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第八章 愛別離苦
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しおりを挟む朝議の間では、日々激論が戦わされている。
「北部地方の治水。これが最優先課題にございます。早急に工事機材と人材を投入、人心の安寧を図るべきかと」
「官僚についてはほぼ人事は確定しましたが、端役の者らについてはまだまだ及んでおりませぬ。庶民から多く登用をというお話でしたが、これまでの教育がなかなか行き届いておりませず、意欲はあれどもまだ文字も読めぬ者が多く──」
「いやいや、なによりもまず財政の立て直しをこそ急ぐべきかと。大臣どもから引きはがした財産だけではやはりどうにもならず。奴らの隠し財産もまだまだ多いようにござりますれば、そちらの調査も力を入れねば」
これらは集まった「新政府」首脳たちの声のほんの一部だ。取り上げられる議題は相変わらず山積している。
<恩寵部隊>の主要メンバーと、もともとタカアキラ派だった臣下たちを中心に組織し直された大臣たちは、日々の業務に忙殺されている状態だ。話し合わねばならないこと、決めねばならないこと。さらに、慣れない仕事に就いたばかりの新人役人たちを教育するという仕事まである。
もちろんアルファも多忙だった。これら朝議に出て皆の意見をとりまとめ、最終的な決断を下さねばならないからだ。父も御簾の向こうで参加してくれてはいるが、基本的にはアルファ、つまり息子のタカアキラの意見に否やをおっしゃることはない。
「ともかく、民らの生活を一刻も早く安堵したい。そのためにはこれまで見過ごされてきた地方農村部の治水、灌漑はもちろんのこと、気象の観測衛星を増やし、田畑を守る設備の強化も急がねば」
皆と同様、目の前に浮かんでいる四角い画面を見ながらアルファが述べると、「左様、その通りにござります」と皆からも声が返ってきた。
「財政の苦しいことは理解する。しかしこれ以上税を重くするのだけは避けねばならん。できれば貧しさのゆえにろくに学ぶこともできずにいる子供たちを早く学業へ就かせてやりたい。結局のところ、国の礎は子供たちだ。かれらを十分に教育し、いずれは各所で才を発揮して国のために働いてもらえるようにせねばならん」
脳裏にあのかよわくも凛々しい少女スズナを思い浮かべながらアルファは言った。そうなのだ。もうこれ以上、あのように辛酸を舐めなければ生きられない子を増やしたくない。これこそが何よりのアルファの悲願と言えた。
いやもちろん、理想はそうでも現実は厳しい。それはアルファも分かっている。自分の思い描く国が本当に立ち現れるのは、ここから何十年も先のことだろう。しかしここで安きに流れることだけは避けなくてはならなかった。
一通りの議論が尽きて朝議は散会した。まずミカドたる父が退出し、次いで大臣たちが退室していく。アルファもやれやれと腰を上げたところで、一人の大臣がそっと傍に寄ってきた。あの<恩寵部隊>にいた黒馬の顔をした男、ヨイヤミである。
今では彼も、宮中での朝議にふさわしいように衣冠束帯の姿である。馬の顔はそのままなのでかなり異様ではあるけれども、皆もとっくに見慣れたようだ。スメラギの科学力をもってすればその顔をもとの人型に戻すことは可能なのだが、いかんせんそんなことをやっている暇もない、というわけだった。
ヨイヤミはアルファの背後に無言で控えていたミミスリとザンギのほうをちらりと見やってから言った。
「殿下。その……お訊ねしてもよろしいでしょうか」
「ん? なんだい、ヨイヤミ」
「は。その……ベータ殿、いえ『ムラクモ殿』はいかがなさったのでしょう」
(……!)
ずきんと胸の奥が痛んで、アルファは静止した。
「貴様、それは──」
言ってミミスリがヨイヤミに詰め寄ろうとするのを、アルファはあわてて制した。恐らくはひきつったものに過ぎなかっただろうが、どうにか微笑みを浮かべて見せる。それ以外やりようもない。そうしてなるべく声の震えないよう気を付けながら答えた。
「彼は、その……自分の場所に戻ったよ。そもそもあのクーデターの間だけの契約だったこともあってね。つい先日発ったばかりだ」
「えっ? そうなのでございますか」
「うん」
「もう、こちらへは戻らぬと?」
「……恐らくは」
自分の言葉のひとつひとつが、まるで胸を切り裂くようだ。
「なれど、殿下。かの者の罪については、殿下が皇太子へご即位されたときに恩赦となったのでは。こちらにいても、もう何らの問題はないことになったはずにございませんか」
「ああ。そうなのだけどね……」
ヨイヤミの言う通りだった。
調べてみると、少年時代の「ムラクモ」が犯した罪については、あれ以降もずっとスメラギの記録に残されていた。つまり彼にはいまだに「お尋ね者」としての烙印が捺されたままだった。それを、第三皇子タカアキラが改めて皇太子の座にのぼるという慶事にあわせ、他の罪人たちに恩赦を出すのと同時に「お咎めなし」という形にしたのだ。
実際、ムラクモを余所へ叩き売った貴族の男が死んでいても、彼を追う官憲の手が緩んだわけではなかった。それでアルファとしてもそのようにしたいと父に願い出たのである。勿論、父は許してくださった。ベータはすでにこのスメラギの恩人と言ってもよい男になっていたからだ。
ヨイヤミは遠慮しつつもさらに言った。
「こう申しては何なのですが。今こそあの男の能力が欲しゅうございます。正直申さば、喉から手がでるほどにございます。皆も同様に申しております。あれは庶民の生活のことも熟知しているうえ、財政のことやら法律のことやら──大きな声では申せませんが、いわゆる『裏のやり方』なども──何かと明るいように見えました」
「ああ……うん」
「なにより、非常に機転が利きまする。そしてこれが最も肝要かと思いますが、殿下に対して二心を抱く者ではありませぬ。……あのような者、求めてもなかなか手に入るものにはございませんぞ」
「……そうだね」
アルファは力なく笑って言った。
ヨイヤミの言う通りだと思った。あのベータは、先のクーデターの時のみならずこうした政務関連についても、まだひよっこの自分たちに対してきっと多くの有用な助言ができる男のはずだった。彼の能力をもっともっと、この新しいスメラギに役立ててほしかった。
……自分の、そばにいて欲しかった。
(……しかし)
アルファは袖の下でそっと拳をにぎった。
彼はいない。
もう、いないのだ。
アルファは思わずヨイヤミから顔をそむけた。見せてはならぬものを見せてしまいそうになったからだ。
「仕方がないよ。彼には彼の人生がある。もともとスメラギの人だったとは言え、すでにこの惑星を捨てた人だ。彼にはもう、私たちを助ける義理はない」
「しかし──」
「それに、彼を改めて雇おうと思えば、また莫大な金がかかる。今でさえ、前の報酬も返せていない状況なんだ。今の財政状況では、とても彼を呼ぶことはできないよ」
「……はあ。左様にございますか……」
最後はとうとう、溜め息まじりにそう言って、ヨイヤミは頭をたれ、静かに退室していった。
背後でミミスリとザンギが傷ましいものを見るような目で自分を見ていることは分かっていた。アルファは努めて明るい顔と声を作って彼らに振り向き、言った。
「さあ、参ろう。まだまだ仕事が山積みだ。のんびりしている暇などないぞ」
「……は」
そのまま足早に内裏へと戻りかかるアルファのあとを、狼顔と鷲顔の男が無言で付き従って歩いて行く。
が、そのとき二人がほんの一瞬目配せをしあったのに、アルファが気づくことはなかった。
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