな宇宙艇に乗せられて、恐らく何度か異空間航行ジャンプを繰り返し、ムラクモはとある惑星に連れていかれた。
 もちろんそこは、その貴族の邸ではなかった。こうした「玩具」を飼っておくのに、家族がいて人の出入りも多い自邸を使う者はまれである。大抵はあの母がそうであったように、遊びのための別の邸で飼うのが普通だ。
 貴族の男は初老にさしかかっているらしかったが、夜のほうは絶倫と言ってもよかった。姿はスメラギ人とはまったくちがい、こめかみのあたりから隆々とうねる角の突き出した牡牛によく似た顔をしていた。のちにムラクモは、それがバッファローという動物の形質であることを知ることになる。
 男は首や鼻が太くたくましく、その年に不相応なほどに肩の筋肉が盛り上がり、つねに鼻息荒く、見るからに精気をもてあましているように見えた。なるほど、これでは奥方や愛人がたも身がもたないのであろう。

 ともかくも。
 ムラクモはその男の凶器といってもいい性器によって、毎晩のように犯された。まだ小さな少年としての体であるムラクモのそこは、男のそれを受け入れるにはあまりにも小さくひ弱だった。
 ムラクモは悲鳴をあげ、泣き叫び、毎晩必死に許しを願い、命乞いをした。が、もちろん聞いてなどもらえなかった。むしろそれを餌にして、男から次々にけしからぬ夜の技術のあれこれを教えこまれた。
 ムラクモは男に貫かれたくない一心で、男のそれを上手くしゃぶるすべを覚えた。男の前で足をひらいて自分のすべてをさらけ出し、感じているわけもないのに感じているふりをして、「きてぇ、ご主人さまあ」と甘えた声を出すことも。

 幸か不幸か、裕福なその男はあらゆる種類の医療機器をふんだんに持っていた。ムラクモが男の暴行の果てに少々「壊れて」も、そこに放り込んでおけば次の夜にはまたすぐに使い物になる。ムラクモにしてみれば、それはいい迷惑だった。ようやく緩んだはずのその部分が、きれいに修復されてもとの小さな入り口に戻ってしまうのでは、痛みも苦しみもただ続くばかりではないか。
 しかもこの主人あるじはそういう性的な虐待のほかにも、とある困った性癖を持っていた。小さな玩具をそのからそぎ落とし、少年が悲鳴をあげて泣き叫ぶのを観察するのも、ことのほか好きだったのだ。

 使われるのはその時々でさまざまな器具であったけれども、少年の爪も皮膚も指先も、そしてもちろんその性器も、男は好き放題に剥ぎ取ったり、こそげ取ったり切り刻んだりしては楽しんだ。「なんて綺麗な目なんだろうな」と涎を垂らさんばかりにして、目をくりぬかれたことも一度や二度ではなかった。
 よくもあれで、気が狂わなかったものだと思う。
 いや、恐らくそれで、ムラクモにはとある<恩寵>が開花したのだと思われた。自己のもっとも柔らかな部分、傷つけられれば狂うしかない部分を守るため、ムラクモは無意識のうちにとある「扉」を心の中に作り出すことを覚えたのだ。

 実際、虐待された子供などが自分とは別の人格を作り上げて多重人格になるといった事例があるようだが、実質はそれと似たようなことだったのかも知れない。ともかくも、ムラクモはそれによって心を守った。そうするしか、生き残るすべがなかったから。
 現実に、それまでにもとうに人としての自我が崩壊してしまって使い物にならなくなった「玩具」については、主人はそれまであっさりと売却したり、「解体」したりしてきたらしい。ムラクモが本当に「壊れて」しまえば、末路は彼らと同じものだったに違いないのだ。

 ムラクモがこれらのことを知っているのは、この主人お抱えのとある科学者の男が、あるときそう教えてくれたからだ。男は他の仕事のかたわら、こうして「壊されて」はやってくる主人の玩具たちを「修理」し、するということも生業なりわいにしていた。
「ああ、あの子は気の毒だったねえ」と、男はムラクモの治療をしながら、その実ちっともそうは思っていない口調で言った。
「体は修復できても、心までというのはまだまだ今の科学でも難しいからねえ。なによりも本人が、もとの心に戻りたいと望んでいないのじゃあしょうがないし」

(……人でなしが)

 そんなときムラクモは、吐き気を覚えながら長身の男を見上げる。こいつだってどうせ、あのバッファロージジイの手下なのだ。自分の味方などであるはずがない。

 彼は見たところ少しばかりミミズクとしての形質を備えた、痩せぎすの中年男だった。頭の両側にぴょんと短い茶鼠ちゃねずの毛がはねていて、ちょうどミミズクの羽角のようだ。
 羽角に加えて猛禽としての不思議な奥行きを見せる瞳を持ち、ちょうどその鳥にそっくりに見えたものだった。その奇妙な瞳にまったく合わないような、小さな丸眼鏡をかけている。
 名を訊いても、男は笑って真面目には答えず、「まあ、みんな博士ハカセと呼んでいるからね。それでいいよ」と言うのみだった。

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