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第三章 潜入
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しおりを挟む「そこは甘いと思うがな、俺は」
今度はベータが割って入った。
見ればこういう時いつもそうするように、彼はテーブルに頬杖をついたまま目を細めてこちらを眺めている。
「協力する奴らはいいが、そうでない奴らの家族はしばらく、こっちで預かるのが常道じゃないか? 奴らがその情報をもってモトアキラ側に走らんという保証があるか。そんな詰めの甘いことではすぐに足元を掬われるぞ、皇子サマ」
その言をうけ、アルファをはじめほかの一同も沈黙した。
(……確かに、そうだが──)
実際、そのあたりの判断は難しいと思われた。
しかし、アルファとしてはどうしてもそういうことはしたくなかった。
もしも自分が彼らの家族の命を盾に「こちらに従え」とか「向こうに情報を流すな」と脅すなら、それはこれまでのスメラギのやり方と何が違うというのだろう。
アルファとしては、彼らにそう思われることだけは絶対に嫌だった。それだけはどうあっても避けねばならない。それではここでスメラギの在り方について否を唱える意味も資格もなくなってしまうからだ。
実はベータにはこれまでにも何度か同じ指摘を受けたのだったが、アルファは頑として首を横に振りつづけていた。
と、ザンギが重々しく口を開いた。
「ご案じ召されますな、殿下」
目を上げると、その炯々とした猛禽の瞳がこちらをまっすぐに見つめていた。
「彼らは我らと同じ立場の者にございます。用心深いとは申せ、決して無知蒙昧の徒ではありませぬ。無論、大っぴらには語りませぬが、これまでのスメラギからの仕打ちについて一家言ないものなど誰一人おりませぬ。むしろその逆にございましょう」
「ザンギの申す通りにございます」
今度はミミスリ。彼はせき込むようにして身を乗り出している。
「我らはまず、面識があり、我らなりにその為人をこれと見込んだ者から声を掛けていくつもりにございます。その上で、自分とザンギが誠心誠意、言葉を尽くして説得に当たりますゆえ。決して殿下をお悲しませするような事態にはさせませぬ」
「右に同じにございます」
真摯な二人のまなざしをうけて、アルファはきゅっと唇を噛んだ。
「……そうか。二人には大変な仕事を頼むことになるが。そなたら二人の働きこそが、今回の作戦の肝だと思う。どうかよろしく頼む。しかし、十分に気をつけてな」
「はっ」
皮肉げな目で黙ってそれを見ていたベータが、「しょうがないな」とばかりに肩を竦め、今度はなぜかにやりと口角をあげた。
「必要な資金については、当面こっちで工面する。もちろん、皇子殿下のツケだがな。出世払いというやつだ」
さらに意味深な視線がちらっとこちらへ飛んできて、アルファは仕方なく苦笑してうなずき返した。
「わかってる。そのあたりはなんとかしよう」
「重畳だ。ともかく、みんな。ここからは時間との勝負だ。心してかかるようにな」
ベータの言のとおりだった。
マサトビによれば、スメラギはすでにミミスリとザンギの家族がいつのまにか監視の目をかいくぐって姿を消していることに気づいているという。だから時間はタイトだった。
無論、向こうにはまだタカアキラ存命の事実や二つの事件の関連性までは明らかになっていない。しかし、この活動を続ければいずれ露見するは必至だ。そもそも行方不明になったのがタカアキラと関係の深かったミミスリとザンギの家族であるという時点で、それを見抜かれるのも時間の問題と思われた。
だからこちらはそれまでにできるだけエージェントの家族たちを救出し、彼らとしっかり意を通じておかねばならない。まさに時間との戦いと言えた。
アルファとベータはマサトビと共にスメラギへ。そしてミミスリとザンギは各星域に分散しているはずの<恩寵もち>たちに渡りをつけるため、外宇宙へ。
「ともかく、連絡は緊密に。通信は、必ず定時を守れ。互いの連絡が滞ったり、不測の事態があった時点で俺とアルファはスメラギから即時撤退する。取りこぼした者については諦めろ」
その一瞬、場はしんと静まり返った。
ベータは一同をぎろりと見渡し、ごく冷たい声音で言い放った。
「非情なようだが、それで肝心のタカアキラ殿下を敵に抑えられては本末転倒。無理はなにより禁物だ。協力者のエージェントにも、そこは必ず飲み込ませろ。いいな」
「うむ」
「……了解した」
(いや……ベータ)
ベータの指示を聞きつつもアルファはちょっとため息が出そうになった。さっきからそれを聞いているミミスリとザンギの奇妙な表情が気になっていたのである。
そもそも、おかしいのだ。なぜこの局面でこのベータが、まるで一同を自分が率いているかのような態度なのか。主たるタカアキラが何も言わないからこそ言葉を慎んでいるようだったが、ミミスリとザンギは明らかに不満げに見えた。
彼らはベータの本当の過去を知らない。そう思うのも無理からぬ話だった。
いっそ話してしまえれば楽なのだったが、さすがにそれはできなかった。
とはいえ、ここで細かいことを言っていても始まらない。仕方がないので、アルファはあとで彼らだけを呼んで言った。
「すまないな、ミミスリ、ザンギ。とにかく今回の件については、あのベータこそがすべてを掌握している人間だ。みなの家族たちの監禁場所やそこの警備の状況などを何年もかけて調べてきたのは彼だからね」
その口調は言い聞かせるというよりは、ほとんど懇願に近かった。
「彼は君たちよりは若いけれども、持っている情報もこうした仕事に関する能力も申し分ない。君たちほどではないのかもしれないが、そこは私が保証する。なにしろ彼はあのゴブサムから私を取り戻した男なのだから」
だからどうか、今回は自分の顔に免じて彼の指示に従ってくれ。
そんなことを何度も繰り返し言い聞かせ、アルファは彼らに頭を下げた。
「殿下、なにをなさいます!」
「とんでもなきことにございます」
二人は驚いたように飛びすさり、あっという間に床に平身低頭してしまった。
「殿下、どうかご勘弁を……!」
「どうか、お手をおあげくださいませ」
ちなみにその時、ミミスリはほとほと困りきった顔に見えたが、ザンギのほうはやがて自らとりなすように「殿下、わかっておりますれば。どうかご心配なく」と言ってくれた。
要するに、彼の方はすでにベータの為人についてある程度の理解もし、納得もできているということらしい。それを知るのはアルファにとって、不思議に胸おどることだった。
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