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第八章 愛別離苦
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しおりを挟む「こちらが、歴代の皇家の皆さまと、子らから採取された遺伝物質を蓄えた装置です。すなわち、卵子や精子にございまするな」
「…………」
アルファをはじめとする一同は、声もなくそれを見つめた。
「もちろん、それをそのまま取り出して用いることは稀でござります。現在おわしますミカドや皇太子殿下の遺伝情報を鑑みて、そのお妃になるにふさわしき遺伝形質を持つ子をうみだすため、ある程度の操作が行われたうえで子らを生み出すことになるようです」
「……そうなのか」
アルファとしては、そう答えるよりほかなかった。
それでは、ここで母は生まれたのか。そしてベータの母、二の君も。さらにミミスリとザンギもだ。一同はただ黙って、それぞれ思うところのある顔でその円筒形のものをじっと見ていた。
(ここから、すべてが始まった)
暗い瞳をしたベータの横顔を盗み見て、アルファは思った。
<恩寵>にこだわり、そのゆえに一族の純血性にこだわり、その結果科学的かつ倫理的な暴走を始めてしまったかつてのスメラギ皇家。自らの祖先が何を思ってそこまでのことに手を染めてしまったのか、その経緯は今となってはもはや知る由もない。
だが、はじめのうちこそ何かの高尚な理想によるものだったのかもしれないそれは、いつしか歪んで、生まれ出た子供たちを性奴隷として富豪たちに叩き売るという暴挙にまで発展してしまった。
「見て頂きたいのは、これなのです」
暗い思惑に沈んでいたアルファの意識はマサトビの言葉で現実に引き戻された。
男は今まで、その筒状のものの表面にあるモニターと操作盤のところであれこれやっていたのだった。ここの責任者にはなったものの、マサトビ自身はこういったものの扱いについて非常に不慣れであるように見えた。ベータであれば一瞬でこなすであろうような操作でも、額に汗して四苦八苦といった様子である。
モニターは例によって空中に映し出されるようになったものだ。マサトビはあれこれ試行錯誤した挙げ句にようやくそれを拡大し、皆に見やすいようにこちら側へと移動してくれた。
ずらりと並んだ番号の振られたデータに、細かな形質を表わすらしい様々の記号が付与されているのが分かる。が、分かるのはそのぐらいで、それが何を意味するのかはさっぱり分からなかった。しかもそれが、まことに膨大な量だった。
「よろしいですか、ここのところです」
言ってマサトビが画面をすすっとスクロールし、とある部分を指さした。
「この記号。これは、<恩寵>を発動させた際、その目が赤く光る形質をもつことを意味しております」
「えっ……」
アルファは思わずベータを見た。ミミスリ、ザンギも同様である。ベータが無言のままにも、ちょっと不快げに三人を睨み返した。
「あ、……ええっと」アルファは少し咳払いをしてマサトビに向き直った。「それは兄上にもあった形質だな。それが……?」
「左様にござりまする。これはナガアキラ殿下もお持ちの形質。とはいえ、すべての皇族さまがたに現れるものではござりませぬ。事実、陛下にもタカアキラ殿下にもそのような形質は現れておりませぬ」
「だから、何なんだ。先に結論を言えよ、おっさん」
遂にベータが苛立たしげに口を挟んだ。その声音からは、ここまで彼が口を差しはさむことを相当に我慢していたのが窺えた。
「あんたも分かってるだろう。皇子サマはご多忙だ。もちろん俺もな。余計なことに割く時間は一分たりともないぞ」
「は。無論にござりまする。ですがその前にひとつ、あなた様にお訊ねしたき儀がござりまする」
「なんだ。早く言え」
ベータの応えはもはや、マサトビの台詞の終わる前に発せられている。
「あなた様のお父上様……と、言うのは語弊がありまするな。お母上、二の君様を引き取った貴族の男は、その後どうなったのでござりましょう。まだ存命なのでござりましょうか。どうも今回処分された貴族どもの中に、それらしき者がいたようではありませんでしたが」
「当然だ。あいつはもう死んでいる」
「えっ?」
ベータがあっさりと言い放ち、一同は目を丸くした。
「そ、そうなのか……?」
それは初耳だ。アルファは思わずベータをじっと見た。と、相手からは苛立った視線が突き刺さってくる。
「言わなかったか? あの下衆ジジイはとっくの昔にこの世とおさらばしているのさ。それも、どこぞの男妾か端女の腹の上でな。いわゆる腹上死というやつだ。どうだ、あのブタ野郎にはぴったりの死にざまだろうが」
「…………」
ベータの声は皮肉まみれだ。吐き捨てるようなその言葉に、場の皆はしんとした。それを見て、ベータは呆れたように目を細めた。
「そうでなければ、俺がのこのこ素顔をさらして貴族どもの前に出るわけがない。いまだに俺は、この惑星では『お尋ね者』なんだからな。そうは思わなかったのか、あんたらは」
「……左様にございまするか。そういうことならば──」
マサトビはそこで一度、さりげなく咳きをした。それはもったいぶるためではなく、これから語ろうとすることをどのようにベータに伝えようかと少し逡巡してのように見えた。そうしてしばし考えてから、マサトビはゆっくりと口を開いた。
「ベータ殿。あなた様の母上さま、二の君様は、こちらであなた様の遺伝形質を受け取られたと思われるのです。恐らくはかの貴族に引き取られる直前に、なんらかの方法でこちらにある遺伝形質をご自身の体に取り入れられた……と」
「…………」
ベータが目を剥く。アルファもまた、絶句していた。
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