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第二章 焦燥
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しおりを挟むユーフェイマス宇宙軍において「タカアキラ殿下」つまりはアルファの側近だったと言うその巨躯の男は、その後淡々とあの大海戦前後のことをベータに語って聞かせてくれた。
皇子が出陣するまでの状況や、それに至った経緯。補給医務艦ミンティア内での顛末。ミミスリという灰色狼の顔をした男の話。そして、あの大海戦での突発的な被弾と、彼とはぐれるに至った状況。
その場に居た者だけが知りうる情報を多く含んだその話で、ベータは概ね男の身分についての疑いを払拭することができた。
話の最後、鷲顔の男はベータに対して深々と頭を下げた。
「まことに、申し訳なきことにございました。自分が傍におりながら、最後まで殿下をお守りすることもできず──」
それを見て、ベータは何やら尻のあたりがこそばゆくなった。
「ちょっと待て。なんであんたが俺に謝ってるんだ」
「は……いえ。そちらもあの後、殿下をずっとお探しくださっていたとお聞きしていたものですから」
男の視線は、そう言いながらも自分の隣に座るハカセのほうを向いている。
「どういうことだ」
唸るように言ってミミズク男を見やれば、男は相変わらず飄々とした様子で「いや、たまたまだよ、たまたま」と言い、ひょいと肩を竦め、顔の前でひらひらと手を振って見せた。
「あの海戦のあと、私もちょっとあの宙域をうろついていたりしたものだから。まあ、おもに個人的な理由でね。双方の軍隊の救護艦と、民間の捜索艇が出ているのは知っていたが、私も『ちょっとしたもの』が拾えたらラッキーだなと思って」
「あんたなあ……」
ベータは思わずため息をつく。その「ちょっとしたもの」とは要するに、持ち主の体を離れてしまった体の一部だとかなんだとかいう、とにかくあまりおおっぴらには言えないようなシロモノだろうと思われた。
ミミズク顔の博士はひどく楽しげに肩をゆらして隣の巨躯の男を見た。
「そうしたらさ、拾っちゃったんだよね、この人を。ただまあ、この人は体の一部は失っていたものの、治療すれば生き返る可能性のある状態だったわけだけど」
「はい。その節は大変お世話になりました」
彼の体躯からすれば相当に小さな椅子のうえで、鷲顔の男はまた窮屈そうに頭を下げた。
「しかし、あんた──」
ベータはつい、相手の男をじろじろと上から下まで吟味するような目で眺め渡した。見たところ、今の男は一応五体満足に見えた。
「宇宙空間に放り出されて、しかも片腕を失くしたんだろう。よく無事でいられたな」
「はい、そこは──」
鷲の男はやっぱり淡々と説明した。
最後の瞬間、タカアキラを抱いていたこの腕は飛んできたもと戦艦の外郭らしき破片で切断されてしまったようである。普通であればその瞬間に宇宙服内の気圧が激変し、生命維持が不可能になるほどの事態だった。
「しかし、自分には幸いにしてスメラギ人としての<恩寵>がございましたゆえ」
スメラギ人の習慣としてその恩寵のなんたるかについては詳しく説明しなかったが、ともかくもザンギはそれで九死に一生を得たのだという。この男は残されていたごくわずかの時間に宇宙服と自分の血管等々を修復し、自分の体から血液そのほかが流れ出ることを阻止した。
しかし、彼にとっての痛恨事ではあったのだが、そうこうするうちに肝心のタカアキラ殿下の姿を見失うことになってしまった。周囲を必死に見回したけれども、どうしてもタカアキラの姿を見つけることは叶わなかった。
ザンギ自身もすでに大量に出血しており、とてもそれ以上彼を探し出せるような状態ではなかった。それでやむなく敢えて仮死状態になることにし、そのまま救助を待つことにしたのだと。
「ふん。で、よりにもよってこのマッドサイエンティストのおっさんにとっ捕まったと。アンラッキーだったな。気の毒に」
「いえ、左様なことは」
ザンギは相変わらず淡々としていたが、微妙にその声音が棒読みになったことにベータは気づいていた。そして、何やらふと嫌な予感がした。
「そうだとも、人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ」
当のマッドサイエンティストはと言うと、そんな調子で相変わらず楽しそうに会話に割って入ってきた。
「せっかく君のお仲間をひとり増やしてあげたと言うのに」
「『お仲間』? どういう意味だ」
怪訝な顔になったベータを前に、目の前の二人の男は一瞬目を見かわした。やがて軽くザンギがハカセに頷き、こちらを向いていきなり革ジャンを脱ぎ始めた。
「おい。何を──」と言いかけてベータは口を閉ざした。
ザンギのジャケットの下から現れた腕に、目が吸い寄せられていた。下に着ていた黒い長袖Tシャツの右袖を、ザンギが無造作にまくり上げたのだ。
太くたくましいその右腕には、ベータの左腕にあるのと同じ、あの竜がのたくったような、奇妙な赤い印が刻まれていた。
◇
「殿下奪還の折にはぜひ、自分にも手伝わせてくださいませ」というザンギの強い希望もあって、ベータは結局、彼とともにアルファを救出することになった。
ザンギは現在、ユーフェイマス宇宙軍、スメラギ皇国双方には死んだものとして扱われているという。しかしこうして生き残り、あの大海戦時のタカアキラにまつわる顛末に大いなる疑問を抱くに至って、個人的にタカアキラ救出のために動きたいと願い、故郷に戻ることはしなかったというのだった。
スメラギに残してきている妻子については心配していないわけではなかったが、自分が死んだことになっているうちは、とりあえずその命を奪われる心配はなかろうとの判断だった。
とはいえザンギは「とてものこと、今の自分は殿下の前に姿などお見せできませぬ」と最後まで頑なに言い続け、ゴブサムのあの宇宙船に乗り込んではいたものの、アルファに顔を見せることは固辞した。
彼は基本的に船内の細工の多くの部分で大いに力を発揮した。別に不可能だったわけではないが、ベータ一人だけではかなり難しかった部分でもあったので、これは正直助かった。
単に軍属だったというだけでなく、ザンギは元スメラギお抱えの諜報部員、つまりその道のプロだった。つまり、こういう仕事にはうってつけの人物でもあったのである。
ザンギの手助けもあって、その後の計画は比較的スピーディーに進められた。
兎にも角にもそこから一か月ほどの後には、ベータは鷹のマスクをつけ、バーテンダー姿であのゴブサムの前に立つことになったのである。
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