星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 スメラギの少女

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《……スズナさん。スズナさん》

 その日、いつものように頭の上に煉瓦を乗せてほかの子供たちに混ざり、馬車までの道をゆっくりと歩いていたスズナは、いきなり耳元で聞こえた声に驚いた。驚きはしたけれど、肝心の煉瓦を落としては一大事だ。だからスズナは、ただ立ち止まってゆっくりと周囲を見回しただけだった。
 空耳だろうかと思ってふたたび歩き出したとき、その声はまた聞こえた。

《とつぜん驚かせてごめんなさい。どうか怖がらないでほしいんだ。それで、良かったらそのまま歩きながら、私の話を聞いてほしいんだけれど。いいだろうか》

 それはとても爽やかで、しかも優しそうな青年の声だった。
 だからスズナは、ちょっと迷ったのだったけれど、結局はこくんとうなずいて歩き続けた。

《ありがとう。少しわけがあって、今は姿を隠して君にお話ししているんだけれど、私は決して怪しい者ではないんだよ。ええっと……ちょっといま、君のお母上さまのほうを見てみてくれるかな? そうっとね》
(えっ……)

 そう思ってつい足を止めそうになったスズナだったが、すぐ後をついてきていた少年が彼女に突き当たりそうになって、怖い目で睨まれてしまった。「ごめんなさい」と小さな声で謝って、慌ててすぐに歩き出す。

《ああ、ごめんね。そうそう、そのままどうか止まらないように。このことはもう、先に君のお母上さまにもお話ししてあるんだ。そのまま少し、あっちを見てみてごらん。なるべく目立たないように。……いいかな?》

 スズナはいま母のいる賄い料理づくりのための場所を見ようとしたが、その声の忠告を守り、本当にそっと目だけでそちらをうかがった。
 賄いの食事をつくる場所は、細い丸太を立てた上に簡単な板の屋根を並べただけのものだ。そこに作った簡易のかまどで女たちが薪を燃やし、大鍋で芋や野草などを入れただけの薄い粥を作っている。
 母はそこで、例によって汚した顔とばさばさの髪の上からほっかむりをした格好で、大きなおたまで大鍋をかき回していた。だが、監督役の年かさの女の目を盗むようにして、ちらりと一瞬だけこちらを見た。

かあさま……!)

 母の顔を見た瞬間、スズナの胸はどきんとはねた。
 母の目はきらきら光って、驚きと恐れとをいっぱいに浮かべているようだった。しかし、それは確かに、大きな喜びにも満ちていた。スズナと目が合ったことに気づくと母は、さも「大丈夫よ」と言うようにそっとうなずき返してくれた。
 スズナはきゅうっと唇を噛んだ。そうして、今度は自分の胸が勝手に激しくうち鳴りはじめるのを感じた。それでもなるべく気を付けてなんでもなかったように前を向くと、歩く速度を変えずに進み続けた。
 声の主はほっとしたような声でまた言った。

《……ありがとう。君はとても賢い子だね。その年で、本当に大したものだよ。そのままで聞いてくれると嬉しいな》

 そうしてその優しい声は、その後驚くべきことをスズナに告げはじめたのだった。



◆◆◆



 声の主は結局、そのときは姿を現さなかった。
 しかし、「どうか信じてほしいんだ」と何度か言って、さらにこう言ったのだ。
「私の名はタカアキラ。以前、君のお父上さまと一緒に仕事をしていた者なんだよ」と。

(タ、……タカアキラ……? タカアキラ様?)

 少女は自分の頭の中に響いてきたその名前を何度も何度も反芻した。
 とても信じられなかった。

(まさか……そんな? ほんとうに……?)

 それはあの、父が教えてくれたこの国の第三皇子の名前だった。はっきりしたことはわからなかったけれど、父の口ぶりからするとその高貴なお方はすでにお亡くなりになっているのだと思っていた。

 少女が驚いたのは、それだけではない。
 声はこう言ったのだ。

《今夜、君のお宅にうかがいたい。できればそのまま、君たちとお父上を連れてここから逃げようと思っている》と。
《そのためには、君たち親子の協力が必要だ。どうか、今から言うことをよく聞いて、お母上さまと一緒にうまく動いてほしいんだ》と。
 そうして何度も《決してだれかに気づかれてはいけないよ》と本当に心配そうに忠告していた。

 声が言うには、自分たちのあの家の周りにはスメラギの監視の目が光っているのだという。人が常時いるわけではないが、森の木々のあちこちに「せんさあ」とかいうものがついているらしい。父は昔、皇家のなにかの秘密にかかわる仕事をしていて、怪我のために仕事のできない体になった今でもその監視下にあるのだと。
 それは母のキキョウやスズナの目には触れない仕方で家の周りに網のように張り巡らされていて、普通の人間が何もしないでそこを通れば監視者の目を逃れることはできないのだと。

《でも、大丈夫だ。幸い、私にはそれを通り抜けるすべがある》
 
 声はそう言って、どうやら涼やかに笑ったようだった。
 それはとても品がよくて、気持ちのいい笑声だった。

 「ああ。この人、ほんとうに皇子様なんだわ」と、スズナは思った。なんだかわからないけれど、とても素直にそう思ったのだ。
 こんな風に笑うひとが皇子さまでなくて、ほかの誰が皇子様だというのだろう。
 そんなバカみたいなことをぼんやりと考えた。

《何も心配は要らない。私たちについてきてくれれば、お父上の体も元通りに治療して差し上げることもできるんだ。だからどうか、スズナさん。私の願いを聞き届けてもらえないだろうか。今は見えないとは思うけれど、この通りだ》

 そう言って、声の主はこんな小娘のスズナに向かって、どうやら深く頭を下げたようだった。


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