星のオーファン

るなかふぇ

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第六章 叢雲

3 ※※

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 ムラクモが自分の出自について知るようになったのは、そこから数ヶ月も経ってからのことだった。情報源は、例のマッドサイエンティストのミミズク男である。
 他にムラクモの身の回りの世話をするような者もいるにはいたが、みな基本的にこの主人の玩具に関わろうとはしなかった。いずれまたこの少年も、これまでの子と同じようにどこかが壊れ、あるいは主人に飽きられて去っていくだけの存在だ。ムラクモを見る彼らの瞳は、一様にそう言っていた。

 そうは言うが、このミミズク男から情報を引き出すのは並大抵のことではなかった。
 なにしろ、この変人の頭の中には自分の研究のことしかありはしない。

「スメラギ皇家? <燕の巣>? それは何だ。説明しろ」

 ちなみにムラクモは、このハカセに対しては初めから大体こんな口調である。ハカセのほうでもそれを面白がっているのか、「言い直せ」等々といわれたことは一度もなかった。
 床にも壁にも意味不明の数式らしきものが書きなぐられ、書類やら何に使うのかも分からない器具のあふれかえった研究室で、医療用カプセルの中からムラクモは男を睨んでいる。
 が、男はムラクモがどんなに睨んだところで風が吹いた程度の反応もしなかった。
「そう怖い目をするんじゃないよ。君には私が必要だ。そうだろう?」と笑って、枯れ木のような上体をゆらゆらさせるぐらいのことだ。

 男はいつもそうなのだったが、話している途中でもすぐに「うん、そうだ! そうに違いない!」とか「次はこれを試してみるとしよう、そうしよう!」と自分の世界に没入し、会話していても頭の中はどこかへとんでいくようなタイプだった。
 一旦そうなってしまうと、ムラクモの治療もそっちのけで自分の研究に没頭してしまうため、こいつと話をするときは注意して、変な単語を混ぜ込まないようにせねばならない。
 たとえば「生体と無機物の融合作用に関する応用理論」だの「遺伝情報の有機的乗算作用」だの、「ナノマシンによる人格破壊の形而上学的考察」だのいった論文の種になるような単語はひとことたりとも、発してはならないのである。

 ともかくも。ムラクモは以降、相当な苦労をして自分の置かれている状況と、こうなった原因について知ることとなった。

(『スメラギ一族』……か)

 治療が済んで、一応は自分用にとあてがわれている小さな部屋に戻り、煌々と光る半月を見上げながら、ムラクモはカチカチと爪を噛みつつ考える。

 要するに、母もまたその<燕の巣>とやらの出身者だったのだ。スメラギ皇家は代々、ミカドや皇太子の后を迎えるために「清らかな血」を求めてその機関で人を生み出しているらしい。一度に数十名が生み出され、そのうちのたった一人がミカドあるいは皇太子の后になることができる。
 そもそもわずかでも<恩寵>と呼ばれる超能力のようなものを身につけている者は除外され、勿論男子も除外される。男子を生み出す理由としては、まずその子種を取ることが第一義。つぎに、<恩寵>があるならばスメラギから他星域などへ派遣して、諜報活動などに従事させるという目的がある。

 では<恩寵>のない少年少女はどうなるか。
 それが要するに、ムラクモがここへ来る前にいた施設にいた子らなのだ。どうなるかなど、一目瞭然のことである。あの子らを売りさばくことによって、スメラギは膨大な収入を得ている。その収入によって皇家と重臣たちの華やかで自堕落な生活が支えられているというのだ。
「なにしろ、完全体のヒューマノイドの子供ほど、この宇宙で金になるものはないんだよ」とハカセは言った。「そんじょそこらの宝石なんかより、よほど珍重されている。なにしろ生身だ。宝石に夜のお相手は務まらないしね」
 そもそも子供に、そんなものが務まるか。
 吐き気をもよおしながらそう思ったが、ムラクモは黙っていた。

「だが、変じゃないか? <恩寵>があるならその『すぱい』とやらになった奴らは、なぜスメラギに反逆しない」
「おや。いいところに目をつけたじゃないか」
 ハカセは憎たらしいぐらいに肩をゆすって愉快げに笑った。
「なかなか、君は賢い子だ。その通り。ちゃんとした『保険』もなしに、スメラギが彼らを外部で使うわけはないんだ」

 奇妙なことにその時だけ、ミミズク男の背中にちょっと、木枯らしが吹いたように見えた。もっともその猛禽の目に、感情らしい感情が見えることはない。

「簡単なことさ。スメラギは、<恩寵>もちの子らに必ず、それを持たないつがいを持たせる。男なら女を。女なら男をね。そうして、できるだけ早く子を作れと迫る」
 非常に嫌な予感がして、すでにムラクモは顔をしかめていたのだが、ハカセは構わず先を続けた。
「子ができるできないは重要ではないだろうが、要するに、それがスメラギにとっての人質だ。仕事に出た先でわざとへまをやったり、ましてや相手方に内通などしたとたん、家族みんなの命はない。ちょっとしたミスぐらいなら、耳をそぐとか鼻をそぐとか、その程度で許してくれるらしいがね。まあとにかくそう言われて、みな身を粉にして働いているというわけさ」

 思ったとおりだった。
 反吐が出そうだ。ムラクモは黙りこくって、まるで相手のミミズク男がスメラギ皇家そのものででもあるかのように鋭い視線で睨み続けた。
 ちなみにそうやって諜報活動そのほかに従事するスメラギ人|《びと》は、他の人々と似たような獣としての形質を体に植えつけることが多いのだという。ハカセによれば、それは比較的簡単に行えるし、もとに戻すことも可能なのだという話だった。

「しかしまあ、君のお母上さまはちょっと特殊な例だったみたいだね。<燕の巣>から、スメラギ国内の貴族へと下げ渡された女の一人だったということなんじゃないだろうか。当然、だろうけれども」

 医療用カプセルで治療が始まってからも、ムラクモの鳩尾ではぐらぐらと言いようのない溶岩のようなものがたぎっていた。
 なんという皇家。 
 なんという貴族連中。
 それが、人々の上に立つ人間のすることか。

 あのようなか弱い子供たちの生き血を吸って、スメラギは生きながらえてきたのだ。それも皇族や貴族連中が、本来であれば不必要なほどの贅沢な暮らしをするために。

 皇家はいま、ミカドであるモトアキラのもとに皇子が三人いるはずだった。
 一番上の皇太子、ナガアキラは恐らく、自分とさほど年が違わないはずだ。その二つ下にツグアキラ。さらに二つ下に、タカアキラという子が生まれている。
 三男タカアキラについては、ムラクモがまだ母のもとにいた頃に「皇子様ご誕生」と人々が賑々にぎにぎしく寿ことほいでいたので覚えている。もちろん人の目から隠されるようにして育てられていたムラクモにとっては、どれもまったく関心の持てない相手、まさに雲の上の無関係な御方おんかたには違いなかった。
 だが、ここへきてそれは変わった。

(スメラギの、やつばらめ──)

 カプセルの中で、血の滲むほどに拳を握り締めてそう思った。

(許さん。……許さんぞ)

 絶対に、許さない。
 もしもこの先、自分がどうにか生き延びて、そいつらに会う機会があるのなら。
 必ず、息の根を止めて見せる。斯様かような吸血の一族など、この宇宙から根絶やしになってしまえばいいのだ。
 いや、あっさり殺してしまうなどは生ぬるい。
 どうせ殺すならば奴らにも、子らと同様の苦しみを味わわせてやらねばならぬ。

 自分より大きな男に犯されて、ずたずたにされ、最後は八つ裂きにされるがいい。
 自分がこんな目に遭っているのと同様に。
 それこそ体を端っこから、少しずつそぎ取られて泣き喚け。

(絶対に、許さんぞ……!)

 かみ締めた唇からも血がにじみ、カプセルの外からハカセが苦笑して、「ほらほら。治療の意味がなくなるよ」と見かねたように囁いた。

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