星のオーファン

るなかふぇ

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第六章 舞楽の宴

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 と、鋭く斬りこむ声があった。
「甘っちょろい御託ごたくはそれで終わりか?」

 ナガアキラである。男は蔑みきったような目をして片手を腰に当て、こちらを睥睨するように顎を上げていた。その頬が歪んでいるのは、どうやら笑みを浮かべているからのようである。

「さして年の差はないはずだと思っていたが。想像以上に青臭い。驚きのあまりに、しばらく言葉も出なんだわ。左様なことで、そなたまことに次のミカドが務まるのか」
「……ミカドになるつもりなどありませぬ」

 アルファはまっすぐに兄を見返して言った。が、兄は簡単にせせらわらった。

「この際、名などどうでも良いわ。いずれにしろ、お前が今後、このスメラギの国家元首にならんとすることに違いはあるまい。人は貴様のごとき『かすみを食ろうて生きられる』というような生き物ではないぞ。日々をつましく生きればいいと思う者ばかりであれば、国の運営など容易い話だ」
「…………」
「人と言うは、欲と得とになびくもの。これはどうしたって揺らがぬぞ。十分な見返りもなしに身を粉にして働く者などあるものかよ。ここな大臣おとどどもとて、それは同じ。これまでこの者らにどれほどの富を分け与え、美姫を抱かせて来たと思っているのだ。そなたのようなに、左様なことができるのか?」

 アルファがちらりと目をやれば、墨染めの束帯姿の大臣どもはこそこそとその顔を笏や袖のかげに隠すようにした。なるほど、兄の言う通りであるらしい。少しため息が出てしまう。
 兄は「それ見たことか」と言わんばかりに目を細め、口元を歪めた。

「ああ、すまぬ。そなたこの三年、何処いずこかであらぬ目に遭うたという話であったか。体の方ばかりはすっかり大人らしくおなりのようだ。失敬、失敬。どうかご寛恕願いたい」
 ひょいと笏を持ち上げて、その裏で笑いをかみ殺す風である。
「…………」
 と、ベータの背中に形容のできないほどの荒々しいほむらがゆらりと立ちのぼったようだった。兄はそれには気づかぬ様子でさらに言い放った。

「とは申せ、お前だとて決してまことに『霞を食って』そこまで育ったわけではなかろう。そなたがこれまで口にしてきたもの、その身に纏うてきたものの多くは、いまお前が言うた<燕の巣>の子らがその身で稼いでくれたものであったはず。その口を拭って知らぬ顔をし、その美しきかんばせできれいごとを並べ立てれば民が付いてくるとでも思うてか。そこが甘いと言うのよ、小童こわっぱ!」

 と、出しぬけにぱんぱんと乾いた音がした。見れば目の前でベータが満面の笑みを湛え、さも嬉しげに大袈裟な身ぶりで手を叩いていた。
 ちなみにこのベータをはじめミミスリやザンギ、ほかの<恩寵部隊>の面々も、いつのまにやらぞろぞろした直衣は脱ぎ捨て、てんでにいつもの姿になっている。ベータはと言うと、いつものあの黒いベストのバーテンダー姿だ。

「なるほど、さすがだ。皇太子として何年も実質の政務を仕切ってきただけのことはある。言うことの重みが違うな。あんたとは気が合いそうだ」
 ふははは、と楽しげな哄笑。アルファは思わず半眼になって男の横顔を見つめた。
「仰せの通りだと思う。政治はきれいごとだけでは動かん。あんたのように清濁併せ吞めて初めて元首が務まろう。俺もまあ、このきれいな顔をしたお兄ちゃんが初めからちゃんとまつりごとを仕切っていけるとは思っていない。お言葉通りの清らかな御仁だし、言ってしまえば心優しすぎるしでな。正直、手が掛かってかなわん」
「…………」

 遠回しに褒められているのかもしれないが、アルファは戸惑うばかりで少しも嬉しいとは思わなかった。いや、むしろかなり不愉快である。
 アルファの目が据わってきたのをちらっと見て、ベータは軽くアルファの背中をぽんと叩いた。それはさも、「まあ、聞けよ」と言わんばかりだった。

「だからまあ、あんたが敢えてその座に居たいと言うならそれでも構わん。ただし、ちょいとシステムは変更したい」
「なに……?」
 兄が不快げかつ不審も露わにベータを見返す。
「王制は王制でも、俺たちは今後はスメラギのすべての民による『国民投票』のようなものを基本とするつもりでいる。つまり王たるミカドがあまりに不平等で道理にあわない政治をすれば、即刻、民によって首を切られる仕組みだな」
「な、……なに……?」
 兄が愕然と、少し口を開けたままで沈黙した。居並ぶ大臣たちも、目を丸くして呆然としている。

「古来より、そうやって国の運営をするところもないことはない。共和制やら議会制民主主義やらだと話し合いに時間がかかりすぎて政治の進行が鈍重になるという側面も否めない。歴史的に見ても、賢く、かつ先見の明のある君主が統治するほうがうまくいったという国は多いからな。……ただ」

 と、一旦そこで言葉を切って、ベータはこれまででも最大級の皮肉な笑みをその頬に浮かべて見せた。

「あんたが今のスメラギの民に、君主として選ばれる保証はなにもないがな」
「ぬうっ……。貴様……!」
 かっと兄の両眼が見開かれ、そこから噴き出る炎が見えるようだった。
「そこはまあ、仕方あるまい。自業自得というやつだ」
 くはは、とさらに哄笑をまき散らす。

(ベータ……)

 アルファは完全に肩を落とした。
 挑発するにも、ほどがある。
 ベータは明らかに兄を怒らせようとしている。確かに今の状態のままベータの言うような「投票」ができたとして、いったいどれほどの民が「このままナガアキラ殿下をミカドに」と言うだろうか。
 あのスズナやヤマト、ハヤテなどといった子供たちがどんな貧しい暮らしを強いられ、生きることに苦労していたかを見ていれば尚更なおさらだった。

 こうまで言われて、兄が「おう」と言うはずがなかった。
 そうして事実、そうなった。

 ぶわっと凄まじい殺気が吹き付けてきたかと思うと、兄の方からこれまで感じたことのない真っ黒な「気」が飛んできた。

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