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第六章 叢雲
4 ※※
しおりを挟むそれから数年後。
結果的に、転機はその男によってもたらされた。
もはや何百回目かになる我が体の「修理」に来たムラクモに、ハカセは奇妙な鋭い瞳をきらきらさせながらこう言ったのだ。
「ねえ君。選ぶチャンスをあげようか」と。
そのときのムラクモは、いつにもましてひどい虐待の無残な結果を体に残されたままだった。片目を奪われ、あちこちの皮膚や爪を剥がれ、果ては左腕をばっさりと切り落とされていたのである。当然ながら、足の間も悲惨なことにされていた。
もはや虫の息になっている銀色の髪の少年を、ハカセは相変わらず一抹の憐憫もにじませない目で観察し、必要な処置を施した。そうして、ムラクモがある程度口がきけるようになるのを待ち、前述のような提案をしてきたのである。
「選ぶチャンス……? どういう意味だ」
ともかくも、ムラクモはだるい体をどうにかこうにか起き上がらせて、ミミズク男を片方だけになった目でにらみつけた。片腕については、まだ失われたままの姿である。痛みを軽減する薬を処方されているのでこうしてしゃべることも可能なのだが、そうでなければ激烈な痛みのために転げまわっているしかないほどの重傷だった。
「ちゃんと説明しろ。チャンスってどういう意味だ」
「ん? んん~。そうだねえ」
男はもったいぶるようにしてぽりぽりと自分の頬を掻いた。
「私もそろそろ、ここには飽きてきたところだし。あのご主人、金払いもいいし、ここなら素材の入手にも苦労しないしで、まあまあ気に入ってはいたんだけど」
こいつがここで言う「素材」とは、ムラクモのような「玩具」である子供たちのことを指す。特に、その体の各部分のことだ。
この男はそれらに様々な遺伝情報を組み入れてみたり、無機物との融合を図ってみたりすることをもっとも大切な自分の研究テーマにしているのだった。
「ちょ~っと今、やってみたいことができちゃってね。もちろん、実際に生きた子に施術するのははじめてだし、成功するなんて保証もないけれど。もし良かったら」と言って、男は枯れ木のような指でひょいと、ムラクモの失われている左腕の場所を指さした。
「この腕、ちょっといじらせてくれないかな」
「腕……?」
すでに切り落とされてなにもない左肩をちらりと見下ろして、ムラクモは唸った。
この男、いったい何をするつもりだ。
「報酬なんかは別に要らない。けどまあ、もしうまくいったら、頼みたいことがあるんだよね」
つまりこれは、そういう取引だということらしい。
男が続く説明を滔々と垂れ流している間、ムラクモは眉間に皺を寄せてずっと男を睨み据えていた。
◇◇◇
それから、三月ほど経った夜のこと。
ムラクモは、小高い丘の上からその豪邸が燃え盛るのを見下ろしていた。邸の中にはあのバッファロー顔の主人が、ずたずたになって今まさに焼肉になりかかっているはずだった。
ミミズクの男はいち早く脱出し、今はどこかの星系で次なる主を探している頃だろう。
(ハカセ。……約束は果たしたぞ)
ムラクモは、いま自分の左肩から生えでている奇妙な形をした刀のようなものをつうっと指先で撫でた。切れ味の良すぎるそれは、あっさりと指の腹に紅い筋をつくった。
ぷつりと浮き出してきた紅い玉をぺろりと舐めて、ムラクモは「気」を集中させる。すると、しゅるしゅると不思議なほどの速さでその刀が変形し、もとのムラクモの腕にもどっていった。腕に戻りきったところで、そこに竜がのたくったような不思議な紋様が浮き出てきた。
ムラクモは一連の手術が終わったとき、これを見て「ハカセ。余計なサインをしてくれたな」とミミズクの男に詰め寄ったのだが、男は「まあまあ、いいじゃないか。私の最高傑作なんだから」と笑って、取り合う風も見せなかった。
(……あいつ。結局、正体を明かさなかったが)
ムラクモには、ここに至ってとある確信が生まれていた。
あのハカセも、ミミズクの形質を身につけた、もとスメラギ人ではないのかと。男が言っていた通り、昔は妻子をそこに残して、あまりおおっぴらにはできない仕事に従事していたのではないのかと。
それが、どんな理由でかは分からないが、スメラギに妻子を奪われた……というのは、穿ちすぎだっただろうか。
ともかくも、今となっては確かめようもないことである。
この腕と裁量で、自分は生きぬくしかないのだ。
金を貯め、力を蓄え、必ずあのスメラギに一矢報いねばこの腹が収まらぬ。
できることならその体制を崩壊させるのもよいだろう。
(待っていろ。スメラギのやつばらめ──)
ぎらぎらと薄気味悪く光っているだろう紅い瞳を隠すため、ぐいと鷹の顔のマスクをつける。これは「ついでに餞別だよ」と言って、あのミミズク男が渡してきたものだ。
これがまた単なるマスクではなく、あの男が趣味として色々な機能を搭載したという、なかなかの優れものなのだった。
鷹の顔になった少年は、ぐいと後ろをふりむくと、もう後を見ることもなく大股にその場から去っていった。
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