星のオーファン

るなかふぇ

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第六章 舞楽の宴

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「者ども、出合え! ここな反逆者どもを捕らえるのだっ!」

 しかし、彼の言葉どおりのことは起こらなかった。
「ぬ……?」
 兄は不審げな顔になり、尚も何度かそこに触れ、素早く周囲を見回す様子だったが、何度やっても同じだった。

「どうしたというのだ。みな、出合え! 一体どうしたのだ、衛士どもは……!」
「ん?」
「おお……?」

 これまで呆然と事の成り行きを見守っていた大臣連中も、束帯の袖の下でごそごそと似たようなことをやっている。しかし、本来であれば「何事ですか」と駆けつけてくるはずの武官の一団はちらとも現れはしなかった。
 それどころか、すぐそばでこれらの事態を見ていたはずの槍や弓を手にした衛士たちがいつのまにやらその場に倒れてすっかり眠り込んでいる。大極殿の前庭のそこここで直立不動の姿勢で立っていた数十名の男たちが、すべてそのような状態だった。
 もちろんこれは<催眠>の恩寵を持つエージェントの仕事だった。<恩寵>もちの彼らにとって、それを持たない一般人の脳を操るなどは赤子の手をひねるよりも容易いことなのだ。
 彼らはこの舞台の周りだけにいるのではない。すでにずっと前から変装をし、かれら衛士の間にまぎれこませてあったのだ。

 ベータがふはは、とせせらわらった。
「なんの準備もせずに俺たちが、こんな場所へのこのこやってくるとお思いか? 兄上殿」
「き、貴様……!」
 兄は歯ぎしりせんばかりの顔である。
「試しにやってみればいいが、まあ同じことだと思うぞ。この内裏にいる武官という武官について、すべてこちら側で抑えさせて貰っている。……ああ、大臣がたの家臣どもも同じだからそのつもりで」

 ちらっと周囲の衣冠束帯姿の男たちを見やって、ベータはちょっと肩を竦めて見せた。

「さて。ということで、選ぶのはお大臣がたという話になるな。どうするんだ? あんたらはそこの皇太子殿下の側につくか。それともこちらのミカドと、新しい皇太子殿下につくか」
「ぬ……」
「ううっ……」

 周囲から掠れて悲鳴じみたなんとも言えない声が聞こえた。ベータは構わず言葉を継ぐ。
「ああ、先に断っておくが。すでに今後のまつりごとの形態については、大筋が出来上がっている。お大臣がたには悪いんだが、あんたらのほとんどが今まで通りの権益を享受することは難しくなるだろう」
 再び座がどよめいた。
「な、なんと……?」
「基本的には能力優先。身分や血筋にはこだわらん。今まで平民やら賤民やらと呼ばれてきた奴らの中からも分け隔てなく、能力と忠誠心に厚い者から重用する。……と、まあそれが大体のミカドと新皇太子のご意向だ」
「いや、しかし、それはっ……!」

 驚愕と反発、不安と不信。
 そんなような感情の入り乱れた恐慌の「気」がうわっと大臣らの並びから立ちのぼる。それはアルファの目からすると、濁って澱んだ紫色のもやに見えた。
 どす黒く煮凝にこごった、おりのかたまり。それはこのスメラギという惑星ほしが数千年かけて溜め続けた、腐れた膿そのものだ。
 心の水底みなそこからあがってくる熱い何かを覚えずにはいられなくて、アルファはつっと前に出た。

「皆様。……どうか、お聞きください」

 すると、それまで前にいたベータが顔を半分だけこちらに向け、にやりと口角を上げて一歩引いた。
 皆の視線が自然と自分に集中してくるのを感じて、アルファは一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。そうして徐に言葉を始めた。

「どうか、皆さま。おひとりおひとりが、きちんと考えて頂きたいのです。これまでのこの、スメラギという国の在り方。私を含め、『高貴』と呼ばれてきた人々が享受してきたものと引き換えに、一体何を犠牲にしてきたかという、そのことを」

 あの<燕の巣>の子供たち。
 母、光の上も、ベータの母、二の君も。そしてあのヒナゲシも。
 ここにいるエージェントたちも、その家族も。

 ……そしてこのベータ──いや、ムラクモも。

 みんなみんな、この利己的で理不尽なスメラギの「貴人」たちの犠牲、つまりは人柱にされてきた。

斯様かような犠牲、人柱の上に成り立つ国家とはそも、何だというのでしょう。わたくしはこの数年、とある場所で幽閉されていたも同然で、余所で決して多くを見聞きしてきたわけではありません。されどそんなわたくしですら、この国家は根本が歪んでいると思えてならない」
「そも、国家というものは民を安んじてこそ意味があるのではないのでしょうか。こうしてごく一部の者だけが享楽に耽り、他の多くがその日の食事も満足にとれぬような生き方を余儀なくされる。そのようなものが、本来の国家というものなのでしょうか」

 前庭に居並ぶ者は、いまやしんとしてアルファの声を聞いている。
 アルファは傍で自分の手を握ったままの父の手のぬくもりを感じ、前に立つベータ、脇にいるザンギやミミスリの気などまでを感じつつ、思うままを言葉にし続けた。

「この場には、こうした事実を知らぬ御仁もあられるとは思います。ゆえに敢えて申し上げます。<燕の巣>から生まれいでた多くの子らが、多額の代価と引き換えに、この何千年というスメラギの歴史の中で怪しからぬ筋にその身を売られ続けてきております。子らはここで言葉にはできぬほどの、それはむごい仕打ちの果てに、まさに非業の……非業の最期を遂げてきたはずでございます──」

 そこでつい自分の声が掠れて、アルファは腹に力を入れ、再び前をぐっと見た。
 どよ、と一部がざわめいたのは、恐らくその事実を知らなかった下級の文官らや女官たちなどだと思われた。

「斯く申すわたくしも、お恥ずかしながらこの数年、その一端をこの身に受けることに相成りました。……つまり、その売られた子らと同様の憂き目を見るに至ったのです」

 ざわっと、さらに一同のどよめきが大きくなる。
 「えっ?」「まさか、殿下が?」「一体どうして、そのような……」と囁きかわす声がちらほらと耳に入った。
 父がアルファの手を握る力がぐっと強くなり、振り向いたベータの瞳がちらりと悲し気な色になって逸らされる。
 アルファはそれにそっと微笑み返し、また皆のほうに目をやった。

「そうまでして守らねばならぬほど、皇家の純血は尊いものだと言えるのでしょうか。……まことに? 本当に……? わたくしには、どうしてもそうは思えぬのです」
「ですからどうか、考えて欲しい。少なくともわたくしは、斯様に歪んだ皇家の血筋を守らんがため、父も母もおらぬ非業の子らを生み出して叩き売り、国家の人柱とするような、そのようなことはもうやめにしたい」
「もう二度と、そのような状態で産み落とされ、自分の意思すらわからぬうちに奴隷以下の扱いで搾取される子らを生み出したくはないのです──」

 ざわざわと、ゆらゆらと、大極殿前庭の人々の空気がゆらぐのが分かった。
 皆がそれぞれ、自分の立場によって迷い、悩み、考えているのが手に取るように伝わってくる。

 と、鋭く斬りこむ声があった。
「甘っちょろい御託ごたくはそれで終わりか?」
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