105 / 191
第一章 黒髪の皇子
8
しおりを挟むしかし。
そんな見通しは甘すぎた。
それから半年、つまりあの大海戦から一年あまりが過ぎ去っても、アルファの行方は杳として知れなかった。
ベータはその後、己のあらゆる情報網を駆使してわずかな噂でもないものかと愛機「ミーナ」を駆り、宇宙の隅々まで飛び回った。だが、いくらかの誤った情報をつかまされたのみで、彼らしい青年の噂もその「体の一部」の情報すらも、ちらとも入ってはこなかった。
オッドアイの小さな子らにももう誤魔化すことは無理になり、ある日とうとう、ベータはマサトビとともに彼らの住処を訪れて事実を話すことにした。
「う、……うそでしょ? アレックスが……?」
十分に予想の範囲内ではあったけれども、呆然とする幼い子らの顔を見るのは、ベータにとってもやはり胸の締めつけられる経験だった。
いつもの食堂で暗い面持ちで言葉をつむぐ大人たちを、小さな子らは互いに身を寄せあうようにしながら怖々と見つめていた。が、語られたことが次第に理解できてくるにしたがって、何人かがひくひくと肩を震わせ始めた。そのうちに中ぐらいの年の子たちがべそをかきはじめると、ここまで話の内容がよくわかっていなかったらしい幼い子供たちが遂に火がついたように泣きだした。
そうなるともう、ダメだった。場に集まった子供らにその悲しみはあっというまに伝播して、必死に我慢していたらしい大きな子まで大粒の涙をこぼしはじめた。
ふと隣に座っていたマサトビを見れば、この男までこらえ切れずに直衣の袖を濡らしていた。
「も、……申し訳も、ござりませぬ。わたくしの力及ばず……」
マサトビ自身は宮中にあってその職分が<恩寵博士>という特殊なものであり、政治に直接口出しのできる立場ではない。とはいえ、以前にアルファ、つまり第三皇子タカアキラとミカドであるモトアキラとが手を結んだとき、彼はいわばミカド側についた人なのだ。
かつてはそこまでのことは出来なかったようなのだが、この頃では少し位も上がり、時にはミカドのお傍に侍ることも許される立場にあるらしい。それゆえここしばらくは、マサトビも宮中におけるタカアキラの扱いについてモトアキラから詳しく話を聞いていたのだ。
それによると、大海戦からちょうど一年後の評定の場で、ナガアキラはタカアキラの捜索を打ち切ることを決めてしまったのだという。ミカドたるモトアキラが「いや、それは是非とも続けてほしい」と必死に食い下がったのだったが、「いえ、父上。これ以上は臣らの負担が大きゅうなりすぎまするゆえ」とその長兄から冷ややかにつっぱねられたというのである。
「ミカドも、まことお心を痛めておいでにござりまする。ひどくお力落としもなさって、このところはお食事も喉を通られぬご様子。無理もないことにござりましょう。ミカドはタカアキラ殿下をまことに愛しておいででしたゆえ。わたくしが、もう少し自由の利く身でありますれば……」
彼の口からは周囲の子らに聞かせるには相当に憚りのある表現まで飛び出して、ベータは内心冷や冷やした。だが、子らは子らでもう自分たちの悲しみで手一杯で、マサトビの言などほとんど聞いてはいなかった。
小さな子はもう手放しでわんわん泣いているし、それを宥めようとする年嵩の子らでさえ涙をこぼして必死に嗚咽をこらえている。やがて皆の視線は、自然とベータに集まってきた。
「さがしてよ……」
だれかがぽろりとそう言ったのを機に、皆はわっとベータのもとに駆け寄ってきた。
「さがして。さがしてよう……ブラッド」
「アレックスを探して。お願いだよ……!」
「これであきらめたりしないよね?」
「だって、アレックスは生きてるよ」
「ぜったい、ぜったい生きてるもん……!」
「まだ、探してくれるんでしょう? ねえ、そうでしょう? ブラッドったら……!」
それぞれにシャツの裾だの袖だのにとりついて、ぐいぐい押したりひっぱったりされながらベータは甲高い泣き声の嵐に囲まれる羽目になった。
驚いたことに、なんとあのマサトビまでが「お願い申しまする、お願い申しまする」と言って子供らに混ざり、ただひとり床に頭をこすりつけるようにして男泣きに泣いていた。
これにはさすがのベータも参った。
正直、本気で眼前が暗くなった。
(……勘弁してくれ)
無論、ベータとてまだ諦めるつもりはなかった。
ここまで調べても確かな情報のひとつも出てこないことが、逆に今ではベータにひとつの希望を抱かせていた。つまり、アルファ生存の希望をだ。
ここまで情報が出ないということは、本当にアルファがどこかで死んでいた場合を除き、どこかでだれかが情報操作をしている可能性が高い。だとすれば、そいつのもとにアルファが囚われていると考えるのが妥当なのではないか。
そして、自分の情報網にすら引っかからないほどそれをやりおおせることが出来る者など、この宇宙でも限られてくる。ベータは次に、かの皇子に関する情報収集をそちら方面から攻めてみるつもりでいたのだ。
だからベータはそのことを分かりやすく説明し、皆に向かって敢えて明るい笑顔を作って言った。
「心配するな。希望を捨てるのはまだ早い」
「ほ、ほんとう?」
「まことですか、ブラッド殿……!」
しかし、こんな風に子供らばかりでなくいい年をした男であるマサトビからまで懇願されると、なにやら身の置きどころというものがなかった。
これまで生きてきて、ここまで真摯に心の底から何かを「お願い」されたことのない自分だ。それも無理のない話だった。これまで自分に何かを頼んだ人間は、金を対価にそれを命じる立場にある者ばかりだったのだから。
いま子供らから押し寄せてくる懇願の熱量は、その比ではなかった。
そうしてやはり思うのは、かの青年のことだった。
(バカ野郎。……これで死んでいたら許さんぞ)
お前には、これほど待っていてくれる人々がいるのではないか。
そんなにも簡単に命を投げ出すなど、許されん。
何があっても、どんな目に遭おうとも、生きていろ。
俺がそこに行くまでは、どんなことをしても生き抜いていろ。
(必ず、見つけ出す。だから──)
俺の皇子。
清くて優しくて世間知らずで、
ちょっと生意気なところはあるが、
実は泣き虫な可愛い皇子。
(俺に無断で死ぬなど許さん。決して、決して許さんぞ……!)
そしてひそかに、心の中で硬く拳を握った。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる