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第二章 契約
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しおりを挟むそこから十日ばかり経った夜。
「なにをおっしゃるのです、殿下!」
オッドアイの住処の食堂で、大人たちは一堂に会していた。
窓越しに秋口の涼しい夜風が忍び込んでくる。すぐ近くでは先ほどまで涼やかな心地よい虫の音などが聞こえていたのだったが、それは武人の叫びによってぴたりとやんだ。
「ベータ殿とザンギだけを伴って、あのスメラギにですと。自分を、置いて行かれるとおっしゃいますかッ……!」
子供たちはすでに寝かしつけられ、今この食堂にいる面々は大人だけの顔ぶれとなっている。
ちなみにザンギの長男ヤマトは、十四だとはいえスメラギでならすでに成人した男子とみなされる年のため、ひとりこの場に参加していた。実はこれもまた、アルファにとって計算外の事態を引き起こすことになった。
先日ベータにはああ言ったものの、アルファは本当は病み上がりのミミスリをこのスメラギ行きに伴うつもりはなかった。なんといってもこの男は、つい最近まで長患いの床の人だったのだから。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
ミミスリは激昂し、当然のように頑として受け付けなかった。
そうしてなんとザンギの息子ヤマトまでが、ミミスリの脇に居並んで「どうか父ザンギと共に、自分もお連れくださいませ」と床に平伏する仕儀になってしまったのである。
「いや、二人とも。待ってくれ──」
座っていた椅子から立ち上がり、平伏する彼らの前に片膝をついて、アルファはひそかに背中に冷や汗をかいた。目の前の二人は相変わらず、必死の形相でこちらを見つめてきている。
もともと自分はザンギとミミスリの家族たちを全員この惑星に住まわせるつもりでここへ来た。さらに皆をここへ送り届けたら、ベータについては何とか慰撫してこの場を去らせ、ザンギと二人だけでスメラギへ戻るつもりだったのである。とは言え先日のすったもんだで、ベータについてはすでに連れていくことが決まってしまったわけなのだが。
いざこの惑星を離れようかという段になって、今度は新たにこの二人から強硬な「待った」がかかったのだ。
「殿下こそ、何をおっしゃいます」
ヤマトはさすがに遠慮して言葉を控えていたのだが、ミミスリはいつもの寡黙な姿はどこへやら、床に両手をついたまま必死に言い募っている。
「これから陛下やマサトビ殿と渡りをつけ、いよいよ皇太子殿下とのご対決に臨まれようという、まさに殺所ではございませぬか。肝心かなめのこのときに、自分をお連れくださらぬなど……!」
ミミスリの妻、キキョウはさっきから夫の隣に膝をつき、美しい顔をこわばらせ、血の気のひいた唇をひきむすんでいる。そうして懇願するような瞳で夫とアルファとを見比べるようにしていた。その目には心配の色があふれている。
「いかなザンギだとは申せ、斯様な局面で側仕えの者を一人しかお連れあそばされぬなど。失礼ながら、無謀千万。相手はあのナガアキラ殿下なのですぞっ……!」
傍らのヤマトも言った。
「自分も、どうかお願いいたします。若輩もののわたくしなど、ミミスリ殿や父ほどの働きは到底できませぬでしょう。ですがそれでも、殿下の弾よけぐらいには必ずなりましょうほどに。自分もスメラギの男子のはしくれにございますれば。どうかどうか、自分もお連れいただきたく──」
ミミスリ同様、その隣には彼の母たるカエデが座っていたが、彼女はもうずっと蒼白のまま、唇を震わせていた。特に彼の口から「弾よけ」などという穏やかならぬ単語が発せられると、びくりとその体をすくませた。
さもありなん。ようやく命を拾ったと思った我が息子が、またすぐに死地へ向かおうと言っているのだ。それでも武人の妻らしく、彼女も無言のままでじっと息子を見つめているばかりだった。
実のところ、ザンギの妻カエデと二人の息子たちも、これまでミミスリの家族と同様の憂き目を見ていた。ザンギは上の命令に逆らいはしなかったが、それでも与えられた使命を完遂することもできずに死亡したことになっていたのだ。そのため、遺された家族たちにはわずかの金が与えられ、「あとはどこへなと行け」とばかりに都の外へ放り出されたというのである。
息子たちは誇り高い武人の子らであるにもかかわらず、日雇いで農家の刈り入れを手伝ったり、商家の下働きをしたり、荷運びの人足をやったりして自分たちの食い扶持を稼いでいた。カエデもまたキキョウ同様、宿屋の手伝いやら縫物の仕事を引き受けてどうにか日々を食いつないでいたのだという。
我慢強く慎み深いザンギの家族だけあって、彼らもひと言もそのときの苦労や泣き言などは漏らさなかったが、そこにはアルファの想像を超えた艱難辛苦があったはずなのである。
「どうか、お願い申しまする、殿下」
「どうぞどうぞ、お願い致します……!」
ミミスリとヤマトは異口同音にそう言って動かなかった。
まさに畳み掛けるかのような波状攻撃。実の親子でもあるまいに、この気の合いようはどうだろう。
アルファがぼんやりそんなことを考えるうちに、隣にいたザンギが重々しく口を開いた。
「出過ぎたことを申すな、ヤマト」
まずは、彼自身の息子に向かって言う。
「しかし、父上……!」
「黙れ。殿下にもの申すなど、お前のごとき小僧には百年早いわ」
「いや、ザンギ──」
思わず口を挟もうとしたアルファに、ザンギは「いえ、殿下。ここは」と言って頭を下げ、また息子に向き直った。
「殿下のお気持ちが分からぬか。お前はまだ若い。それに、そなたにはここでやるべきことがあるのだ。この惑星にいる、ほかの子供らを見たであろう。みなお前よりも年下の、まだまだか弱き子供らだ。一番年上の者でもせいぜい、ハヤテぐらいのものだろう」
「そ、それは──」
「我らがスメラギに出ている間、ここが敵に襲われんという保証はなにもないのだ。ここ数日で拝見したが、警備システムがあるとは言っても、敵が本気で攻撃を仕掛けてくればまだまだ危ない」
そこでちらりとザンギがアルファのほうを見やった。
ザンギの言う通りだった。今までは飽くまでもこの星はタカアキラ皇子の私的な持ち物として扱われてきた。しかしひとたびタカアキラがナガアキラに反旗を翻したと露見すれば、ここはその拠点として狙われないはずがないのだ。
アルファがうなずき返すと、ザンギはまた息子を見た。
「殿下には申し訳なきことながら、真正面からスメラギ軍に攻められれば、この星はひとたまりもないことであろう。その場合、お前に課せられた使命はなにか」
「…………」
黙りこくってしまった息子の代わりに、父は重々しく言い放った。
「お前の使命はほかでもない。母やほかの子らを守って、殿下のお戻りまでここを死守することである。あるいは皆をつれてここを逃れることであろう。それがお前にはわからんか。それともそのお役目は、さほどにお前にとって軽きものか? 斯様に無下にあしらえるほど、重要なものではないと申すか」
「い、いえ。左様なことは──」
滅相もない、とヤマトは青ざめて平伏してしまう。悔しげに唇を噛みながらも、彼はそれでどうにか納得してくれたらしかった。
つづいてザンギはその猛々しい目をぎろりと自分の同僚に向けた。
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