星のオーファン

るなかふぇ

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第九章 めぐりあひて

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 抱き寄せてみれば、皇子は簡単に腕の中におさまってきた。やはり、少し痩せていた。
 顎を持ち上げてみれば、涙にけむるような瞳を閉じて唇をゆるめ、静かにキスを待つ顔になる。
 かわいい、と思った次の瞬間にはもう、ベータは彼の唇を塞いでいた。

「ん、……んん」

 アルファはすぐに唇を開き、ベータの舌をいざなって愛撫を受け入れた。その舌を吸い上げ、口蓋の裏から歯列から、すべてを調べるようにして舐め上げる。くちゅ、くちゅりと水音が静かな音楽とともに流れた。
 アルファの腕はもう、ベータの背中に回っている。
 少し唇を離して見れば、やっぱり彼は黙ったままで泣いていた。

(……そんな安売りをするなよ)

 こんな風に簡単に抱き寄せられて、唇を奪われて。
 それで黙っている奴があるか。
 「そんな奴は股間を蹴り上げてやれ」と、教えてやったはずではないか。
 そもそもお前は、そんな風に簡単に誰かに自分の体を明け渡すような身分の人間でもないというのに。

 どうもこの皇子、自分を大事にすることが下手なようだ。今だって、このまま攻めればあっさりと肌を晒し、足を開いてくれるのだろう。この自分がお前のことを本当はどう思っているのか、ひと言も言わないうちから。
 だが、それも無理もないのかもしれない。彼はあの蜥蜴男に三年もの間咥えこまれていた。そこで強要され、覚え込まされた性技のすべてを知っているわけではないが、経験上、それがどんなものだったかは十分に想像がつく。そうした中で、まさに地獄のような井戸の底で、彼はすっかり自尊心というものを奪われてしまっているのだ。
 彼にはどうしたって、もはや自分を「清らかな皇子」とは思えまい。そんなこと、彼と同じ経験をした者ならば誰にも思えないはずだった。
 それこそ今は、その「依頼」とやらの対価として体を求められている、とまで理解している節もある。

 ……それが、哀しい。

 そう思うたび、「やっぱりあんなに簡単に死なせるんじゃなかったな、あの蜥蜴野郎」と、ぐらぐらと胃の腑のあたりが煮えくりかえる。彼が喪わされてしまったものは、もう二度ともとに戻ることのないものだ。
 それは今から取り戻そうと思って取り戻せるような種類のものではない。
 決して、ない。

(……しかし)

 思うさま彼の唇を味わってから、やっとベータは彼の体を手放した。
 そうして意識して軽い笑いを浮かべると、ちらりとドアの方に目をやった。

「その気になってくれるのは嬉しいが。……その前に、ちょっと頼みたいことがある」





 ベータはあの時と同じように、彼を店の奥にある自分の隠れ家へと引き入れた。
 もちろん、扉の外で頑張っていた彼の忠実な臣下たちには断りを入れさせたうえでのことだ。特にあの耳のいい狼男のほうは頂けない。基本的に声をあげるのは皇子のほうだろうとはいえ、それでもやっぱり、褥でのあれやこれやを逐一聞かれるのは勘弁してもらいたかった。
 聞けばどうやら、その狼男のほうでここしばらくこちらの居所を探っていたということらしい。その上で大事な皇太子殿下を変装させ、ここへ連れて来たという流れのようだ。

 皇子は<感応>を使って外の二人に連絡をつけ、赤い顔をしてこちらに頷いて見せた。これでひと安心だ。あの忠義一辺倒の狼男に下手に聞き耳を立てられるということはないだろう。というか、もはやそう信じるよりほかはない。

(それにしても。あいつは妻帯者のはずなんだがな──)

 いや、そればかりではない。彼はそのうえ、可愛い娘までいる男だ。しかしどうもあの狼男、この皇太子殿下のこととなると感情的になりやすい。それが純粋な忠義によるものなのか、はたまたそれ以外の何かであるのか、その境界線がよくわからないのだ。
 ともかくも。
 恐らくあとで一発ぐらいはぶん殴られるのかもしれないが、そのぐらいは許すとしよう。今も外で歯ぎしりをせんばかりにして皇子を待っている、臣下の心に免じてだ。

 寝室に到着し、ベータは彼をあっさりとベッドに押し倒した。
 この行為の意味については、お互いあれからいっさいの言葉はない。にも関わらずアルファの体はとっくに欲望を主張していた。頬を上気させ、もどかしげな手つきで自分から上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、シャツのボタンをはずしていく。次にはなんとおずおずと、こちらの服を脱がせ始めた。

「早く……抱いて。ベータ……」

 そんなことを、甘く蕩けた声で呟きながらだ。
 彼のスラックスの前はすっかり硬く盛り上がっている。こちらもまずまず、似たり寄ったり。
 彼のそこを布地の上から撫で上げてやると、アルファは腰をびくりと震えさせ、猫のようにくうん、と啼いた。それがまた、ベータの腰のものにストレートに響く。

「お前、どういうつもりなんだ。まさか体で、俺を買おうというつもりか」
「…………」
 アルファは目尻に涙を溜めたまま、黙ってベータを見上げた。
「それは……どちらでもいい」
「どちらでもいい? どういうことだ」
「そのままの意味だ。どうせこんな体、大した代価にならないことは分かってる。……だから、その一部にでもしてくれればいいんだ」

(こいつ……)

 さすがのベータも、これには憮然とした。
 案の定だ。こいつはこの程度にしか自分の価値を考えることができない。

を俺に投げてよこして、それでお茶を濁そうというわけか。そもそもお前の国は、今はひどい財政難だろう。つまり俺はほとんどタダ働きというわけか? いい根性だな。笑わせる──」
「っあ……!」
 ぎゅっとその場所を握りこむと、呆気なく彼の口から悲鳴があがった。
「痛……っい、ベー──」
 うるさい唇をまた、無理やりに塞ぐ。
 自分の体にも心にも、どうしようもない獰猛なものが湧きあがってきて止めることができなかった。彼の舌を思うさま舐めあげ、吸いつくし、股間のものを乱暴にしごき上げる。
「くあっ……!」
 アルファはすぐに音を上げた。がくがくと腰を震わせ、背中を弓なりにして首を横に振る。じわじわとスラックスのその部分が湿り気を帯びた。

「ごめっ……。ごめんなさい、やっ……ああ、あうっ……! ち、違う……違うんだ、ベータ」
「何が違うんだ。言ってみろ」
「ひいっ……く」

 がり、と彼のうなじにかじりつき、そこにくっきりとした印を残す。それでようやく唇を離して睨みつければ、困ったような黒い瞳が濡れたままで揺れていた。
 乱れたシャツのかげからちらちらと見える淡い桜色の胸の飾りに、今にも吸いつきたくてたまらない。

「わかってる……。私なんてなんの価値もないことは。だから、これは……これも、依頼だ」
「依頼……?」

 そう、とアルファは頷いて、潤んだ目でまたベータを見上げて来た。

「たまに、……で、いいんだ。こうやって……たまに、私と会って」

 ぱちり、と一度だけ瞬きをして、その拍子に瞳に溢れていたものがまたひと粒、転がり落ちる。そこに潜んでいるものがただの劣情だけでないことは、ベータにも十分知れた。
 アルファはひとつひとつの言葉をゆっくりと、しかし必死に絞りだすように紡いでいる。

「それで、抱いて……欲しいんだ」

 その睫毛も、唇も、指先も。
 なにもかもが、今にもこわれそうにわなないていた。

「ひどいことをされてもいい。君の好きにしてくれていい。……だから」

 彼の両腕がすいと上がって、またベータの首の後ろに巻き付いてくる。

「抱いて……? ベータ。めちゃくちゃに、して──」

 あとはもう、彼の要求に応えるだけだった。


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