星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 黒髪の皇子

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 案の定と言うべきか、アルファがベータを連れていったのは、二色に塗り分けられたように見えるくだんの美しい惑星だった。アルファ自身の言によれば、そこは「オッドアイ」という名なのだそうだ。
 その惑星を目にしてもさほど驚く様子を見せないベータを見ても、彼も不審そうなそぶりは見せなかった。そうだろうとは思っていたが、アルファだってベータがここに至るまでに彼の背後関係を調べつくしたことは勘づいていたのだろう。
 だからベータもその訪問を通じてずっと、「何か問題でも?」と言わんばかりのしれっとした顔を貫きとおした。





 オッドアイに着陸し、駆け寄ってきた子供たちをひと目みて、ベータは以前の自分の予感が間違っていなかったことを確信した。そして心から安堵した。
 子供たちは一点の曇りもない瞳をして、さも会えてうれしいと言わんばかりに先を争ってアルファの体に飛びついてきていた。

 本来、少しでもそいつから怪しからぬ真似をされていれば、子供たちの態度はもっとおかしくなるはずだ。もちろん、巧妙に自分の戸惑いやら悩みやらを隠しおおせてしまう子供もいるだろうが、これだけ幼い子供たちが大勢いて誰一人、アルファを変な目で見ていたり、遠くから冷ややかに眺めているような子がいない。それらはすべて、ベータがこれまでに調べたことの裏付けとなるものだった。
 子供たちからの質問攻めに困ったように答える彼の横顔は、ベータですら思わずはっとするほど美しかった。子供たちを見る彼の目の中には、濁ったものなど一点もありはしなかった。

(……悪かったな、皇子さま)

 彼は決して、子らを慰み者になどしていないのだ。まことに、真摯に、かれらを救わんとしてくれていたのだ。
 私財をなげうったばかりでなしに、彼はこれら一連のことを行ったために懲罰の一環としてスメラギから一時的に外へ出され、彼らの面倒を見るために軍人以外の仕事もしてきた。そうして今も、そのために皇子としての評判のみならずユーフェイマスの少佐としてのそれが落ちることをも顧みないで活動している。
 それには正直、頭がさがった。
 自分が彼の立場であったら、見ず知らずのこんな子供らのため、そこまでのことをしただろうか。はっきり言って自信がなかった。

 実際、いまの仕事が軌道に乗ってある程度の蓄えができた時点で、ベータにも何人かの子らを救う手段がなかったわけではない。しかし、本当の<燕の巣>出身者ではないとは言え「飼い主」を惨殺して逃げたもとスメラギ人の少年のことを、いまだにかの政府は探している。その情報を掴んでいたため、ベータ自身はうかつにあの星には近づけなかったのだ。
 あれからも<燕の巣>からは数百人もの子供たちが生み出され、あちこちへと売られていったはずだった。そのたびに、ベータがぎりぎりとほぞを嚙む思いでいたのは事実である。

 そうやって間に合わなかった子らのことを思えば胸が詰まった。しかし、今回の子らはそんな苦界におとされずに済んだのだ。それもこの、優しく清らかな皇子の存在があったればこそ。
 それを知ることはベータにとって、予想していた以上に心の浮き立つことだった。これまで生きてきた中で、こんなに気恥ずかしくなるぐらい温かくてやわらかな感情を覚えたことがないほどに。

 その時、ベータは初めて知った。
 それが「嬉しい」という気持ちなのだということを。
 そうして、心ひそかに思ったのだ。

「俺は、こいつの初めての男なんだ」と。

 そう思ってしまってから、ベータは自分の中に勝手に湧き上がってきたその言葉にひどく戸惑った。
 何やら体じゅうがむず痒くなるほどに気恥ずかしく、誰も見ていなければそこいらを走り回りたくなるほどにいたたまれなくなって正直、参った。
 だというのに、それは間違いなく誇らしく、また「嬉しい」という感情にも直結していた。

 優しい笑顔で子供たちと何やら他愛のないやりとりをしている皇子の横顔を盗み見て、ベータはこっそりと考えていた。

「こいつは、俺のものなんだぞ」と。

 まあそこまでのことではなくとも、少なくとも自分は彼を初めて抱いた男には違いない。それがすなわち「俺のもの」なんていう状態に直結しないことなど百も承知だ。だがそれでも、その時ベータはそう思わずにはいられなかった。
 もしも本人にそう言えば、きっと嫌そうな目で睨まれるだけだったろう。「あの夜のことは飽くまでも、金銭かねを介した関係だろう」と、冷たく言い放たれるだけだったに違いない。
 が、思うだけなら自由のはずだ。

 俺の、俺だけの皇子さま。
 優しくて世間知らずで、つっぱってはいても実は可愛い、
 俺だけの皇子さまだと。

 周囲の子供らの目がある以上そうすることはできなかったが、そうでなければベータは思わず、アルファを力いっぱい抱きしめていたかもしれなかった。実際は周りじゅうを子らに取り囲まれていたわけなので、そんなことはしなかったのだけれども。

 服の裾やら袖やらに子供らをすずなりにして前を歩いていく皇子の背中を、ベータは苦笑しながら見つめ、ちょっと肩を竦めた。
 そうしてそのあとから、ゆっくりとついて歩いて行った。





 その時は結局、アルファの口からはっきりとその子らの事情について語られることはなかった。彼はひと言「これは自分の責任だから」と言ったのみで、最後まで詳しい経緯を語ることをしなかったから。
 ほどなく、皇子はかの大海戦に補給医務艦の艦長として出陣していった。何もなければせいぜい二か月ほどの拘束期間で済むはずだという話だったが、実際、それははるかに長い期間になった。

 ベータが彼に触れたのは、あの惑星オッドアイの桜の下で半ば強引にその唇を奪ったのが最後になった。
 「お前の代わりに子らの面倒を見ることの対価だ」とかなんとかと小理屈をつけはしたものの、その理由はもっとずっと単純で、馬鹿馬鹿しいほど子供じみたものだった。
 月明かりに照らされて闇をほのかに染める花の下で、かの皇子は幻想的なほどに美しかった。その唇に触れずに別れることが、無性にベータは嫌だった。理由はただ、それだけだった。
 無論ベータがそれを認められるようになるのは、そこから何か月も後のことになるのだけれども。

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