127 / 191
第三章 潜入
3
しおりを挟む「あっちに着いたら、まずは親父さんとの面会だな。せいぜい頑張ってくれよ、皇子サマ」
スメラギに向かう、宇宙艇<ミーナ>のコクピット。
自動航行に入ってすぐに淹れたコーヒーに口をつけながら、ベータはすっとぼけた口調でアルファに言った。アルファの前にある簡易テーブルにも、いつものように香りのよい液体の入ったマグカップが置かれている。
「ザンギたちとの連絡が取れるまでの下準備をということか? それは勿論、力を尽くすつもりだが」
「まあ、それもある」
ちなみにマサトビはというと、このところのバタバタですっかり疲れて奥の簡易ベッドで熟睡している。はじめのうちこそ「殿下がお起きでいらっしゃるのに、自分が先に休むなど」と必死に固辞していたのだったが、ふと見ればあの男、いつの間にやら座ったまま舟を漕いでいるのだった。
そんなこんなでアルファがしまいに「これは命令だ」と言って無理やりベッドに寝かせたのである。
マサトビの乗ってきた小型艇はというと、<ミーナ>が遠隔操作することによりこの艇のあとからついてきている。目に見える綱こそついていないが、つまりは海で船を曳航するのと同じ要領だ。
淹れてもらったコーヒーをひと口飲むと、いつもの豊潤な香りがアルファの緊張しがちな神経をなだめてくれるようだった。なんとなくほっとする。
ふう、と息をついたところでベータが言った。
「お前の場合、もっと練習しておくべきことがある」
「え? ……それは」
「ほかでもない。『庶民としての立ち居振る舞い』。これだな」
「…………」
カップを持ったまま妙な顔になったアルファを見やって、男が軽く苦笑した。
「お前、自覚がなさすぎる。顔立ちのほうは変装でどうとでもなるが、そのいかにもぼんぼん育ち丸出しのしゃべり方に雅な仕草。『私は皇子様です』と言わんばかりだ」
「そ、そうだろうか……?」
「そうなんですよ、皇子サマ」
自分はそこまで見るからに「皇子皇子」しているのだろうか。
何となく情けない気分になって、アルファは思わず自分の手元や体を見下ろした。
ベータは皮肉げな笑顔をはりつけたまま、またひとくちコーヒーを飲み下した。
「初対面の時の、あのスズナの顔を見なかったのか。あんな子供にまで一発で『これはやんごとなき方にちがいない』なんぞと見破られてたんではしょうがない。まあもちろん、場合によっては非常に有用なスキルではあるんだが」
「そ……、そうか……」
「ともかく、しばらくは変装して、こっちも現地で情報収集だ。できれば出入りの商家かなにかに潜り込んで、監禁先にスムーズに出入りできるようになっておければ御の字だな」
「ああ……そうだな」
「したがって」
そう言ったベータの口角が、さらに弓なりに引きあがった。
ぴしりと鼻先に人差し指を突き付けられる。
「これからのお前の当面の仕事は、『なるべく庶民になりきること』。これだ」
「…………」
「コーヒーの飲み方ひとつ取ってもそうだ。なんだその無駄にだだ漏れの品の良さ。育ちの良さを醸し出す、いかにも美麗な指さばき。いい年をした庶民の男が、そんな姿勢と手つきでマグカップを持つもんか。持ち上げるところからやり直せ」
「…………」
なんだろう。
褒められているようなのに、何故だかちっとも嬉しくない。
「ついでに、もっと音を立てて飲んでみろ。ずずーっと、さも下品な感じで。ああ、もっと肘もあげて、足を広げて。シートに浅く座るとなおいいな。やってみろ、ほら。皇子サマ」
「…………」
アルファは完全に渋面になった。
これは、絶対に遊ばれている。
隣でさも楽しげに喉をくつくつ鳴らしている男を睨んで、アルファは思わず肩を落とした。
……ああ、先が思いやられる。
◆◆◆
数日後。
夜、アルファはスメラギ宮の中にいた。
すぐ後ろにはベータとマサトビが息を殺して従っている。アルファとベータは万が一だれかに見咎められたときのため、夜間の警備にあたる衛士の装束に身を包んでいた。マサトビはもともと宮中に仕えているため、いつもの束帯姿でついてきている。
いま、アルファはもちろん<隠遁>を発動させている。事前の打ち合わせ通り、まずはマサトビが先に都の自邸にもどり、その後合流したのだ。そうしてマサトビ邸で夜を待ち、三人で<隠遁>を使って宮の大門、中門を抜け、まっすぐ父の寝所のあるこの奥の院を目指したのである。
すでに懐かしいとすら思う宮の檜皮葺の屋根が、春先のぼんやりとした月明かりに照らされている。
ここは他惑星ではよくあるような天を衝く尖塔などを擁する宮ではなく、全体に平たく、地面にゆったりと羽を広げる鳥のようなシルエットの建物群だ。とはいえ常時、最先端の科学技術によるものと、人の目による厳重な警備が敷かれている。
市街のほうでもそうなのだったが、このスメラギの都においてはその雅な景観を損なうような現代的、科学的なフォルムのものは極力排除されている。そうしたものは基本的に地面に埋め込まれたり木造の家屋に収められたりして、人目につかぬように設置されているのだ。
警備システムについても同様で、訪問者は一応人間の門番らによる誰何などもされる一方、門に内蔵されたセンサー等々によってその持ち物から体内に仕込んだ物に至るまで、逐一厳しくチェックされている。
無論それらすべての「関門」を、アルファはこの<隠遁>によってここまでひたすらにすり抜けてきた。これを使えば人の足音や息遣いなどまで他の者の耳には届かなくなるばかりでなく、そうした科学的なセンサーの網までもすり抜けることが可能になる。
とはいえ、油断は禁物だ。
三人は息をひそめて御所の廊下を進み、各部屋を囲った蔀戸を右に見つつ、渡殿をつぎつぎに渡っていった。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる