星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 契約

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「いいんだ。……抱いて」
「いや、待て。お前──」

 ベータが体を離し、顔を覗き込んでくる。先ほどまでの怒りや苛立ちはどこへやら、今の彼はただ困ったように眉を顰めているだけだった。
 ぐいとその指先で目元を拭われてはじめて、アルファは自分が泣いていることに気が付いた。が、それには構わずに、アルファはすでに乱されている自分のシャツを自分で肩から滑り落とした。
 秋の夜風が一瞬だけ、ひやりと肌をなめて去ってゆく。

「いいから、抱いて。……このまま、ここで」
「アルファ──」

 肩と胸とが露わになり、月の光にさらされる。ベータがわずかに息をのんだようだった。緩んだネクタイはまだアルファの首に掛かっており、シャツも両肘に残ったような状態だ。
 それが彼の目にいかに煽情的に映るのかは想像の域を出ないが、こんな汚れた体でも彼になにかしらの影響を与えられるのだとしたらただ嬉しい。そのときはまったく、それぐらいのことしか考えてはいなかった。
 アルファは少し口を開いてそこから自分の舌をのぞかせ、やや首をかしげてみせた。早くこの舌を吸って欲しいと言わんばかりに。

「それで契約成立なんだろう。だったら抱いて。私をお前のものにしろ」
「…………」

 アルファはさらに、彼に見せつけるようにしながら自分でスラックスのベルトと前をくつろげた。そのままほんの少し、それらを腰からずり下ろす。明らかに彼を誘う体勢だ。
 そんな姿で、アルファは彼にさらにしがみついた。

「それで私の……役に立て」

 そのままひしと抱きついて離れなくなってしまったアルファを、ベータは困ったように両腕で抱き返してきた。自分の体の中心に、明らかに自分と同じように欲望を主張しているベータの硬い熱を感じる。
 お互いのスラックスを通してでも、それがどくんどくんといきり立つようにして脈打っているのが分かるようだった。

(……ああ。欲しい)

 はやく。
 それで。
 それで私を、何もわからないほどにめちゃくちゃにして欲しい──。

 その瞬間だけでもいい。
 何もかも忘れて、お前だけのものになってしまいたい。
 お前がだれでも、私がだれでも。
 互いの過去が、どんなものでも。
 
(今だけでいい──)

 全部、全部、忘れさせて。
 
 ………………。


 どのぐらいそうしていただろうか。
 やがてベータが耳元で深くため息をついたのが聞こえ、その手がぽんぽんとアルファの頭を軽くたたいた。まるで、子供にするように。
 そうして何事もなかったかのように、その同じ手がアルファの衣服をごく手早く整えた。

「……悪かった。ちょっと悪戯いたずらが過ぎたようだな」
「…………」

 うっかりすると喉からみっともない声が出てしまいそうで、アルファは黙ったまま男を睨んだ。
 必死に奥歯を噛みしめていた。

(……嘘をつけ)

 十分、本気だったくせに。
 ついさっきまで、手前勝手な理屈をつけて私を抱こうとしていたくせに。

(……嘘つき)

 そうだとも。
 この男はいつもいつも、嘘ばかりついている。
 考えてみれば今までのあれもこれも、みんな嘘ばかりだった。
 この男の本心は、いったいどこにあるのだろう。

 アルファは先ほど零れてしまったものでまだ濡れたままだった自分の頬をぐいと拳でぬぐうと、ぎゅっと男をにらみつけた。

「……ベータ」
「なんだ」
「殴っていいか」
「…………」

 男は一瞬、呆気にとられたような顔になったが、すぐに苦笑して肩を竦めた。

「構わんが、その前に結論を聞かせてくれ」
「……どういうことだ」

 男は笑ったまま、しかし目だけは真剣な色を湛えてじっとこちらを見据えてきた。

「俺はお前とスメラギに戻る。そこで行動を共にする。お前が兄貴をブッ倒すなり退けるなり、とにかくその時までは側にいる」
「…………」
「ちなみに報酬は、ほかのもので構わない」
「ほかのもの……? それは」
「内緒だ」
 男は言って、軽く片目をつぶってみせた。
「その時になったら、改めて請求する。また気が変わるかも知れんしな」
「な……そんなこと──」
「安心しろ。お前の臣下や子供らに迷惑をかけるようなものは請求しない。そこだけは約束する。せいぜい楽しみにしておいてくれ」

 不満の声をおっかぶせるようにして遮られ、アルファは少し黙り込んだ。男の瞳が急に楽し気な色を取り戻す。憎たらしいほどのその軽い口調も。

「納得はいったか? 
「…………」
 アルファはしばし考えてから、こくりとひとつうなずいた。
「いいだろう。それが本当に私に支払えるものならば、だが」

 男は満足げに少し笑った。
 ひどく優しい笑みだった。
 なにかを勘違いしてしまいそうなほどに。

「契約、成立だな」

 言って男はその憎たらしさ満載の笑みを崩さないまま、立てた人差し指でちょいちょいとアルファをんだ。
 「来いよ」と言わんばかりだった。

「…………」

 アルファは何も答えなかった。
 だがそのかわり、右の拳を握りしめ、
 一発だけ思いきり、ベータの頬を張り飛ばした。

 
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