114 / 191
第一章 スメラギの少女
2
しおりを挟む一日の仕事がやっと終わって帰るころには、スズナの足はほとんど棒のようになっている。もう瞼も開けていられないほどに眠たいのだが、それでもその足を引きずるようにして、もらったわずかな賃金を手に母と一緒に家に帰る。
家は村人の集落からは少し離れた山の中だ。その中の細い道を、母と手をつないでゆっくりと帰る。
家といっても、それはどこからどう見ても掘っ建て小屋と言ったほうがいいようなあばら家だ。薄い板壁で囲まれただけの、六畳一間が家のすべてである。
その板壁だってあっちこっちに隙間があり、冬場などは隙間風がひどい。寒くて寒くてやりきれないので、そんな冷えこむ夜は、スズナ一家は三人でひとつの布団でくっつきあって眠るのだ。
布団といったって、ろくに綿も入っていないような薄いものだし、土間のような地面に直接敷き藁をしてその上に寝るだけだ。部屋の中央に小さな竃はつくってあるけれど、そこで火を焚いていても寒さはなかなかしのげない。
母とスズナが働きに出ている間、父はいつもその小さな部屋の隅にそんな粗末な床を敷いて横になっている。ひとりでは、どうにか這って厠に行くぐらいがせいぜいだ。
父の足と左半身はほとんど使い物にならなくなっている。かつて足の速さではだれにも負けなかったというその凛々しかったはずの面影は、今はもう父の中のどこにもない。
床にいてもできる仕事はないかというので、父は文字の読み書きができるため、ときどき注文があったときにはここで手紙の代書などをしている。とはいえ、そんなに注文は多くない。注文は母を通じてしか行えないからだ。
というのも、父自身があまり人前に出られない姿をしているからだった。
最初、父を見たときは不思議に思った。
父の顔は、母や自分や周囲の人々とはまったく違っていたからだ。
父の顔はどう見ても、そこいらをうろついている犬と呼ばれる生き物にそっくりだった。いや、母に言わせると、それは犬ではなくて「ハイイロオオカミ」という生き物だという話だったけれど。
とはいえ母によると、父ももともとはスズナと同じ人の顔を持っていたのだという。母と結婚したときには、父も母と同様、気高く美しい人で、それは凛々しい青年の姿をしていたというのだ。その後、正式にスメラギにお仕えすることになり、そのままの姿では不都合があるのだとかで難しい手術かなにかを受け、今の姿になったらしい。
父が勤めていたスメラギ皇家からは、父がそのままの姿であまり外出等をしないようにとの厳しい通達が来ているらしかった。別にそう言われなくとも、父はそうしなかったに違いない。何しろ周りには、父のような顔をした人がだれ一人いないのだ。
父がそのままの姿で外に出れば、特にこんな辺境の田舎ではどんな仕打ちを受けることになるかわからなかった。下手をすれば「怨霊」だの「悪い神の使い」だなどと決めつけられて、周囲の村人から私刑に処される可能性まであった。ましてや今の父は、じゅうぶんに体も動かない身なのである。
だが、スズナはそんな風になってしまった父を決して嫌いにはなれなかった。
父はその狼としての赤褐色の瞳をいつも悲し気な色に染めて、大きくてふさふさした耳を垂れ、家族に向かって「すまないな」と言葉少なに言うのだった。だが、母もスズナも「そんなの気にしちゃだめよ」と言って父を笑って励ました。
父は、とてもやさしかった。
はじめのうちこそ、その狼の顔にびっくりして泣き出してしまったスズナだったが、今ではそんな父が大好きだった。ふさふさと毛の生えた父の顔も腕も、スズナには温かくて優しいものにしか思えなかった。父は寒い夜にはそのふさふさした狼の尻尾でスズナとキキョウを包み、ふたりの体を温めてもくれた。
父は低くて男らしい、でも優しい声をしていて、家にいるときにはスズナにいろいろな面白い話をしてくれた。父は宇宙に出て働いていたので、大きな宇宙船がどんなものかとか、ほかの惑星に住む人たちがどんな様子かなどを、スズナがまるでその景色を目の前に見るようにして想像できるぐらい、詳しく教えてくれたのだ。
そんな話を聞くとワクワクした。疲れきって、明日の仕事のために早く寝なければいけないとわかっていても「それで、それで?」と次の話をおねだりして、スズナはついつい夜更かしをしてしまうのだった。
ある時、スズナはこの国の皇子様のことを父から聞いた。
この国には、三人の皇子様がいるのだそうだ。
皇太子、ナガアキラ様。
二人目の皇子、ツグアキラ様。
そして三人目の皇子、タカアキラ様。
タカアキラ様のことに話が及んだとき、父はそれまでで一等悲しそうな目になった。深くて優しい父の声は掠れて、今にも嗚咽になりそうなのをこらえているようにも聞こえた。
「殿下は、お優しい……とても、お優しいかただった。お姿が大変お美しいばかりではない。何よりそのお心がとてもとても清らかで……本当に、素晴らしいお方だった──」
そう言うのがもうやっとで、「すまない」と言ったあと、父は寂しげに笑って「もう寝ようか」と言ったのだった。
スズナには、そこにある父の思いの何たるかはほとんどわからなかった。わからなかったけれど何かしら、父が以前、その尊いお方と何かしらの関係があったのではないかと思った。
……だから。
それは、運命だったのだ。
自分たちのところに、その皇子様がやってくることは。
こんなみすぼらしいことになってしまった自分たち一家のことを、きっとその皇子様はお見捨てにはならないはず。
あの優しくて忠義ものの父を、お見捨てになったりはしないはずなのだ。
(だって、そんなにお優しい方なんだもの)
そうしてほどなく、
スズナの予感のようなものは、
ほんとうに現実のものになったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる