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第三章 潜入
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しおりを挟むミカドの寝所の周囲は常に、衛士の武官らによって厳重に警備されている。どの妻戸にも数名の衛士が詰めており、それぞれに近くで松明をたいている。
本来、スメラギは進んだ科学技術を擁した国だ。だからこうした古の明かりを使わずとも、他惑星のように太陽エネルギー等によるもっと明るい照明を使うことも可能である。
しかし、そこをわざわざこうして貴重な木材を使用するのが「こだわり派」のスメラギ式なのだった。逆に言えば、今となってはこれこそが何よりの贅沢ということになっている。
「……そこだ」
父の寝所のそばまで来て、アルファは小さな声でベータに囁いた。いま、男はすぐ隣にいる。
「一緒に中へ。慌てなくても大丈夫だ」
男とマサトビが黙ってうなずいたのを確認してから、アルファはそっとその妻戸へ足を向けた。
<隠遁>の影響下に入った妻戸は、実際にはきい、と小さな音をたてて開いたのだったが、すぐ脇にいる中年の衛士には何も見えず、聞こえていない様子だった。アルファは開いた戸から残りの二人が入ったのを確認すると、自分もその中に滑りこみ、そっと元通りに閉じた。
(父上……)
さすがにこの部屋に入ると、こみ上げてくる感慨は止められなかった。
あの日、もう何年も前、同じように<隠遁>を使ってこの部屋に来たときのことを思い出さずにはいられない。何十年も前のことではないはずなのに、アルファにとって当時のことはすでにはるか遠い昔のことのように思われた。
周囲にはうっすらと、ミカドの部屋で焚かれる香の匂いがしている。その匂いはまるで、そのまま一気にアルファをあの頃の「第三皇子タカアキラ」に引き戻すかのようだった。
ふと隣を見れば、黒髪、黒い瞳のベータがこちらを不思議な目の色で見つめている。そこに何となくこちらを案じる色を見たような気がして、アルファは「まさかな」と己が妄想を振り払った。そうして少し笑って彼とマサトビにうなずき返すと、改めて周囲を見回した。
部屋は以前と何も変わっていなかった。
四隅に宿直の武官が詰めており、中央にミカドのご寝所たる御帳台が据えられている。アルファは二人に手で合図をし、そっとその帳をあげて中へ滑り込んだ。二人もすぐにそれに続く。
「父上……!」
寝床に仰臥した父を見て、アルファは思わず瞼が熱くなり、不覚にもうわっと眼前が曇るのを覚えた。しかし、ベータとマサトビの目線を感じ、ついあふれそうになるものを抑え込んだ。
父は以前よりもずっと痩せてしまっていた。頬や首筋の肉がそげ落ち、以前はなかった白いものがその頭髪にかなり目立つようになっている。眠っておられるにもかかわらずその表情が重く悲しげに見えることが、さらにアルファの胸を締めつけた。しかしそれをぐっと堪えて、アルファはそうっと父の肩に手を触れた。
「父上……。父上」
堪えているのにその声は、どうしてもみっともなくひび割れた。
「父上……。お起こししてしまって申し訳ございませぬ。どうぞ、お目を開けてくださいませ。タカアキラにございます。父上……」
何度かそうして呼びかけると、父はようやく「うむ……」と声を上げて目を開けられた。帳ごしにではあるが、御帳台の中は部屋の隅に置かれた灯火の明かりでうっすらと明るい。
父の目がしばらく空を彷徨い、やがてタカアキラの顔の上で止まってぱちぱちと瞬いた。
「な……。タ、タカアキラ……?」
ミカドはかっと目を見開いてアルファの腕をむずと掴んだ。それはもの凄い力だった。
「タカアキラ! ……タカアキラなのか。夢ではないのかッ……!」
「父上……」
痩せた父の手がアルファの肩に触れ、やがて上体を起こし、両手で顔をはさむようにして覗き込まれる。父の手はかさついていたものの、それでも大きくて温かかった。
「父上……。父上──」
アルファは必死で歯を食いしばっていたけれども、それでも嗚咽をこらえるのは難しかった。
「ご心配を、お掛けしました……。タカアキラでございます。長い間、ご連絡もできませず……ほんとうに、ほんとうに──」
そこまでだった。
父の両腕がすごい力でアルファの体を抱き寄せたかと思うと、力いっぱい抱きしめてきたからだ。父の胸に顔を押し付けられたまま、アルファもとうとう我慢できずに嗚咽を漏らした。
「タカアキラっ……! よう……よう、無事で──」
それは父も同様だった。
感涙の再会をした父と子を前に、マサトビはすでに完全にもらい泣きをして袖で顔を覆い、はげしく肩を揺らしている。
ベータはと言えばかなり所在なさげな顔で、しばらくぽりぽりと首の後ろなどを掻いていたようだった。が、そのうち我慢が尽きたようにこう言った。
「そろそろいいか。肝心の話を始めたい。あまり時間がないんでな」
「あ……うん。すまない──」
彼にしてはかなりやんわりと優しいぐらいの声でそう言われて、アルファはやっと父の胸元から少し離れた。
確かに時間はない。自分の<恩寵>である<隠遁>は素晴らしい力だけれども、決して万能ではないからだ。アルファ自身あまり自覚はないのだが、それを使えば確実に疲労が溜まる。あまりにもそれが蓄積すればひどい眠気をもよおして目を開けているのも億劫な状態になる。
実はあのオッドアイでミミスリが医療カプセルに入っていた間、アルファはベータに勧められて自分の能力の在り様をある程度把握する機会があったのだ。
とはいえそれはごく常識的な結果だった。隠そうとするものが大きければ大きいほど、そして時間が長ければ長いほど、アルファの疲労の溜まり具合は早くなり、程度もひどくなるのだった。
「父上様。この者の申す通りです。申し訳ありませんが、あまり時間が取れませぬ。これからお話しすること、どうぞよくよくお聞きになってくださいませ──」
アルファはまだ零れ続ける涙をぬぐいながら父に頼んだ。父も同様の様子ではあったものの、皆の緊張した面持ち見やって「うむ」とひとつうなずいた。
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