星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 焦燥

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 結局、ベータはじりじりしながらも、アルファを救い出すための下準備のため、そこからさらに数か月を要した。
 ターゲットはあのゴブサムだ。
 まずはそいつが先般の大海戦で拾った宝物の皇子様をどこに隠し持っているかを見定めねばならなかった。その上で、ベータはありとあらゆる伝手つてを使ってゴブサムの裏の仕事を自分に回して貰えるよう、事前に手はずを整えた。
 無論のこと、奴の本拠地に事前に何度も潜り込み、この左腕の細工を使ってゴブサムの部下たちに仕込まれたナノマシンに細工をすることも忘れなかった。その際はもちろん、そのたびごとに違った顔のマスクをつけた。





 とある人物からの奇妙な接触があったのは、その頃のことだった。
 そいつはベータの知り合いである情報屋の一人を通じて、向こうから接触を求めてきた。情報屋の男の言によれば、相手は「『ハカセ』と言ってくれれば分かるさ」とのたまったらしい。

(ハカセだと……? まさか──)

 すでにあまりにも記憶の彼方へと追いやっていたため、記憶の中の男の顔はすでに朧気おぼろげになっていた。それでもぼんやりとかのミミズク顔をした痩せぎす男の姿を脳裏に描き、ベータは首を傾げた。
 その男とはあれ以来、一度も会ってはいなかった。
 男はかつてバッファロー顔の男に飼われていた少年ベータの片腕を今のような状態に改造し、その牢獄から逃げるためのちょっとした手伝いをしてくれた人物だった。
 ベータが改造された左腕を使ってバッファロー男を殺害し、様々な痕跡を消して逃げることがそれらに対する対価だった。男はそのとき、素晴らしい性能を持つマスクとともに「当面は必要だろうから」と言って、バッファロー男の持ち物の中から足のつきにくい雑多な宝石のたぐいをくすね、当時まだ少年だったベータに渡してくれた。
 少年ベータはそれを元手にその惑星から逃れ、その後、生きていくための礎にしたのである。そういうわけで、あまり真正面から言いたくはないのだったが、一応彼はベータの「命の恩人」と言ってもいい人物ではある。

 さて。
 例の鷹顔のマスクをかぶり、十分に用心しつつも約束の場所に向かったベータの前に、その男は昔のままのひょろっとした奇妙なシルエットで現れた。待ち合わせ場所は、とある場末のバーだった。
 あれからすでに十年以上が過ぎ去ったはずだったが、男は大して風貌も変わっていなかった。白衣姿でこそなかったものの、相変わらずの不思議にとぼけたミミズク顔だ。そのときは黒いスーツ姿だったが、そんなものを着ているために、長身で痩せた体が余計に際立って滑稽に見えた。

「やあ、ひさしぶりだね」

 猛禽に特有の金色のまなこは、相変わらず底の知れない鋭さを秘めている。それをきらきらさせてそう言いながらも、男の口ぶりはそんなこと、毛ほども思っていなさげだった。なにやらまるで、昨日も会っていたかのような気軽さだ。
 「相変わらずだな」とベータは思う。こいつは相変わらずの変人、いや「変ミミズク」のマッドサイエンティストのままらしい。ベータは少し目を細め、ちょっと肩をすくめて挨拶に応じた。

の具合はどうかな。返すがえすも、は私の人生における傑作のひとつ──もはや芸術品だったと自負しているんだけど」
 ベータは無言のまま自分の左腕に視線を落とした。
 何も言っていないにも関わらず、ハカセがすっとその目を細めた。
「役に立っているようでなによりだ」
 その風情は憎たらしいほどに自然なものだ。
「アフターケアなんかはできなかったが、どうにかうまく使えているようだね。安心したよ」
「大きなお世話だ。要件はなんだ」
 ベータが切り返すと、ハカセはちょっと肩を竦めて、すぐに「場所を変えよう」と言い出した。
「ちょっと、会わせたい人がいるんだよ」と、意味深かつ笑みを含んだ声音で言う。
 ベータは眉間に皺を立てた。

「いきなり何を言ってるんだ。そんな言い草でほいほいついていくほど、俺がお人よしに見えるのか」
 唸るようにそう言ったら、ハカセは相変わらずの乾いた声でけたけた笑った。
「ま、そう言われるとは思ったよ。でもまあ、ちょっと聞いてくれないかな。聞けば気が変わると思うんだよね」

 そう言って、ハカセは恐らく個人的に一ミリも興味のないだろうバーボンなどをバーテンダーに注文し、その話を始めたのだった。実のところ、なんとこの男、下戸なのである。
 普段飲むのは圧倒的にコーヒーが多く、それについては彼なりのかなりのこだわりまであるようだ。実は幼い頃、ベータは彼の研究室でこの男の好む飲み物を見よう見まねで淹れることがよくあった。その時は、単純に面白半分でしたことだ。それが今では店で客に出せるまでの腕になっているわけだから、なんでもやっておいて無駄にはならないものである。


 結果から言えば、ベータはハカセにいざなわれてその人物に会うことになった。その夜から数日後の話である。
 なんでも相手は、あの大海戦の生き残りなのであるらしい。その人物はハカセによって、すでに待ち合わせ場所のバーの奥の個室に来ているという話だった。

 ハカセについて薄暗い中間照明でまとめられたその部屋に入ったベータは、比較的狭い個室の奥の椅子に座っている黒山のような人物を見て一瞬だけ身構えた。
 テーブルの向こう側にいる男は、非常な巨躯をしていた。その顔は鷲のもので、炯々けいけいと光る両眼もまぎれもない猛禽のそれである。黒い革ジャン姿の男は、顔からは判断がつきにくかったがすでに三十代には入っているようだった。態度や物腰にそれだけの落ち着きがあったのだ。

 一瞬にしてそれだけのことを見て取って、ベータはハカセに勧められ、鷲の男に対面する位置に座った。ハカセは男の隣に陣取る。
 ベータはいつもの鷹のマスクをしていたので、注文を取りに来るボーイなどからはまさに、鷹と鷲、ミミズクと、猛禽類の形質を持つ三人の男が一堂に会したように見えたのに違いなかった。

 注文の品を運んできてボーイが無表情に姿を消すと、巨躯の男は座ったまま威儀を正し、すっと背筋の伸びた一礼をよこしてこう言った。

「<鷹>どのとお見受け致します。このたびは斯様かような場所までご足労くださり、ありがとう存じます」

 それはその体躯にふさわしい、低く落ち着いた声だった。鋲の打たれた少し派手めな革ジャンといったいで立ちだけを見ればそこいらのゴロツキと見えなくもないのだったが、ベータには一見してすぐに分かった。彼が軍属か、あるいはそれなりの身分の誰かにつくような武官であるのだろうことが。
 挨拶には特に答えず無言で鋭く見つめ返すだけのベータを見て、男はすぐに言葉を継いだ。

「はじめてお目にかかります。ザンギと申します」

 ベータは男には返事をせず、「説明しろ」と言わんばかりにはす向かいのハカセを睨んだ。が、返事をしたのは鷲の男のほうだった。

「あの大海戦の折、タカアキラ殿下のお傍にお仕え申しておりました者のひとりにございます。以後どうぞ、お見知りおきを」

(なん、だと……?)

 そのひと言は、まさにベータの脳天を直撃した。

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