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第三章 潜入
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しおりを挟む「で……、殿下っ……!」
ひそかに連絡を入れて呼び寄せた恩寵博士マサトビが、自分の小型艇からまろびでるようにしてオッドアイの島に降り立ったのは、それから数日後のことだった。
「殿下、殿下……! よくぞ、よくぞご無事で……!」
実は先日ミミスリ一家やザンギの家族を救出に向かったときには、アルファたちは彼に連絡を取らなかった。
もしも何かのことがあって、彼らを救出するより先にスメラギに自分たちの存在や計画が明らかになってはまずい。何しろ相手はあのナガアキラだ。彼がどんな<恩寵>もちであるのかは、いまだ未知数でもある。それで「まずは救出が先決だ」というのがベータの意見だったのだ。つまりこのマサトビはじめタカアキラの父、ミカドたるモトアキラなど、宮中の人々への接触はその後にしようと。
そんなわけでアルファは今回、あらためてマサトビに連絡を取った。彼は早速、上役にそれらしい理由を申告して休暇をとり、こちら飛んできたというわけである。
「まことに、まことにお労しきことにござりました……。この三年、さぞや、さぞや……言葉に尽くせぬご苦労を──」
ミミスリはアルファの足元にひざまずき、もう手を取らんばかりにしてひたすら泣きの涙だった。
「しかしこうしてお戻りになられ……陛下がどんなにお喜びになられることか──」
アルファは一見して五体満足に見える姿のはずだった。しかし、それでもマサトビは自分の大切な皇子殿下がこれまで言うに言われぬ目に遭ったことを確信している様子だった。小柄で太目の体を震わせながら、この人のよい恩寵博士はあとはもう言葉にもならず、ただ嗚咽した。
そうやってひとしきり涙にむせび、ようよう落ち着いて目をあげたマサトビは、今度はアルファの隣に立っているベータを見あげて少し不思議そうな顔になった。今の彼が目や髪の色を変えてしまっているからかとも思ったが、どうやらそれだけでもないようだ。
「なんだ? マサトビ。どうかしたのか」
「は。……い、いえ……」
なお、先日アルファが張り飛ばしたベータの頬は数日のあいだ少し腫れてはいたが、今はすっかり元通りになっている。アルファとしては渾身の力をこめて殴ったつもりだったが、当人はさほど痛そうな顔もせず、ちょっと笑ってそこを撫でたぐらいなことだった。
まさに「蛙の顔に水」で、けろっとしたものである。憎たらしいことこの上もない。むしろ「これで禊は済んだな。重畳、重畳」とでも言いたげなさばさばした顔で、アルファはかえってもやもやしたぐらいのことだった。
マサトビはというと、まだしきりに何かを思い出そうとしているが叶わず、ううん、と顎に手をあてて首をひねっている。長々とそんな奇妙な視線にさらされて、遂にベータが片眉を跳ね上げた。
「なんだ、おっさん。俺の顔になにかついているか」
「あ、いえ……」
マサトビは口ごもり、しばらくあれこれと逡巡した。
「そのう……ベータ殿。わたくし以前、その、三年前よりもっともっと以前にですな。もしかして、あなた様とお会いしたことがありましたでしょうかな……?」
「え?」
アルファは驚いてベータと目を見合わせた。ベータは明らかに不審げな顔になっている。
「……いや。そんなはずはないと思うが」
「あ……、左様にござりまするか。申し訳ござりませぬ。でしたら何か、わたくしの勘違いにござりましょう……」
それでもまだ少し首をかしげるようにして、何度かちらちらとベータの顔を見ていたマサトビだったが、そのうち迎えに現れた子供たちに囲まれてしまい、その話はそれまでとなった。
◆◆◆
さて。
夜になり、集まった男五名であらためて今後の活動についての作戦の立案が始まった。
オッドアイの住処、いつもの食堂である。
ベータがまず口火を切った。
「金は勿論だが、まずは大きな宇宙艇が要る。これは絶対に必要だ。救い出した家族を運ぶため、最低でも一度に五十名は乗れるものが欲しい。それでも何度か往復する必要がありそうだがな」
実はこのサイズ設定にはアルファ個人の事情がある。このところかなり進化してきてはいるのだが、それでもあまりに大きなものだと自分の<隠遁>の能力ではカバーできなくなるのだ。
「だれか、何とかならんか。なるべくすぐに」
「む……」
ミミスリとザンギが押し黙る。ザンギは難しい顔をして腕組みをしたままだ。
実際このことに限らず、まだまだこちらは様々な面で準備不足だった。使える物資も限られている。使用可能な宇宙艇も、今はアルファとベータの小型のものが二機だけだ。
ここ惑星オッドアイにはいちおう一度に数十名が乗れる予備機が一機だけあるのだったが、それは万が一ここで何かがあったとき、女性や子供たちのために残しておかねばならない。
「……そ、それなれば」
おずおずとマサトビが手を挙げた。
「我が家のものでよろしければ、どうぞお使いくださいませ。合同の学術会があるときなどに使うため、先般、購入したばかりにござります。我が家で管理をしてござりますれば」
「おお、有難い」
ザンギ、ミミスリがうなずきあい、二人してマサトビに頭を下げた。
「よろしくお頼み申します、マサトビ殿」
「い、いやいや……。どうか、お任せあれ」
マサトビはちょっと赤くなって、小柄な体をさらに小さくした。
ベータは黙ってマサトビに頷くと、今度はミミスリとザンギに向き直った。
「では、具体的な手分けだが。あんたら二人は前にも話した通りだ。基本的には外に出ている<恩寵もち>の説得と、この計画への参加を呼び掛ける仕事をしてもらいたい。同じ立場で酷い目にも遭ったあんたらの言葉になら、うなずく奴も多かろう」
「心得た」
「了解だ」
アルファはそこで初めて口をはさんだ。
「何度も言うが、二人とも。これは決して、そのご家族を質にとってこちら側に協力しろと強要するものではない。相手の諜報部員たちにはそこを十分、理解してもらってほしい。ご家族は一旦このオッドアイにてお預かり申し上げるが、彼らがそう望むのであれば、すぐにも身柄をお渡しすると」
「は。重々、存じておりまするゆえ」
「どうぞ、ご案じ召されまするな」
二人が生真面目にまた頭をさげた。
「それから、協力を拒否をしてきた者のことも同様だ。彼らにも同様に、連れ出した家族を返してやりたい」
「そこは甘いと思うがな、俺は」
今度はベータが割って入った。
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