星のオーファン

るなかふぇ

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第八章 漂流

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 その夜。
 アルファはいつものように、自分の意思とは無関係に自分の主人あるじ玩具おもちゃにされていた。
 すでにかの男の性器に奉仕するなどは当たり前のことだ。秘奥ひおうにはそうした行為のための器具を突っ込まれ、前もそうしたもので厳しく戒められたまま、首には犬につけるような首輪まで嵌められている。そんな情けない姿のまま、アルファ命ぜられるままに夢中で男の性器をしゃぶっていた。

「うむ、うむ。なかなかきたようだな、お前も」
 男はベッドのふちに座り、喉奥でときどき満足げな音をたてながら、にやにやと足の間のアルファを見下ろしている。
い奴よ。良き仕上がりになれば、なるべく長く可愛がってやるゆえな」

 と、大きな手で頭をがしりと掴みこまれ、口の中にびゅるっと放出された苦くて青臭い男の体液を、アルファはこくりと飲み下した。そうして男の性器をきれいに舐め上げてきちんと後始末をする。一滴ひとしずくでも零そうものなら、恐ろしい折檻が待っている。それらの流れのすべてはもう、アルファの体のみならず、心の奥底にまでしっかりと刻み付けられていた。

「尻を出せ」
「はい、ご主人さま」

 言われるままに寝台にのぼり、四つん這いになって男に犯されるのを待つ。場合によっては寝そべった男の上に跨らされて、自分で腰を振れと命ぜられもする。
 あっというまに力を取り戻してしまう主のそれに貫かれ、くてたまらないんだと言わんばかりのとろけただらしない声を上げる。

 ……限界だ。
 もう、限界だった。
 もはやこの心は、死にかかっている。

(助けてくれ)

 もう何百回目かになるその思念で、アルファはまたかの男の名を呼んだ。

(ベータ……助けて)

 その瞬間だった。
 不意に目の前に、いや実際には自分の脳のなかに、不思議なイメージが浮かんだのだ。
 どこだかも分からない真っ暗な空間に、動けばきりきりと音をたてる、古い機械仕掛けのような両開きの扉がある。それはすでに半分閉じかけていて、あと一歩ぶんも動けばぴたりと閉ざされるほどに見えた。
 その扉がきりきりと、今もゆっくりと動いている。無論、閉じようとしているのだ。
 アルファには本能的にわかった。それが自分のまともな理性と、この耐えがたい外界とを隔てるための希望の扉なのだということが。

 が、いまだ扉には「鍵」がなかった。
 「鍵」なしに扉を閉ざしても、そこは簡単に開いてしまう。持ち主だけがわかる「鍵」を設定しなければ、この先たとえ開いてもよい場面がやってきても扉は閉ざされたままになるだけだろう。それでは扉の機能としては片手落ちだ。

(鍵……鍵。解除コードのようなものか──)

 逡巡してぼうっとそれを見つめるうちにも、扉はきらきらと輝きを放ちはじめ、主人からの「鍵」の付与を待つ様子だった。

(いったい、何にすればいいんだ──)

 蜥蜴の男に激しく好き勝手に犯されながら、アルファは必死に自分の思考をまとめようとした。
 この先運よく助かったとして、どんな場面であったらアルファとしての、いや「タカアキラ」としての自我を復活させても良いだろうか。単にここから解放されたというだけの中途半端な場面でそうなるのはかえって危ない。だとすると、キーワードになるべきはやはり、あのベータやマサトビにまつわる何かであるべきだろう。

(マサトビ……ベータ)

 彼の名を思い浮かべた途端、アルファの頭の中にはあの男のこれまでに見たいろいろな表情が走馬灯のように駆け巡った。

 すらりとした立ち姿。
 男としての色気を孕んだ野性味のある顔立ち。
 時折り、片眉をはねあげて皮肉げに浮かべる笑顔。
 子供たちに向けられた、不思議なほどに優しいまなざし。
 蒼く鋭い、その瞳。

(ベータ……!)

 会いたい。
 決して「無事」とは言えないまでも、どうにか生きて、ふたたび君に。
 あの時、あんな形ではあったけれど、無理にも抱いてもらえて良かった。次に君に会う時にはもう、自分はすっかりけがされきった心と体になり下がっていることだろう。だからせめてもその前に、君に抱いてもらえて良かった。

(ベータ。……ベータ)

 本当はそんなこと、望むべきではなかったのだが。
 そんな「鍵」を設定して、もしもそんな事態が永久に起こらなかったらどうするつもりか。
 いや、本当にそんなこと、起こるはずがなかったのに。
 あのスメラギの皇子である「タカアキラ」に、かの男がそんな言葉をくれるはずがないのだから。

 しかし。
 そのときアルファの本能は、遂に理性を凌駕した。
 心の奥底からその望みが叫びだすのを、どうしても止めることができなかった。

(彼が……ベータが)

 もし彼が。あの男が。
 それでも、そんな体になった自分にでも、そんな言葉を囁いてくれたなら。
 あのスメラギの皇子である自分をそうだと知っても、そう囁いてくれるなら。

 そうしたらきっと、
 自分はまた、
 どうにかこうにか生きていけるような気がしたのだ。

 穢れきった体を引きずっても、あの子らを救うために、
 なんとかどぶ泥の底から立ち上がれるのではないだろうかと。
 そう思ってしまったのだ。


──『愛してる、タカアキラ』と。


 そう。
 そのたったひと言でいいのだ。
 今ではもはやただ懐かしい、自分が本当に大好きだった、
 彼のあの、深くて低い、いい声で。

 ……お願い。
 お願いだ。

 いつか、どうか。
 どうか私に、囁いて。

 その言葉を、囁いてくれ。

 嘘だっていい。
 何かの冗談だっていいんだ。

 自分を犯し続けている背後の男とは関わりなく、その時ぽろりと、頬を滑り落ちていく雫があった。

 ……それが最後だった。

 アルファは静かに、微笑んだ。

 そうして自分の心のその「扉」に、
 しっかりとその「錠」をおろした。

 

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