155 / 191
第六章 舞楽の宴
6
しおりを挟むと、鋭く斬りこむ声があった。
「甘っちょろい御託はそれで終わりか?」
ナガアキラである。男は蔑みきったような目をして片手を腰に当て、こちらを睥睨するように顎を上げていた。その頬が歪んでいるのは、どうやら笑みを浮かべているからのようである。
「さして年の差はないはずだと思っていたが。想像以上に青臭い。驚きのあまりに、しばらく言葉も出なんだわ。左様なことで、そなたまことに次のミカドが務まるのか」
「……ミカドになるつもりなどありませぬ」
アルファはまっすぐに兄を見返して言った。が、兄は簡単にせせら嗤った。
「この際、名などどうでも良いわ。いずれにしろ、お前が今後、このスメラギの国家元首にならんとすることに違いはあるまい。人は貴様のごとき『霞を食ろうて生きられる』というような生き物ではないぞ。日々をつましく生きればいいと思う者ばかりであれば、国の運営など容易い話だ」
「…………」
「人と言うは、欲と得とになびくもの。これはどうしたって揺らがぬぞ。十分な見返りもなしに身を粉にして働く者などあるものかよ。ここな大臣どもとて、それは同じ。これまでこの者らにどれほどの富を分け与え、美姫を抱かせて来たと思っているのだ。そなたのようなお子様に、左様なことができるのか?」
アルファがちらりと目をやれば、墨染めの束帯姿の大臣どもはこそこそとその顔を笏や袖のかげに隠すようにした。なるほど、兄の言う通りであるらしい。少しため息が出てしまう。
兄は「それ見たことか」と言わんばかりに目を細め、口元を歪めた。
「ああ、すまぬ。そなたこの三年、何処かであらぬ目に遭うたという話であったか。体の方ばかりはすっかり大人らしくおなりのようだ。失敬、失敬。どうかご寛恕願いたい」
ひょいと笏を持ち上げて、その裏で笑いをかみ殺す風である。
「…………」
と、ベータの背中に形容のできないほどの荒々しい焔がゆらりと立ちのぼったようだった。兄はそれには気づかぬ様子でさらに言い放った。
「とは申せ、お前だとて決してまことに『霞を食って』そこまで育ったわけではなかろう。そなたがこれまで口にしてきたもの、その身に纏うてきたものの多くは、いまお前が言うた<燕の巣>の子らがその身で稼いでくれたものであったはず。その口を拭って知らぬ顔をし、その美しき顔できれいごとを並べ立てれば民が付いてくるとでも思うてか。そこが甘いと言うのよ、小童!」
と、出しぬけにぱんぱんと乾いた音がした。見れば目の前でベータが満面の笑みを湛え、さも嬉しげに大袈裟な身ぶりで手を叩いていた。
ちなみにこのベータをはじめミミスリやザンギ、ほかの<恩寵部隊>の面々も、いつのまにやらぞろぞろした直衣は脱ぎ捨て、てんでにいつもの姿になっている。ベータはと言うと、いつものあの黒いベストのバーテンダー姿だ。
「なるほど、さすがだ。皇太子として何年も実質の政務を仕切ってきただけのことはある。言うことの重みが違うな。あんたとは気が合いそうだ」
ふははは、と楽しげな哄笑。アルファは思わず半眼になって男の横顔を見つめた。
「仰せの通りだと思う。政治はきれいごとだけでは動かん。あんたのように清濁併せ吞めて初めて元首が務まろう。俺もまあ、このきれいな顔をしたお兄ちゃんが初めからちゃんと政を仕切っていけるとは思っていない。お言葉通りの清らかな御仁だし、言ってしまえば心優しすぎるしでな。正直、手が掛かってかなわん」
「…………」
遠回しに褒められているのかもしれないが、アルファは戸惑うばかりで少しも嬉しいとは思わなかった。いや、むしろかなり不愉快である。
アルファの目が据わってきたのをちらっと見て、ベータは軽くアルファの背中をぽんと叩いた。それはさも、「まあ、聞けよ」と言わんばかりだった。
「だからまあ、あんたが敢えてその座に居たいと言うならそれでも構わん。ただし、ちょいとシステムは変更したい」
「なに……?」
兄が不快げかつ不審も露わにベータを見返す。
「王制は王制でも、俺たちは今後はスメラギのすべての民による『国民投票』のようなものを基本とするつもりでいる。つまり王たるミカドがあまりに不平等で道理にあわない政治をすれば、即刻、民によって首を切られる仕組みだな」
「な、……なに……?」
兄が愕然と、少し口を開けたままで沈黙した。居並ぶ大臣たちも、目を丸くして呆然としている。
「古来より、そうやって国の運営をするところもないことはない。共和制やら議会制民主主義やらだと話し合いに時間がかかりすぎて政治の進行が鈍重になるという側面も否めない。歴史的に見ても、賢く、かつ先見の明のある君主が統治するほうがうまくいったという国は多いからな。……ただ」
と、一旦そこで言葉を切って、ベータはこれまででも最大級の皮肉な笑みをその頬に浮かべて見せた。
「あんたが今のスメラギの民に、君主として選ばれる保証はなにもないがな」
「ぬうっ……。貴様……!」
かっと兄の両眼が見開かれ、そこから噴き出る炎が見えるようだった。
「そこはまあ、仕方あるまい。自業自得というやつだ」
くはは、とさらに哄笑をまき散らす。
(ベータ……)
アルファは完全に肩を落とした。
挑発するにも、ほどがある。
ベータは明らかに兄を怒らせようとしている。確かに今の状態のままベータの言うような「投票」ができたとして、いったいどれほどの民が「このままナガアキラ殿下をミカドに」と言うだろうか。
あのスズナやヤマト、ハヤテなどといった子供たちがどんな貧しい暮らしを強いられ、生きることに苦労していたかを見ていれば尚更だった。
こうまで言われて、兄が「応」と言うはずがなかった。
そうして事実、そうなった。
ぶわっと凄まじい殺気が吹き付けてきたかと思うと、兄の方からこれまで感じたことのない真っ黒な「気」が飛んできた。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる