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第七章 大海戦
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しおりを挟むアルファに託された任務は、案の定というべきか、あのホーガン少将が予告した通りになった。
その補給艦兼医務艦は、乗務員数百名ほどの中型宇宙戦艦、しかも一線を退いた旧型艦だった。もとは重巡洋艦だったものを、こちらの任務に合わせて少し改造したものだという話だった。
この大海戦に際して同様の補給医務艦は十隻ばかり参加する予定となっており、アルファはそのひとつの艦、このミンティア号の艦長を拝命することになったわけである。階級はそのまま、皆からは「スメラギ艦長」という名で呼ばれる立場となった。
ミミスリとザンギはといえば、やはり階級はそのままでタカアキラの側近という職分で常にそばにいる形に落ち着いている。
「こんな後方にいて、まことに海戦中の役に立つのだろうか」
いや、もちろん与えられた任務である以上、自分にできることはなるべく遺漏なく遂行するつもりではいるけれども。
ミンティアの第一艦橋で艦長の椅子に座り、目の前の星空を眺めながらなんとなしに言った独り言は、耳のいいミミスリにあっさりと聞こえていたようだった。
「無論、戦場にございますれば。くれぐれもお気を緩められませぬよう」
「わかっているよ、ミミスリ。つい口に出してしまった。心配かけていつも済まない」
苦笑して傍ら後方を見やれば、もはや見慣れた二人組が直立不動の姿勢で控えている。ミミスリが不動のまま口だけを動かした。
「いえ。差し出たことを申しました。どうかお許しを」
あのヒグマ男の一件のあと、ミミスリもザンギも以前よりもはるかにアルファの身辺警護を厳しくしたように見えた。そうでなくとも二人きりでの交代制で、まともに食事をしたりゆっくり寝たりするような暇もなかったはずなのに、である。そう考えると、ただただ申し訳ない気持ちが先に立つ。
そんなこんなでミンティアの艦長になって以降は、アルファ自身も彼らの負担になることを慮り、<隠遁>によって彼らの目を盗んで歩き回るなどは控えていた。
正直なところを言えば、アルファとしてももと居た基地よりはるかにバラエティーに富んだ様相になっている乗組員たちのことをもっと観察したかった。なにしろここの乗員には、哺乳動物型や鳥類型以外の形質を持つ兵士や医官が大勢いたからである。
特に目をひくのが軟体動物の形質を持つ者たちだ。彼らはもともとの生き物が水なくして生きられない種類だったこともあり、つねに宇宙服のようなものを着てカプセル状のヘルメットをつけ、その中を薄紫や薄緑に光る液体で満たしている。
相手の声はそのヘルメットにあるスピーカーから聞こえてくるので、慣れるまではコミュニケートに少し手間取ったものだった。
かく言う不思議な人物のひとりはいま、アルファの補佐官になっている。名をエリエンザという、中尉の女性だった。
とはいえアルファには、彼らが男性なのか女性なのかすらよくわからないことがほとんどだった。のっぺりとした細身の体形にも大した性差はないし、中にはもとの生物に雌雄の別がなかったり雌雄同体であったりするものがあって、もはや性別を云々言うこと自体が非常識にあたる場合もあるらしい。
エリエンザも厳密なことを言えばどうやらそういうことらしいのだったが、彼女は自分で「わたくしは女性です」と断固として主張しているので、こちらもそう認識しているまでのことだ。
エリエンザはいま、アルファの席のすぐ隣に立っている。その形質を持つものだけに許された液体入りのスーツを着込み、そこに中尉の襟章と肩章をつけていた。
「作戦は明日、二三〇〇より開始の予定です。艦長にはそれまで、しばしお休みいただいておりましても結構です。こちらの準備はすでに、すべて問題なく完了しておりますので」
ヘルメットスピーカーからは、いっそ妖艶と言ってもいいほど柔らかな女の声が聞こえる。まあ、ヘルメット内の液体に包まれたその顔は、ぬらぬらと七色に輝くウミウシのものだったけれども。
「そうか。乗員、補給品、医薬品等々の積み込みにも問題はなかったかい」
「はい、艦長」
「さすがの手際だね、エリエンザ」
「いえ。これが仕事でございますので」
エリエンザはこうした宇宙艦隊の中にあって、補給医務艦の操艦ではかなり腕の立つ才媛で通っている人らしい。
というよりも、このほど「おバカで遊び人と名高い皇族のおぼっちゃん少佐」を艦長に迎えるということになったもので、宇宙軍でもわざわざやり手の補佐官をつけてきた、というのが正しいのだろう。
まあユーフェイマス宇宙軍でも、これでアルファがちょっとしたミスでもしてくれたなら、うまい具合に故国へ送り返す言い訳も立つと考えなくもなかったのだろう。とは言えそのへまが原因でケガでもされてはそれこそ一大事なわけである。とまあ、ここしばらく上層部ではそんな、ああでもないこうでもないという議論やら経緯やらがあったものと思われた。
エリエンザ自身、こうして顔を合わせる以前からアルファのことを聞き知っていたらしい。慇懃ではありながらもなんとなしにその挙措にちらほらとこちらを見下したような感じがほの見えることがあるからだ。まあこれに関しては、深い事情あってのこととは言えさんざんあの基地で勝手なことをしてきたアルファの自業自得なので仕方がない。
だというのに、背後にいるお付きの二人はエリエンザの言葉や態度の端々にいちいち反応して困った。今もまた、後ろでミミスリが怖い目で「こやつ、無礼な」とばかりにこの女性士官をにらみつけているのが、アルファには見ないでもわかっていた。
むしろそのほうがよほど彼女の反感を買うだろうと思うのだが、こればかりは仕方がないのかもしれない。
アルファは敢えて何も気づいていないような笑顔をにっこりと補佐官に向けた。
「では、お言葉に甘えることにしようかな。何しろここまで、結構な長旅だったものだから」
素直にそう言って艦長席から立ちあがると、エリエンザがわずかに肩の力を抜いたようなそぶりを見せた。ほっとしたのであろう。アルファはむしろ、そんな彼女に申し訳ない気持ちになりつつ、指令室の皆に向かってにこやかな微笑を投げてから、ブリッジを後にした。
ミンティア号の艦長室入口まで、ミミスリとザンギはいつものように同道してきた。
「それにしてもあの女、無礼が過ぎる」
「まあ、そう言うな」
「殿下はけっして、斯様な愚かしい噂のごとき、無能無用な御仁ではあらせられぬというのに──」
「こらえろ。噂は一人歩きするものだ」
口の中でぶつぶつ言うミミスリを、ザンギがいつもの泰然とした口調で宥めている。
第三方面軍の基地内でもアルファのことで相当に肩身の狭い思いをさせた二人だったが、そのころはさほど感じていなかった不満の思いが、ここへきて急に彼らを苛んでいるようだった。
アルファはふと立ち止まると、ついてきている二人のほうを見返った。艦長の立場になって、今のアルファは佐官ではありながら、肩から白いマントを掛けることを許されている。本来であれば将軍職からでなければ許されない装いだ。振り向くと、その白いマントががさらりと軽い音をたてた。
二人も当然、立ち止まる。
「二人とも、本当に済まないな。私のことではいつも迷惑ばかり掛けて」
「い、いえ! とんでもないことにございます」
「お聞き苦しき私語を、こちらこそご無礼いたしました」
堅苦しく頭を下げてくる従者の二人を扉の外に残し、アルファはそのまま部屋に入った。
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